第21話 対極な2人
◇◇◇
「ご主人様の専属メイドを辞めさせて頂きます」
……2人とも裸で何やってんだ?と部屋に戻った俺たち。おおかた「抱いてください」とでも言うのかと思えば、レイラからの言葉は見事予想の斜め上を行く。
「……え、あ、そうか……」
「ここでご主人様に無理やり迫り、強引に関係を築いたとしても、それはレイラの望むものではありません」
「……“1人の女として見ろ”とでも?」
「はい。その通りです。流石ですね。ご主人様。……今はご主人様のお言葉だけでレイラは天にも昇るほど幸福ですので」
レイラは頬を真っ赤に染めて嬉しそうにハニカム。
(メイドを辞めたにしては“ご主人様”と呼ぶのだな)だとか、(つい先ほど、女として認識を改めたのだがな)だとか、(今後の飯とか掃除とかはどうするんだ?)だとか、俺の頭にはなんとも言えないものに変化して行く。
切り替えは早い方だが、見慣れ過ぎているレイラといざ、どうこうと言うのは……なんだかなぁと言った具合だ。
ともかく、釘を刺しておいて損はないだろう。
「……男女の関係についてだが、俺にも性欲と言うヤツはある。ただ、アイツの血が流れていると思うと、ゾッとする。そう言う行為で、もし子供ができたら、」
「レイラの親は子供を売るようなクズでしたが、レイラがもしご主人様の子供を授かったなら、誰よりも何よりも大切に育てます」
「えっ?」
「とてつもないほど愛情を注いで、死ぬまで一緒に過ごしたいと考え、子供に“もう勘弁してよ”と言われる自信がございますよ? ふふっ……、それを見ていたご主人様は優しく笑って、レイラの頭を撫でて下さるのです……」
「……」
「親は関係ないと思います。レイラの育ての親は、ご主人様とシエル様……。もちろん、レイラには血の繋がりはありません。ですが、ご主人様の親はシエル様だけですよ? ご主人様に遺伝されているのはシエル様の優しさや温かさなのです……」
「……あ、あぁ」
「大切なのは“育ち方”と“環境”ですよね? ご主人様がおっしゃっていた事です……。それはご主人様には適用されないのですか?」
レイラはなんでもない事のように微笑みながら話すが、要約すれば、結局は自分の覚悟次第……という事なのだろう。
確証のない“血”に囚われるなんて愚かだ。とでも言われている気分であり、なんと言うか……うん。心の中に巣食っていたものがスゥーッと消滅していくようだ。
「……ご主人様? とりあえず、夕飯を準備致しますね?」
レイラはキョトンとしてから、つい先ほど着たばかりの服を脱ぎ始め、裸にエプロンを装着する。
「ふふっ、ご主人様? 襲いたくなったら、レイラはいつでも構いませんよ?」
イタズラに笑い小首を傾げるレイラに、何やら顔に熱が襲ってくる。
「バ、バカか。服を着ろ!」
俺はレイラの服を拾い上げ、ぷりぷりの尻に投げつけた。「きゃっ……」と可愛らしく声をあげ、「ふふふっ」とご機嫌で夕飯を作り始めたレイラ。
「ったく……」
ドクンッドクンッドクンッ……
レイラのセクハラには耐性がある。
耐性はある……はずなのに……。
先程の死を覚悟した女の顔。
それを拒絶し、恐怖した俺……。
いつも通り……というわけではないらしい。
心臓がうるさくて仕方がない。
◇◇◇【side:エリス】
……眠れない。
久しぶりのベッドのはずなのに、なかなか寝付けない。頭にあるのは、2人の会話とイタズラな笑顔が似合う、目つきの悪い男の顔。
「……はぁー……」
勇者パーティーの合流は7日後。
平民である私は皆が来るより早く現地に出向き、諸々の準備をしないといけない。
料理人の手配。宿屋の確保。旅の順路確認。
どのような魔物がおり、どう対処すればいいのかの調査に、今回の旅の着地点の立案。
立案に関してはもう取り掛からないといけない。
今回も四天王の1人を討伐……? いえ、今回は最低でも2人くらいは屠り、旅は順調であると世界中に知らしめなければいけないわね……。
次にアクアンガルドに帰れるのはいつになるのかしら。
――無理だけはしないようにね?
困ったような母の言葉に、うまく言葉を返せなかったわね……。
でも無理しなきゃ、無理なのだから仕方がない。
平民が調子に乗っていると思われないように、無欲を装い報酬をねだらない私は、しっかりと結果を出し、“施し”を狙わなければならない。
ミーガン公爵様からの援助は受けているが、手配や宿屋などに当てている。
――なぜ、勇者である私がお金を払わなければならないのだ?
――勇者パーティーは世界のために戦っているのよ?
クソ勇者とアホ賢者の尻拭いはいつも私だ。
かと言って、いい具合に立ててあげないとすぐに機嫌を悪くして暴れるし……。イカレた剣聖は自分の剣にしか興味がないし……。
ただでさえバランスをとるのに必死なのに、頭の中はアルト君とレイラさんの事だかりだし……。
「……はぁー……」
“こんな事”に思考を支配されている場合はないのだ。
今頃、2人は仲睦まじくお互いを求め合って、愛を確認し合っているのだろう……なんて、眠れなくなっている場合ではない。
マーリン様に睡眠用の魔道具を用意して貰おうかしら……。こんな事なら、やはり護衛騎士はなかった事にして、2人には帰って貰おうかしら……。
ちょうどいいじゃない。
(……アナタ、「諦める」のは得意でしょう?)
私は心の中で自分自身に問いかけたが、
――俺と2人の時くらい、眼鏡を外せば?
――“護衛”の定義はお前と一緒にいる事だな?
――嘘を吐いてたが『無属性魔法』はかなり使える。
――俺の前では偽らなくていいぞ?
――ハハッ、いざとなりゃ、余裕で守ってやるよ。
心の安寧を知ってしまった私には、その選択をする事ができないようだ。
まだ、打ち合わせなどでしか話してはいないが、自然と顔が緩むなんて些細な事が心地よくて仕方ない。
この世界を呪い、滅ぼす。
“悲劇のヒロイン”を気取って、力を与えられた事に勘違いして、この世界には悪しかないのだと決めつけて……。
愚かしい……。
本当に愚かで滑稽な女……。
心のうちを見透かされるのを恐れて、過去を知られたくないと意固地になって、素直に会話もできない壊れていて可愛くない女……。
「……私も自分の命で脅してみようかしら」
口にしてから、「ふふっ」と自分を嘲笑する。
そんな事をしたところでアルト君が私を止める理由がないとわかったからだ。
そもそも、彼は何者なのかしら。
きっと、無属性魔法だけではない。
“ご主人様”……。“メイド”……。妹、お嫁さん……。
『バチバチッ』という不可解な音もそう……。
ただ、「無属性魔法に気付き力を隠していた男」というには違和感が大きい。
「……アナタって私以上の嘘つきよね」
小さく呟き、無理やり目を閉じた。
明日になれば、私もレイラさんのように素直に可愛らしくアルト君と喋れるようになっていればいいのに……。
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