第25話 回帰




   ◇◇◇◇◇



 ――王都高級酒場「夜蝶」



「サーシャ。この店に結界は?」



 エリスに持たせてある通信用魔道具に連絡をしようとした矢先。王都の上空にとてつもない違和感を感じた俺は即座に《感知》を展開し、サーシャに問いかけた。



「……? いえ、王都では必要な、」



 サーシャは少し小首を傾げたが、すぐに察知した様子で言葉を止める。




 ギュォオオオンッ!!




 それと同時に巨大な咆哮が王都を包み込んだ。


 俺が《感知》したのは不自然な“魔力渦”。

 おそらくは転移系の魔道具……もしくは魔法か。



「……結界は展開しておりません。アル様……」



 サーシャは「流石です」とでも言いたげにニッコリと微笑み、“さぁ、結界を張って下さい”とでも言いたげにニッコリと笑顔を作った。


 おおよそ、主(あるじ)に向けられるものではない。


 姿を見せる直前に気がついたなら、もう少し狼狽えて焦ればいいものを。そしたら結界の一つでも展開してドヤ顔を向けてやったのに。



「アル様?」



 サーシャは一切笑っていない目元で“あれ? 出番ですよ?”とでも言いたげだ。



 再度言わせてもらおう。

 おおよそ、主と慕っている人間に向けられる笑顔ではないと……。



「はぁ〜……《九重(ココノエ)》……」



 俺はしぶしぶ呟きながらクルリと指を回し、“言語”を魔法陣に落とし込む。



 ズズズッ……



 とりあえず、この店が王都で1番安全な場所になったわけだが……。



「……やれやれ、竜種か。背に魔族も乗っているな。……ハハッ、まさか、ハイルの仕業じゃないだろうな……」


「流石にそれはないかと。自作自演にしてはかなり粗末なものですし、ハイルにしては稚拙、」


「冗談だよ、オーウェン」


「ご主人様。ご飯が冷えてしまいます。レイラがたっぷりと愛情を注ぎ込んだ食事が、」


「アル様〜! マリューも手伝ったかも!」


「レイラ、マリュー。今、ちょっとそれどころじゃない」


「もう私が行って来ましょうか?」


「サーシャ。お前、今は酒場の店主だろ。姿を晒してどうする……」

 

「……“劣等竜種”など一瞬ですし。それに、久しぶりの再会なのでアル様にいいところをお見せしようと思ったので、」


「では、私が行ってまいります! アルト様は今後の計画を食事と共に済ませて、」


「オーウェン。うるさいから。もうレイラが行ってくる」


「あっ。マリューが行ってきてもいいかも!」



 揃ったら揃ったでうるさいのなんの……。

 仮にも竜種って恐れられる存在だよな……?


 背中に乗っている魔族が何者なのかもわからないのに、なんでコイツら自分で行く気満々なんだ?


 まあ、魔力操作は一通り仕込んでいるし、オーウェンやレイラでも問題ないとは思うし、サーシャとマリューに至っては、眷属として従える可能性すらある。



「私が、」

「アルト様の右腕である、」

「レイラが、」

「ううん、マリューが!!」


「ああ!! もう! うるさい!! なんで、そんなに冷静かつ、竜種討伐しようとしている!? 爪を隠せ! 爪を!! お前ら、いつからそんなにバカに成り下がった!?」



「「「少しでもいいところをお見せしようかと……」」」



 小首を傾げたマリュー以外、バカばっかりだ。

 予期せぬ襲来に嬉々として瞳を輝かせるバカしかいない。


 なんだか、かなり久しぶりな感覚だ。



 ――クハハハッ!! アイツは俺が殺(や)るぜ!

 ――目障りですね。屠りましょうか?



 この場にいないヴァルカンとハイルの姿すら目に浮かぶ。


 この2年間が遠い昔のように感じてしまうような回帰。何一つとして変わっていない……いや、離れてた分だけ、自己主張が強くなった気すらしてしまう。



 思えば、俺はいつもため息を吐いていたな。

 カイン……グッさん……。

 切実にお前らに会いたい。



「はぁ〜……。もうお前たちはここで待機してろ。幸い、聖女も王都にいるし、宮廷魔術師マーリンも動いているみたいだしな……」


「……では、私が首謀者の割り出しをし、」


「いや、それは俺がしておくよ。オーウェンは念のためここの警備を。サーシャは蝙蝠(コウモリ)になって俺に同行しろ。レイラはマリューと遊んでやってくれ。……くれぐれもここを動くなよ?」


