第28話 なんと恐ろしい





   ◇◇◇◇◇




 ――王宮 「権威の塔」最上部



「マ、マーリン!」

「……マーリン様」



 突然の出現にアルバート第三王子とミーガン公は声を上げる。アルバートとミーガンにとって、“得体の知れない化け物”に『力』を見せられ、怯みきっていた現状。


 不用意な発言が命取りになるという緊張感。

 20歳前後の少女が持ち合わせる事などあり得ないほどの圧力。



 『この少女を敵に回せば終わる』



 2人は直感的にそれを理解していた。

 だからこそ、マーリンの来訪は希望そのものであった。


 ようやく息ができたような錯覚。

 “マーリン以上の化け物はいない”という共通認識が、思考を放棄してしまった脳に飛び込んで来たのだ。


 マーリンの名を呼ぶ事で、やっと口を開けたのがその証拠であるのだが……、



「…………」



 無言でクルンクルンと指を回しながらマーリンを見つめる敵意剥き出しのハイルの様子に慌てて口を閉じることしかできない。





「アハッ! ごめん、ごめん。いやいや、興奮しちゃってさ。そんな睨まないでよ? それにしても、よく見つけられたね!! 相当な数の感知系魔法を展開してて、もう本当にびっくりしちゃってさ」


「……」


「呼び捨てなのがダメだったのかなぁ? そもそも、口にした事がダメだったのかなぁ?」


「……後者ですよ。マーリン様」


「でもさ。このマーリン様を利用したいなら対価を用意しなきゃ! せめて、アルト・エン・カーティストには会わせてくれるんだよねぇ?」


「……」


 ハイルは2度もアルトの名前を口にされた事に苛立ち同年代に見える老婆に眉を顰めるが、ハイル個人の武力では敵わないことは自分でも承知している。


 ヴァルカンとの共闘で五分五分。

 とはいえ、ここで冷静さを欠いては交渉どころではない。ハイルはアルトの隠れ蓑に1番適しているのはマーリンであると考えている。



 それには様々な理由があるのだが、それよりも、気になることが一つ……。



「……作物回復薬(グリーンポーション)。……ハイルの失態……という事でしょうか?」



 冷静さを取り戻したハイルの思考は、ここに行き着いてしまう。


 “王国奪取”を急いだばかりに、アルトの存在を自分が見つけさせてしまった可能性の高さに背筋が凍るばかりなのだ。

 


「いやいや、複数の属性を組み合わせて独自に開発した“魔力残滓”と“個人”を繋げる魔法だし、あなたの失態ではないよぉ? ただ、このマーリン様が天才ってだけさ……!」



 ドヤッと微笑むマーリンの姿に、ハイルは今すぐにでも屠り去ってしまいたい衝動に駆られる。


 だが、それは、


 『先生の邪魔をしてしまったかもしれない』


 という、行き場のない焦燥を、ただこの“気味の悪い老婆”に向けているだけだと気づき心を鎮める。



(これは八つ当たり……。何が“失態って事ですか?”だ。バカみたいだ)



 先程の自分の問いかけは『無駄な言葉』であったと理解し、自分自身すらも「器ではない」とポーカーフェイスの裏側で落胆する。


 ハイルはアルトにため息を吐かせる事をただただ畏怖している。


 ――お前は本物の天才だな。


 そう嬉しそうに微笑んではポンッと頭を撫でてくれる『正真正銘の天才』である先生の隣で補佐したい。


 自分を救い、生きる術(すべ)を教えてくれた大恩を返したい。それなのに自分は“先生”の背中を視認する事すら叶わない。



(……申し訳ありません、先生。ハイルはまだまだです)



 マーリンにアルトの存在を察知させたのは自分の責任だと深く後悔する。


 全ては“魔法の申し子”と呼ばれるマーリン・ノッド・ベラベルを軽んじ、調査を怠った自分の甘さが招いたのだと反省したのだ。



 だが、頭の切り替えが早いのも“師匠譲り”。

 やってしまった事は仕方がないと割り切り、常に『今』できる最善を選択すると決意したハイルは高速で頭を回転させて口を開くが……、



「やはり、器になりえるのはアナタしか、」


「テメ、ハイル! 俺を放置すんじゃねえよ!」



 ハイルの言葉は、ヴァルカンに遮られる。



 ボワァッ!!



