第22話 サーシャとマリューとの再会




   ◇◇◇◇◇



 ――王都「夜蝶」



「“アル様”ぁあ!!」



 俺を呼びながらムギューとしがみついてくるのは、元メイド長サーシャの娘であるマリュー。


「お久しぶりです。アル様……。とてもお会いしたかったですよ……」


 そして、うっすらと涙を浮かべて頭を下げたサーシャ。



「ふっ、お前は相変わらず見た目が変わらないな」


「……ふふっ、吸血鬼(ヴァンパイア)ですから」


 ニッコリと笑ったサーシャは相変わらず美しい。コレでもう132歳だと言うのだから詐欺のようなものだ。


「アル様、アル様! 抱っこして欲しいかも!」



 俺の足にしがみつく可愛らしいマリュー。

 歳は俺より年上のはずだが、半吸血鬼(ハーフヴァンパイア)もどうやら年齢という概念は人とは違う。


 俺が用意してやった髪の色や瞳の色を変化させる魔道具で、髪は黒に、瞳は薄紫に変更しているサーシャとマリュー。


 「自分の顔が悪い事を改めて見せつけられてるようだからやめろ」と何度も言ったが、色に関しては俺の姿を模倣しているのは変わっていないらしい……。


 俺はスクッとマリューを抱き上げ、「アハハッ! アル様の匂い……」の首にウリウリしてくるマリューに「ふっ」と小さく笑う。



「で、聞こうか。王都はどんな状況だ?」



 俺はこの場の人間に声をかける。


 困った顔から直らないオーウェン。

 涙ぐむサーシャにウリウリのマリュー。そして、マリューを羨ましそうに頬を膨らませるレイラ。


 なんだか懐かしいな……。 

 ここに“ハイル”が居れば、かなり『裏工作』してた時の雰囲気にも近づくのだろうが……。


 ヴァルカンは都合が合わなかったか?

 随分と出世したと聞いたし、久しぶりにサーシャたちに会ったので、他の使用人やヴァルカンの呑気で適当な空気も久しぶりに感じたい……、



「まず始めに、第3王子“アルバート殿下”がアル様を探しております……」


「……はっ?」



 再会を懐かしんでいた俺は、随分と間抜けな声を上げ、頭を超速で回転させながら、マリューを優しくおろした。





  ※※※※※




 ――私はマーリン様にご挨拶をして来るから、仲のいいお2人で王都観光でもすればいいんじゃない?



 聖女のローブを羽織り「地味聖女」となった少し様子のおかしいエリスの言葉に、王都の状況を把握しておきたい俺は、オーウェンに合図した。



 ――アルト様。サーシャから直接聞いた方がよろしいかと。



 苦々しい顔に異変を理解し、ちゃっかりと会う手筈を整えていたオーウェンの言う通りに、高級酒場「夜蝶」を訪れた。



(ハ、ハハッ……大したものだな……)



 店の前に立ち唖然とする。


 年齢不詳の美人、その場の空気を正確に把握し、気遣いの達人。『人間』に対する理解と教養は俺を凌駕する。


 料理の腕もレイラと同等で、いついかなる状況でも、どんな相手にでも、柔らかい笑顔で対応すふ事のできる才能。


 “サーシャ”には飲食系のものか、秘書や外交官のような仕事が天職だろうとは思っていたが、


(……いや、アイツはなんでもできたか)


 俺は豪華な酒場の入り口前で立ち尽くしながら、サーシャの能力の高さを改め、出会いを思い返した。




 ――死神め……。



 初めての言葉は俺に対する畏怖の言葉だった。


 サーシャは吸血鬼だ。


 カーティスト家の領地にある森に魔物や魔獣を眷属を広げて巣食っていた。魔獣や作物への被害こそあれど、人間への被害が一つもなく、不可解な異変に自ら足を運んだのだ時に出会ったのだ。


 眷属を屠り歩き、一直線に闊歩して来る俺が怖くて仕方がなかったと後になって聞いたが、死神と言われた初対面は忘れられるものではない。


 白髪に真っ黒に塗りつぶされた目。

 怪しく光るのは紅の瞳孔……。

 それは、全てが敵だとでも言いたげな鋭い眼光だった。



 ――この子だけは命に変えても……!!


 ボロボロの身なりで必死に娘を守ろうと、俺に向かって来たのだった。


 吸血鬼は魔物だ。

 それもかなり上位魔族の一種だ。

 露見すれば、即座に討伐対象にされ、迫害され、忌み嫌われ、討伐隊が後を立たない。


 人間との間に子供を持ち、人間を嫌いになりきれないサーシャは眷属を増やして森に籠城したのだろうとすぐに察した。



 バチバチッ!!



 襲いかかって来るサーシャを【黒雷】で拘束し、



 ――俺の使用人にならないか? 俺の庇護下で人間として生きてみればいい……。



 娘であるマリューを守らんとする必死な母親の姿に、俺は思わず手を差し出したのだ。


 俺の使用人となったサーシャは、身を粉にして『人間』に対して学んだ。


 俺が幼少の頃から集めていた書物を読み漁り、心理学や脳科学の分野では俺よりも博識となり、半年というあり得ない時間でカーティスト家のメイドを掌握したのだ。



 なんて……昔を振り返ってもみたが、



(……たったの2年で。ふっ……。“化け物”だな……)



 高級だと一目でわかる入り口に俺は頬を緩めた。


 もちろん、「化け物」というのは、人間としての才覚に対する感想だ。あの時の俺の判断は間違っていなかったななどと上機嫌で高級酒場に足を踏み入れたのだ。




   ※※※※※




 それが、どうだ?


 来て早々に俺は王都を離れたくなっている。



「……出所は未だ不明ですが、“亜種王子”はアル様の生存と、その力量を認識しているようなのです……。今は王宮に戻り、着実に派閥を大きくしているとか……」


「……い、いや、待て待て。第3王子……? あ、あの暗殺未遂を起こして北の最果てに追放されていた、あの『ハーフエルフ』だろ?」


「はい。第一王子暗殺未遂の嫌疑をかけられ、北に送られた、あの“亜種王子”と敬遠されていたあの第3王子です……」


「……な、なんで俺を……?」


 顔を引き攣らせた俺に、サーシャとオーウェンは苦笑を浮かべて沈黙した。



「わぁい! レイラ様の料理、久しぶりで楽しみかもっ!!」


「マリュー。それを千切りに。それと、これは、乱切りに……」


「はぁい! マリュー、レイラ様のお手伝いするかも!!」


 場違いとも思える呑気な話し声がキッチンからは聞こえてきていた。




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