「ご、ご主人様! 同行ならレイラ、」

「承知致しました。アル様」



 シュルルルルッ……



 蝙蝠となったサーシャは俺の背後に控え、見るからにドヤ顔を浮かべると、「サーシャがマリューを守ってなさい!」などとレイラが騒ぎ始めるが、そんな事はどうでもいい。



 とりあえず、俺的にはエリスの護衛だ。

 まあ“この竜”には必要ないとも思うが……。


 とりわけ、この場にいるヤツらとヴァルカン、ハイル。そしてエリス……。


 それ以外の連中はどうでもいい。


 第3王子が死んでくれれば儲け物だが、俺の仮説が正しければマーリンが守っているだろう。むしろ、王都を破壊する工作は第3王子とマーリンの作戦とも取れる。


 ちまちまとした派閥争いでは、泥沼化するのは必至。


 一度、壊して建て直す。

 これはシンプルだが悪くない策だ。


 ハーフエルフであるからこそ、種族の違いはネックになってくる。この窮地で力を示し、王都を救えば国民の心を掌握し、英雄王となるのは1番手っ取り早い。



 他に考えられるのは他国からの侵攻。

 シンプルに魔族からの侵攻。


 このタイミングを考えるに、エリスが王都に入った事がきっかけであるのは間違いないだろう。


 

 首謀者が第3王子陣営だとすれば、エリスは保険。他国や魔族からすれば、標的……。



 ……竜種の襲来であるから、魔族が濃厚だが他国と魔族が手を組んだ可能性もあるだろう。


 “疾風竜(ゲイルドラゴン)”であれば第3王子が嵌められた可能性が大……。エルフ族の守護竜だし、背に乗ってるのが、ダークエルフともなれば、また追放されるには充分な理由だろう。



「……ま、とりあえず、店から出て姿を確認しない事には始まらないか」



 

 ポツリと呟くと……、




 ポワァア……




 エリスから通信用魔道具に連絡が来た。

 俺は小さな水晶型の魔道具に軽く魔力を込めて、それに応える。



「無事か? 何が起きているんだ?」


『…………はぁ……』


「ん? エリス?」


『とりあえず無事で何よりだわ。……今どこにいるのかしら? この非常時に私を守ってくれないと困るのだけど』


「ハハッ。この程度の“劣等竜種”なんて、エリスなら余裕なんじゃないのか?」


『……危機感が薄いわね。魔物はいつどんなタイミングで“狂化”するのかわからないのよ?』


「内包している魔力量は……。まあいいや。とりあえず、どこにいる? 宮廷魔術師の結界で多少は猶予があるだろ?」


『…………なぜ、動じないの? ……心配している私が……、』


「……ん? どうした?」


『アルト君……今どこにいるの? まさか酒場だなんて言わないわよね……?』


「ぷっ、ハハッ! “見た”か?」


『…………』


「“魔道具”だけどな?」


『……まあ、いいわ。そこから動かないでくれれば』


「何を言ってる? お前を護衛しなきゃならんだろ?」


『不要よ。そこで大人しくレイラさんとイチャイチャしてればいいじゃない』


「ふっ……。すぐに向かうよ」


『ちょっと、アルト君、』


 俺は通信用魔道具を切ると、“支度”を始める。



「サーシャ。“魔石”か魔道具はあるか?」


「……調理の火、炊事の水の魔道具はもちろん、ハイルに貰った“洗濯物の脱水機”がありますが?」


「ふっ、面白い。脱水機の魔石を貰っていいか?」


「それは構いませんが」


「よし。後で“洗いとすすぎと脱水”を《付与》した物に変えてやる」


「……商品化しても?」


「……それはハイルと相談して好きにしろ」


「では、喜んで」



 サーシャが「では、お持ち致します」と店の奥へとパタパタと消えたのを見送り、レイラに視線を向ける。



「“分解、抽出、再構成”して、0にしておいてくれ。後で《付与》する」


「…………あの女の元に行かれるのですね」


「ん? レイラ?」


「いえ。承知いたしました。今日は一緒にお風呂に入って頂きますが……」


「……はっ?」


「ご褒美がないのならご主人様の言う事はきけません。レイラはもうメイドではありませんので」


「……え、あ……あぁ。べ、別にそれでいいが?」


「承知致しました!!」



 レイラはパーッと笑顔を浮かべると、サーシャが《念力》で持って来た“脱水機の魔法陣”を《抽出》し始めた。



(はぁ〜……“魔道具マスター”を装うの辞めようとかな……)



 エリスに《無属性魔法》がけっこう使えると宣言した俺は、魔道具を製作し、使いこなせると嘯(うそぶ)いている。


 だが、魔道具を作る過程でレイラの【錬金術】は必要不可欠。レイラの『ご褒美』がどこでどのように暴走し始めるかもわからない。



(こ、これは……、良くない兆候だ)


 俺はそそくさと酒場を後にし、劣等竜種を視界に捉えながらエリスの居場所を《感知》し始めたが、



「……アル様? レイラはどうしたのです?」



 俺の後ろに控えるサーシャからの問いかけに苦笑を浮かべながら、「……俺が聞きたい」と頭を抱える事しかできなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る