第15話 〜知らぬ間に歯車は回る〜




   ◇◇◇◇◇


 ――王宮 



「此度の急な領地拡張にも素早く対応し、忠誠を王家に示す働き、大義であった。其方(そなた)に侯爵位を授ける」


 ディエイラ王国、国王“クレンセン”は大広間で片膝をついて顔を伏せているアーグリッド家、現当主“アレン・ルド・アーグリッド”の爵位昇格を宣言した。


「有難きお言葉。今後とも、陛下に忠誠を誓い尽力致してまいります……」


 クレンセンはそれを見下ろし、「もう良かろう?」と右隣りに立っていたミーガン公爵に声をかけ、気怠そうに広間を去った。


 腐敗が進むディエイラ王国。

 その最たる原因はこの“愚王”である。


 私利私欲のためにしか動かず、国を私物化。

 自国の地理すらまともに把握しておらず、それを見て育った殿下たちが、国王を反面教師として育つわけでもなく、王家は、いや、国の腐敗は留まる事がないとされている。



 ゾロゾロと参列者たちが去り、ガランとした大広間。

 示し合わせたかのようにその場に残ったのは、侯爵位となったばかりのアレンと、大公爵家のミーガンである。



「すまないな。アーグリッド卿」


 実質、国の政治を執り行っているミーガン公爵は視線を伏せる他なかった。


「……いえ。我が国がギリギリで形を保っているのはミーガン公のおかげです」


「……其方たちの支えあってだ」


「……顔色が優れませんね。少しでも休息……いえ。すぎた発言でした。申し訳ありません」


「よい。私が倒れるわけにはいかぬとわかっている。労い、有り難く頂いておこう」



 2人はしばしの沈黙の中に立ち尽くした。



 この国は“救世主”を求めていた。

 この国は“英雄”を心から待ち望んでいた。



 この昇格が転機になるように感じていたのはミーガンだ。アーグリッド家の昇格。これは没落したカーティスト家の領地を目覚ましく発展させ、多大な国益を生んだからに他ならない。


 その元となるのは“グリーディア商会”の発展。

 今や王国最大の商会となったのは、作物回復薬(グリーンポーション)の王国中への販路拡大によるもの。


 元を正せば、2年前、グリーディア商会に現れた1人の少女“ハイル・ミュラー”の功績だったが、それは巧妙に隠され知っている人間はごくわずか……。



 その1人がアレン・ルド・アーグリッドである。



「本当にグリーディアのポーションには国が救われた……。食糧難だけでなく、各土地の繁栄にも一役買ってくれて――」



 ミーガンからの感謝の言葉にアレンは、口から言葉が漏れ出ないように唇を噛み締めた。



 『真王となるべき人間を知っています』



 アレンは口にする事ができない。

 口にしてしまう事で“彼”に不義理をしたくない。


(この国を救うにはもう……、アナタしか……)


 アレンは“彼”の存在を表舞台で公表する事で、この国は救われると心から考えている。



 ――このままでは、アナタの領地で反乱が起きますよ? アナタまで餓死する前に聞いて貰いたい話があるのですが……。



 齢12歳の少年との初めての邂逅が頭をめぐる。


 たび重なる飢饉。

 掘り尽くされた鉱山。

 魔物の活性化に盗賊団の街道封鎖。


 自領の窮地に現れた1人の少年の姿。

 

 みすぼらしいボロボロの服でいて、醸し出される気品と圧力。悪魔のような鋭い眼光から紡がれる、神のような助言の数々。


 それは、悪徳貴族で知られ、絶対に関わり合いにならないと誓っていた“カーティスト伯爵家”の次男アルト・エン・カーティストからの鉱山買収と栗芋(クリイモ)の生産に関する提案だった。


 

 ――アナタは善良な領主だ。アナタでなければ、領民たちはすでに息絶えていたでしょう……。……アナタもちゃんと食事を摂った方がいい。



 商談が終わる時、アレンは膝を突いた。涙を流し、感謝を垂れ流しながら……。まるで神に祈りを捧げるように。


 『絶望』から掬い上げられたようだった。

 

 復興したアーグリッド領。

 全ては“彼”の言う通りとなった。



 アレンはあの経験が忘れられない。



 ――これは全てアナタの功績……ということにして下さい。


 ニッコリと子供らしい笑みで「それを承伏できないのでしたら話は無かった事に……」と呟いた瞳にただただ畏れを抱いた。



 アレンは縋る他、手立てはなかった。

 守るべき自領の民のため道化(ピエロ)となる他、道はなかった。



「アーグリッド卿……。其方には優秀な息子が2人いたはず……。貴殿の力、王都で振るってはくれないか?」



 ミーガンからの悲痛の叫び。

 アレンはゴクリと息を呑み、冷や汗を背中から吹き出しながら口を開いた。



「……ハ、“ハイル・ミュラー”という少女を推薦致します。私などよりもはるかに優秀にして、この爵位昇格の立役者……。彼女の商才と先見の明……この王国のために尽力していただきましょう……」


