第24話 緩急




    ◇◇◇



 ――王宮「宮廷魔術師」の自室




「お久しぶりです。マーリン様」


「久しぶり〜、エリス。しばしの休暇はどうだった? アクアンガルドに帰ったのは7年ぶりだったんでしょ?」


「……ええ。まあ、普通ですよ」



 マーリンは相変わらずの地味な装いでいるエリスに違和感を覚える。


 感情の起伏が異常に少ない“弟子”のはずが、どこか元気がなく、気分が落ちているような雰囲気を察知する。


 “魔法の申し子”と呼ばれているマーリンではあるが、コレは魔法を使用して理解したわけではなく、150年という年月を生きて来た経験によるものだ。



「……エリス? なんかあった? 言いたくないなら全然言わなくていいんだけどさぁ〜」


 マーリンは作物回復薬を複数の試験管に入れながら口を開く。特別、聞きたいわけでもなく世間話の一環だ。


 能力主義のマーリン。

 本当はエリスの悩みなんてどうでもいいのだ。

 

 何ができて、何ができないのか。

 自分が魔法を研究するために、何が必要で必要じゃないのか。


 聖女の力はおおかた研究し尽くしているマーリンの興味は、アルト・エン・カーティストに向いている。


 第3王子に力を貸すのも、『王命によりアルトを自分の助手にできる』と言う約束のため。


 『王国の守護魔術師』としての仕事は有事の際の国防だけ。その他の時間は王宮に篭っているだけだ。無駄な雑務などせず、魔法の研究を好きなだけしていいと《契約》されているからだ。


 マーリンは作物回復薬(グリーンポーション)の入った試験管をクルクルと回しながら、


「ふぅ〜ん……。なるほど……“毒”と混ぜ合わせて……うん。なるほど、なるほど……。これは相当、勉強してる……。薬師としては世界最高峰だね……」


 なんて呟きながら、作物回復薬の解剖を進めている。


 エリスは相変わらずの“師”に小さく息を吐くと研究に夢中になっているマーリンを気にすることなく口を開いた。


「……マーリン様。護衛の騎士をつけましたので、ご挨拶させて貰いたいのですが」


「へぇ〜、以外! エリスはいくら言われても騎士なんかつけないって思ってたから」


「私もそのつもりでしたが……まあ、その成り行きで」


「んー。まっ、エリスがいいならそれでいいよ? 別に挨拶なんて堅苦しい事しなくても、」


「それが、《無属性魔法》が使えるようで、マーリン様に力を見て頂きたくて……。一応、冒険者カードのステータスも確認したのですが、並以下でして……」


「……それで?」


「勇者パーティーの旅はなかなかに過酷ですし、その護衛騎士がやっていけるのか……。……もし、力がないようでしたら魔境大陸への同行は要らないと言おうかと……」


「ふぅ〜ん。そっか……。まっ、力がないなら死ぬだけだしねぇ〜……。にしては、随分と一緒に来て欲しそうだね?」


「……そんな事はありませんけど……。ちょっと、その、不思議な男でして、」



 ガタッ……



 マーリンはエリスの反応に試験管を離して椅子を降りた。12歳の見た目には似つかわしくないニヤニヤと下品な……、それでいてイタズラっ子のような笑みを浮かべてエリスへと歩み寄る。



「あれれぇ〜? もしかしてさぁ〜……『恋』しちゃってるの!? エリスが!? 本当に〜? ちょっと信じられないね!」


「いえ。ただ護衛騎士として、」


「ぷぅ〜くすくすっ。顔赤くして可愛いねぇ〜!」


「マ、マーリン様!!」



 マーリンはポイポイッと服を脱ぎ捨て真っ裸になると幼体には『様々な黒いアザ』。


 そそくさと、ブカブカの白衣を身に纏い、


「はい、《第2解放》!!」


 ポワァアッ!!



