第20話 俺の負けだ……
◇◇◇◇◇
――中央都市「クーリヤム」
俺たちは王都と目の鼻の先に到着し、ボロくもなく綺麗でもない宿屋に入った。
パシャんッ……。
俺は1人湯船に浸かり、顔を洗う。
エリスへの仕返し……というより、意趣返しはまだ出来ていない。この7日間は、まざまざと『聖女』の力を再認識させられるだけの旅路となった。
聖属性魔法……。
希少属性とはいえ、少なからず知識はあるが、ズレが大きすぎる。おそらくは、エリスのスキルである「治癒天使(ラファエル)」と聖属性魔法を掛け合わせ、独自の魔法を展開しているを印象だ。
詳しい事は判断しかねるが、『行き過ぎた治癒』は健康体には害となる事もあるのだろう。それに関しては製薬に関しても同じ事が言えるし、納得もできる。
そこから、最後の一手となるのが聖属性魔法と考えていいのかもしれない。
正直、エリスはかなりのものだ。
近接での戦闘では無力に等しいかもしれないが、中距離、遠距離での力量は俺と同等と言ってもいい。
それは【黒雷】と同等という事だ。
圧倒的な魔力を持ち、スキルを精密操作する俺と同等……。
近接や無属性魔法を利用すればわけないが、まだしっかりとした《治癒》は見ていない。ダメージを受けたとしても、《自動再生》するようなものもあるかもしれない。
……エリスを殺すのはなかなかに骨が折れる。といっても、殺す気などさらさらないのだが、最悪の最悪を考える癖は直らない。
――アルト君。私のヒモになった気分はどう?
あの傲慢な態度も納得してしまう。
それを表に出さず、秘密裏に行う姿には俺に近いものを感じて仕方がない。俺だけが、エリスの力に気付き察知できていた。レイラですら違和感程度にしか思わなかっただろう。
乗客や街道を歩いていた者たちは、誰もエリスを聖女だなんて思わない。初めて会った時、なぜ聖女のローブを羽織っていたのか……、疑問は残るが、徹底された“地味女”の完成度には感嘆してしまう。
ちなみに、この旅路で俺は何もしていない。それなのに、全ての支払いはエリスが賄っている。それはレイラも同様で、何もしていないのに2人分の生活を保証してもらっている。
俺に見せつけるようにしているのか。
俺には「細かい力」がわからないと思っているのか。
掴めないヤツだ。本当に……。
でも、対等に……というより、内面を知られているのに下に見られるのは初めてで少し面白い。
力の全ては見せてないが、俺の無属性魔法の感知能力が同等という事はバラしているし、さまざまな《付与》を行っている魔道具も見せているので、俺の実力について考えさせられているはずだ。
“ヒモ”……、“養われる”か……。
これは物心ついてから初めての経験だ。
母は病弱で俺が金を作っていたし、カーティスト家に至っては領民の税……。それに関しても、しっかりと仕事を与えてやり、行動で対価は支払ったつもりだ。
……うん。
養われるというのは、なんとも言えない気分だ。
楽……というよりも暇なのだ。
甘んじて受け入れることができない。何やら時間を無駄に消費しているような……何かしなければならない気になるような……。
修羅の如く働き詰め、やっとこの2年間はゆったりと余裕をもって働いてきた。だが……うん。なんだかなぁと言った具合だ。
「……何もすることがないというのも、どこか物足りないのだな」
せっかくの風呂もただ湯に浸かっていると言っただけだ。「ふぅ〜」と一息つけない。レイラの飯も相変わらず美味いのだが、いつもとはどこか違う。
この状況すらも、エリスは見通しているのか?