「……“ハイル・ミュラー”?」


「グリーディア商会の傑物です」


「……」


「あの者を内政に関わらせるべきです……」



 アレンの顔が青ざめて行くのを、ミーガンはただ見つめていた。


 生真面目で自領の民のために餓死寸前まで耐え、見事復興を果たした“王の資質”を持つアレン・ルド・アーグリッド。


 ミーガンは、その鬼気迫る圧力に、この提案は『自分に何が起こるのかわからないが、この国のために』という信念を見た。



「よし。では、その者を、」

「クッハハッ! ハイルが来んのか? そりゃあいい。“旦那”、ハイルはぶっ飛んでて面白いぜ?」



 ミーガンの言葉を遮り、大きな支柱の影から姿を見せたのはミーガン公爵家、特異私兵団、副団長“ヴァルカン・エイド”。



「“ハイル”という者を知っているのか、ヴァルカン!」


 声を張り上げたミーガンとは対照的に、ポカンと口を開けてゴクリと息を呑んだアレン。



「な、なぜ、ここにお前がいる……?」


「“なぜ”って、そりゃあ、俺がミーガンの旦那の護衛だからだよ、“オッサン”……」


「…………」


 絶句するアレンとニヤリと笑うヴァルカンを交互に見渡し、頭に疑問符を浮かべるミーガン。



「……さっきのはまあ……、“ギリギリ”だぜ? オッサン」


「……」


「ハイルか。アイツも頑張ってんだな。懐かしい……」


「……やはり、生きて、」


「おっと、その先はダメだ。……はぁ〜。にしても、オッサンまで知らなかったのか?」


「いや……。もうそれだけで良い……」


「ふっ、賢明だ」


 アレンはギリギリで「アルト」の名前は出さなかった。しかし、その元使用人であるハイルの名をミーガンに伝えた。


 あそこでアルトの名を口走っていたのなら……そう考えるとアレンはまた冷や汗を吹き出した。



「……1から説明しろ、お前たち……」



 全く話が理解できないミーガンは苦笑を浮かべて頭を掻いたが、2人は同時に口をつぐむ。


 「アルト生存」を確信し、もうこの国は大丈夫だと安堵したアレンと、いつまで経っても顔を見せてくれないアルトに我慢しきれなかったヴァルカン。


 1から話せと言われても、2人が説明できることは少ない。


 街道を封鎖し、アレンを苦しめた張本人が、『【煉獄】の盗賊団』、元団長“ヴァルカン・エイド”なのだ。



 2人の因縁は深いが、和解は遠に済んでいる。



 「死にゆく子供たち」……、「未来」を救うべく暴力を持って改善しようとしたヴァルカンと、生きている全ての命を平等に救おうとしたアレン。


 「どちらかを切り離さなければ未来はない」と割り切ったヴァルカンと、民と共に餓死してでも模索し続けたアレン。



 ――思考する事を放棄したツケ……としか言えない。



 間に入ったのは12歳のアルトだ。

 暴力にはそれ以上の暴力で、貧困飢餓には道標を。

 それら全ては「自分が食いっぱぐれないための措置だ」と笑う姿に、2人は心酔してしまった。



 そして、アルトの思考に微塵も追いつけない2人は同時に言葉を発した。



「ハイルに聞きゃあいい」

「ハイルに説明を求めるのがよろしいかと……」



 2人同時の言葉にミーガンはさらに苦笑を深めた。







    ※※※※※



 ――宮廷魔術師の自室



 宮廷魔術師“マーリン”は水晶を見つめて、「ふふっ」と小さく笑みを溢した。


 もう150歳となるマーリン。

 シワだらけの顔をニンマリと……させている事はなく、それは、12歳前後の幼い顔つきによく似合う、無邪気な笑顔だった。



「……『【黒雷】の少年』だね。なぁんかおかしいと思ってたんだから」



 長いエメラルドの髪をクルクルと指に巻きつけながら、ニコニコと幼い笑顔を浮かべるマーリン。



「……“アルト・エン・カーティスト”。確か2年前だから……。うんうん。あの子、もう18歳かぁ! やっぱり『あの時』、私のものにしちゃえばよかったかなぁ〜?」



 もう片方の手には『作物回復薬(グリーンポーション)』。解析・鑑定を行なっている片目は金色となり、個々人の魔力まで暴いてしまう。



   ▽▽▽▽▽


 混入魔力:「アルト・エン・カーティス」「※※※※※」「ハイル・ミュラー」「ノッド・グリーディア」「※※※※※」「オーウェン・ドノバン」


   △△△△△




「ダメだよ。『自動生成の魔道具』作る時に、自分の魔力使っちゃ……」



 マーリンはポーションに残った魔力の残滓で個人を特定する。一度でも会った事のある人間の魔力は全て記憶している。



「あっ。エリス、もう出発だっけ? 見送ったら、“アルトちゃん”を探しに行こうかなぁ!」



 聖女に聖属性の魔法の扱い方を教えた師匠。


 本人はずっと研究に明け暮れる。自分が100年かけて解き明かした『無属性魔法の可能性』に齢18の少年が辿り着いている確信が作物回復薬(グリーンポーション)となる。



 精密な魔力操作を必要とする「無属性魔法」。



「やぁっぱり、わざとだったんだね」



 『コントロールできない【黒雷】』で王宮の一角を壊し、「も、申し訳ありません!!」と顔面蒼白にしていた少年の顔を思い返す。



「ふふっ、面白くなってきたぁ!」



 更なる魔術の発展のために、マーリンはアルトに目をつける。



 そして……、もう1人の到着。




 コンコンッ……



 控えめなノックの音にマーリンは「はぁい!」と声をあげる。




「……『王国一の魔導師になる可能性を持っている』という男は見つかったか?」


「あら、殿下! ちょうどいいところに! 面白いよ? “アルトちゃん”。ふふっ、多分だけど、元懐刀たちが国中で大暴れ中かな?!」



 マーリンは大広間の写っている水晶を第三王子に見せる。

 


「……なるほど。ヴァルカン・エイド……。アーグリッド……。早急に見つけてくれ。あの男を味方につけ、国をひっくり返す……」



 この国の「未来」を憂う、ただ1人の王族。


 第3王子“アルバート・フォン・ディエイラ”。

 爪をひたすらに研ぎ続け、その一撃で国の変革を成さんとたち上がった王国の希望。



 彼はただただアルト・エン・カーティストとの邂逅を待ち侘びていた。








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