 また足場を失ったヴァルカンは自らの《加速炎》で大ダイブをするが、ギリギリのところで届かない。



「う、うぉおお! 王宮に落ちる! このままじゃ、王都が焼け落ちるぞ、早く助けろ!!」



 着地と共に炎のクッションを作ると大絶叫で脅すが、ヴァルカンがこの場に来る事に嫌な予感しかしていないハイルは放置を継続。


(流石に【煉獄】を使い王宮を破壊するバカではない。地面に落下したごときで死ぬようなヴァルカン様ではありませんし……、おおかた上空で炎を操作し、木々に突っ込んで軽傷を負う程度でしょうね……)



 ハイルは自作の上級回復薬(ハイポーション)を懐から取り出し、指をクルンッと回して《転移》させる準備を進めるが……、



「《飛行(フライ)》、《疾風(ゲイル)》」



 マーリンは身体を発光させフワリと飛び降り、ヴァルカンの救出に向かった。


 

「おお!! さんきゅ、さんきゅ! んじゃ、上に連れてってくれ! ってか、お前、かなりいい女だな? 今夜一緒に寝ないか?」


「アハハハッ! このマーリン様を抱こうなんて1000年早いって!! なんなの、あんたら! ホントに面白すぎぃ〜!!」


「えっ!? アンタがマーリン様かよ! ガキじゃなかったか?」


「ぷっ、アハハハッ!」



 下から聞こえてくる下品な会話にハイルは思わず頭を抱え、やれやれ……と言った具合にアルトにプレゼントしてもらった「鑑定眼鏡」を外し、ハンカチで汚れを落とす。



 そして、「あっ……」と何かを思い出したかのように小さく呟き、チラリと振り返る。




「……“アルト・エン・カーティスト”。その名前は、生涯口にしない方がいいですよ? マーリン様のように逃亡する手段がないのなら……」




 ポツリと呟いたハイルに、この王国の重鎮2人はゾクゾクッと背筋を凍らせる。


 この数日間で、何度も視線は交わっているはずなのに、なぜか初めてブラウンの瞳と目が合った気がしたからだ。



 フワッ……!!