「はぁ〜……」
厄介な女だ。本当に……。
とはいえ、明日には久しぶりに王都に入る。
久しぶりと言っても2度目だが……、王都に入れば何かと俺が動く事もあるだろう。少しだけ表に出ると言っても、このディアイラ王国の王侯貴族の前に顔を出す事は避けなければならない。
訪れたのは12歳の頃だが、死んだはずの俺の顔を覚えている者もいるかもしれない。
以前の王都は、【黒雷】を授かった俺を迎え入れ、欲を掻いた“アイツ”に連れられて訪れたのだ。
王侯貴族を前に【黒雷】の実演。
カーティスト家の権力や価値を高めようとしたアイツに対して、俺は断固として「否」を突きつけた。
【黒雷】をある程度暴走させ、王宮の訓練所を破壊してやったのだ。
思えば、あからさまな不正に手を出し始めたのもこの頃から……。あの頃の俺は、見事に手のひらの上で踊ってくれたアイツを楽しむ余裕はまだあった。
制御不能であると知らしめつつも、【黒雷】には絶大な力があるを披露した。
――大切に育てよ。期待しているぞ。
ミーガン公爵家の当主がアイツにそう言っていたのが記憶に残っている。“愚王”は我関せずというより、王宮の一角を破壊した俺に「2度と顔を見せるな」とまで言って来ていたが……。
思えば、俺が打った最初の一手だ。
カーティスト家での“立場”を確立し、退路を塞いでやった瞬間だったな……。
兎にも角にも、王宮の貴族には要注意だ。
――「護衛騎士をつけた」という報告はさせて貰うわ。
確か、宮廷魔術師の『マーリン』と騎士団長の『ローズベルト』、公爵家の『ミーガン』への報告……。
この3人以外の接触はないようにしなくてはな。厄介なのはミーガンか……。確かヴァルカンを送ったところだ。上手く話を……、いや、ヴァルカンなら期待はできない。
念のため、変装用の魔道具を……いや、魔道具を使用していると察知されれば、余計目について不自然か……?
……オーウェンに俺の変装をさせて送り込むか。
それが1番安全か。オーウェンはヴァルカンからも話を聞いているだろうし、王都に入る前に確認を……。
カラカラッ……
思考を進める俺が風呂の扉が開く音に視線を向ければ、タオル一枚のレイラが立っている。
せめて肌着を着ろとあれほど言っているのに……。やれやれ……。まずは、そろそろコイツと話さないとな。
「……旦那様。ひどいです。食料の調達の間に1人でお風呂に入られるなんて、」
「レイラ、」
「野営ばかりでしたので、ゆっくりとお風呂に入られるのは久しぶりですね。お背中をお流し致しますよ?」
「……」
「では、レイラも身を清めてから旦那様と一緒に入浴させて頂きますね?」
「おい、」
「明日は王都です。夕飯は腕によりをかけて、」
「レイラ……?」
そそくさとお湯の魔道具に魔力を込め、シャワーを出したレイラは、俺の低い声にピクッと身体を震わせる。
「ここ数日、適当に流して来たが、これはどういうつもりなんだ? そろそろ説明してくれ」
俺としてはちゃんとレイラの考えを聞いてから、適切な判断をしようとしていたのだが、レイラは叱られている子供のように今にも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「はぁ〜……エリスに言われた事が気になるのか?」
「あの女は大嫌いです……。あの女と話しているご主人様も楽しそうにしていて……大嫌いです」
「……」
「“ご主人様”はレイラのです……」
初めてレイラに「嫌い」と言われ、「レイラの」と涙をこぼし始めたレイラに俺は絶句してしまう。
「……レイラがいます。ご主人様にはレイラが……。レイラではダメなのでしょうか……? うっ……レイラは、レイラにはご主人様が全てです。“依存”して何が悪いのでしょう? レイラが依存できるのはご主人様だけなのです」
「……エ、エリスとは別になんでもないだろう? アイツもアイツで初めて友人のような存在ができて、それに恋愛感情を混濁させてるだけだ。そもそも、アイツが本当に俺を好いていると思うか? 口を開けば、変態だなんだと、俺を、」
ガタッ……
レイラは立ち上がる事で狼狽える俺の言葉を止める。綺麗な裸体を惜しげもなく披露しながらも、その顔は涙に濡れている。
ドクンッ……
あまりの美しさと心の底から苦しそうな泣き顔に、俺の心臓が大きく脈打つ。
幼い頃からずっと一緒にいた妹のような存在は、すっかり女の顔で俺を見据えている。
えっ、待て待て。なんだ、これ……。
別に責めているわけでもなんでもない。
ただの世間話の延長だろ? 「そろそろ説明しろ」の返答は「愛してます」なんて支離滅裂な答えで、俺は「やれやれ」なんて言葉を返して終わりのはずだろ?