 ストックしていた魔力量を少しばかり解放させて、19歳のエリスと同年代くらいの身体に調節する。


 エメラルドグリーンの髪はそのままに、両の瞳は金色と翡翠で左右の色が違う。白衣の中はもちろん裸で、わがままな胸がチラリと見え隠れしている。


 自分で描き込める範囲には足の裏に至るまで様々な魔法陣が描かれているマーリンの裸。魔法を愛するマーリンは自身の身体すらも『魔道具』に変化させているのだ。



「……ま、また増えましたね。マーリン様……」



 やれやれと言った具合にエリスはその身体に苦笑するが、マーリンは「だってぇ〜。気づいたら彫っちゃうんだもん!」と口を尖らせると、エリスの眼鏡をヒョイっと取り上げる。



「……エリス。どうせ顔を隠すなら、目元にいいの彫ってあげよっか? とぉーておきのヤツ……」


「……い、いえ。大丈夫です」


「そっか。まぁもったいないよね?」


「……ご自身には思わなかったのですか?」


「んー? エリスくらい可愛かったら……いや、ないね。それはないよ。ふふっ。これが“マーリン様”の裸だもん」


「……もうマーリン様が魔王を討って下さればいいのに」


「やだよ、めんどくさい……。って違うでしょ!? “その子”、連れて来なよ! マーリン様直々に見定めてあげる!」


「……服を着て下さい」


「えぇえ! 《無属性魔法》を使えるなら、かなり興味深い身体だと思うんだけどッ!!」


「きっと、魔力を多少操作できる程度ですよ。本人はけっこう使えるだとか言ってますけど……どこまで本気なのか……。もう何を考えてるのか全くわからなくて、なぜ、私がこんなに振り回されなきゃ……」


「…………ふぅ〜ん……」


「……マーリン様、ニヤニヤするのやめて下さい」


「だって初めて見たから。そんなあなた……。うん。人間らしくなってていいね。成長してる! あっ。そうそう! 第3王子にも会ってみなよ! エルフだし、かなり美形、」


「私的には絶対に会いません。謁見の時でいいでしょう?」


「えぇ〜、いい男なのに!」


「兎に角!! 余計な事は言わないで下さい。第3王子にはもちろん、護衛騎士の男にもですよ!?」


「どぅーしよっかなぁ?」


「マーリン様!!」


 ムスっとしているエリスにニヤニヤと笑うマーリン。


「とりあえず、護衛騎士を連れて再度、挨拶に向かい、」







 ズンッ……!!!!






 呆れ顔のエリスはそこで言葉を切り、弛緩していたマーリンは「んー?」とニヤリと口角を吊り上げた。




「……“転移魔法”だね。こりゃ“仕事”だ。ねぇ、エリス、『結界』か『迎撃』……どっちがいい?」




 一瞬にして空が暗くなった王都。

 宮廷魔術師の自室で最速で交わされる『滅竜』の会議。




 ギュォオオオオオオンッ!!!!



 巨大な咆哮が王都に轟く。


 エリスはマーリンの言葉に反応することができなかった。



「……“アルト君”!!」



 聖女である自分など頭から抜け落ちていた。

 頭にあるのは、アルトを失うかもしれないという恐怖にも似た焦燥だけだった。



 バタンッ!!



 エリスが去った自室で、マーリンはパチパチと数度瞬きをした。



「……ア、“アルト君”? ハ、ハハッ……まさかね。アルトなんて珍しい名前でもないし……。いやいや……ふふふふふふっ。でもそうなら……最ッ高に面白いかもね。それに……、んー……これは誰の仕業かなぁ〜……?」



 下着すら面倒になったマーリンは、そのまま白衣のボタンをぽちぽちと止めながら、



「……第一位階、《耐魔結界》」



 小さく呟く。すると、左脇腹の魔法陣がパーッと眩い光を放ち、空と竜種の間には3重の結界が王都を包み込んだ。



「さぁて、30年ぶりの“仕事”だね」


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