 そよ風と共に降り立ったマーリンとヴァルカン。



「ありがとうな、マーリン様! んで、どうよ? ミーガンの旦那! 見てたかよ、俺の竜討伐! クハハッ!! こりゃ給料アップには充分だろ?」


「ヴァルカン様。何しに来たんですか? 早くこの場を立ち去ってください。邪魔です」


「ククッ、相変わらず幸薄そうな根暗女だな、ハイル! で? どんな感じ? これからどうすんだ? ドラゴンの肉でも、」


「アハハハッ! 今から『君たちの王様』に会いに行こうと話してたところだよぉ?」



 マーリンは心底楽しそうに小首を傾げる。



「だ、誰がそんな話を、」


「へぇ〜……。まっ、いいんじゃねぇか?」


「ヴァルカン様、笑えない冗談です。ちゃんと順序を、」


「まぁそう気にすんなよ、ハイル。みんなでドラゴンをつまみに話でもしようぜ?」


「いいねぇ〜! ヴァルカン君! 君とはとっても仲良くなれそうだよ」


「な、何を考えているのですか? ヴァルカン様!」


「心配ねぇさ、ハイル。……まあ、万が一なんかありゃ、この場の3人を消せばいいんだしよ」



 ヴァルカンは「ふっ」と鼻で笑いながら、なんでも無い事のように呟いた。


 もちろん、大公爵のミーガン、第3王子のアルバート、そして宮廷魔術師マーリンとの間には、身分の違いと言う計り知れない差がある。


 この発言は大罪である。


 しかし、ヴァルカンはニヤリと挑発的な笑みを浮かべて言葉を続ける。


「俺は、アルトが殺(や)れと言えば殺るし、死ねと言われれば死ねるよ。……アルトは間違えねぇからな。……ただ、俺が言いてぇのは……、何が起こっても不思議じゃねぇって事と『覚悟』がねぇならアルトに会うのはオススメしねぇって事さ……」


 ヴァルカンは言葉を終えると小首を傾げながら探るような視線でマーリンを見据えた。


 本来であれば、その場で首を斬られても何らおかしくない発言だが……、



「「「「…………」」」」



 3人は沈黙し、誰1人として口を開かなかった。


 沈黙の後、ハイルは「はぁ〜……」と頭を抱え、「コレだから脳筋は……」と眼鏡を外して目元を抑えると、


「……アハッ!! マジで最高だよ、あんたたち! ますます興味が沸いちゃうなぁ〜! “アルト君”!」


 マーリンは、アルトとの2度目の再会を心待ちにする。


 沈黙の間、マーリンはこの2人を同時に相手にした時の勝算を6割程度だと判断した。


 しかし……更に同等の存在が他にも数人……いや、1人でもいるのなら、勝算は考えるまでもないという事実。マーリンは、その事実に歓喜し満面の笑みを浮かべた。


 魔法の申し子。

 世界最高峰の魔術師。


 人間ながら、不老不死に限りなく近づいた150才のマーリンは、自分の死を身近に感じれる事がうれしくて仕方がなかったのだ。



 一方のアルバートはすでに頭を切り替え始め、アルトとの邂逅に備えた。


(……今日、全てが決めるのだな)



 目の前の2人の傑物を従え、絶対の忠誠心を抱かせる男との邂逅が人生を左右させる。


 比喩ではなく、まさにアルト・エン・カーティストとの出会いが自分にとっての正念場となると必死に思考を再開させた。


 そして、現在、ヴァルカンを雇っているミーガン公は、やけに腑に落ちてしまっていた。


 2年前の特異私兵団の選抜試験。

 全ての参加者を無力化した唯一の合格者。



 ――俺を雇えば、人生バラ色だぜ? ミーガン公。



 あの時のヴァルカン・エイドの言葉と、はるか先を見つめているような瞳の違和感。

 ハイル・ミュラーを推薦した時のアーグリッド卿の鬼気迫る表情の答えが解消されたのだ。



「なぁ、ハイルもアルトに会いてぇだろ? 早くしないと逃げるかもしんねぇぞ?」


「さ、先程から!! 先生の名を口にしないでください、ヴァルカン様」


「カカカッ! 顔赤くして何言ってんだか!」


「ねぇねぇ! アルト君ってさ、聖女エリスと一緒にいる? 護衛騎士になったとか、なにか聞いてない?」


「ああ。そういや、」


「ヴァルカン様! いい加減にして下さい! なんでアナタはそんなにバカなんですか!」



 傑物たちの話題の中心は“アルト・エン・カーティスト”。


 ミーガン公はその家名に覚えがあった。


 悪名高き“カーティスト伯爵家”。

 今や、その家名すら消え去った没落貴族。


 それがどういうことなのか……?


 どこまでも爪を隠し続けていた“悪魔の子”。

 この光景を見るに、『王国の裏側』を完璧に掌握しているであろう“アルト・エン・カーティスト”。



「……なんと恐ろしい。この王国はすでに滅んでいたと言う事だな……」


 

 ミーガン公の呟きは誰の耳にも届かなかった。


 第一線で王国を支えて来たはずの自分に、一切の情報がない。その意味に戦慄し、その場に立っているのがやっとだった。



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