「……レイラは……レイラはもう用済みですか?」
「……はっ?」
「2年前もそうです。ご主人様はレイラを捨てて1人で、」
「ふざけるな。それはお前のためを思って、」
「ご主人様は何もわかっていません!! レイラが人間の感情を感じるのはご主人様の横だけなのです! ご主人様の横だけが生きていると実感できるのです!」
「俺はお前を自由にしてやろうと、」
「そんなものは要らないと言っているのです!」
「!?」
「申し訳ありません……。ご主人様……。ご主人様に口答えをするなんて……、こんなメイドはもう……必要ありませんよね……」
真紅の瞳からポロポロと大粒の涙が走る。
少し濡れた銀髪はレイラに張り付き、悲壮感と色気を醸し出す。
初めてのレイラが、いや、“レイラリーゼ・ラスティン”がそこにはいる。
「2年前も、いえ、初めて出会ったあの時からご主人様の優しさにつけ込み、今でもご主人様を困らせてばかり……。レイラは……なんて卑怯な女なのでしょう……」
「そんな事、」
「《再構築》……」
グニャッ……!!
俺がレイラに初めて作ってやった3連の腕輪がレイピアへと姿を変える。
「もう生きてはいけません。ご主人様に無礼の数々……。ふふっ、レイラは嫉妬に狩られ、壊れてしまいました」
「……笑えない冗談だぞ? レイピアを《解除》しろ、レイラ」
自らの首元にレイピアを添えるレイラに、言いようのない不安を感じ、俺は低い声を出すが……。
「……愛しています。ご主人様……」
バチバチッ!!
レイラの言葉に俺は【黒雷】を発動させた。
脳の運動神経に作用させ、レイラの動きをピタリと止めた。
「……俺の負けだ、レイラ。望みを言え。なんであろうと叶えてやる」
どう足掻いても、何を差し置いても、俺はレイラを見殺しに出来ない。「自分の命を人質に」なんて生優しいものじゃない。
コイツは本気で死ぬ気だった。
カタカタカタッ……
身体が震える。“これ”の名前は知っている。
これは失う事に対する“恐怖”だ。
日に日にやつれて行く母を見ている事しかできなかった……。
「……レイラ。ずっとそばにいろ。形なんてなんでもいい。どうやら俺は……、お前が死ぬ事が怖くて仕方がないらしい」
俺は自分の震える手をレイラに見せると、身動きの取れないレイラは「うぅっ……」と拭えない涙を加速させた。
※※※※※
「…………なによ。それ……」
風呂場の脱衣所でポツリと呟いたのはエリス。
わざわざ、気配遮断の魔道具を装着し、無属性魔法の対策をして訪れた風呂場で、今まさに、失恋を悟った。
積み重ねた月日を感じさせる嘘偽りのない会話に、グッと唇を噛み締め拳を握った。
「“これ”が愛情ではない……? 本当に残酷な人……」
音も立てず脱衣所を後にするエリスの紺碧の瞳には涙が浮かぶ。
お酒を飲んでは暴れる父親と泣いてばかりの母親と過ごした幼少期を送ったエリス。生まれて初めて、“本当の自分”を優しく受け入れてくれるアルトの存在は日に日に大きくなっている。
張り裂けそうな胸の痛みに、エリスは『初恋』をはっきりと自覚した。風呂場からは「うううっ、ご主人様ぁ!」という、歓喜の雄叫びが響いている。
(……失望するわ、アルト君)
心の中で武装を試みても、それは負け惜しみである事を自覚することしか出来なかった。
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