第16話 旅立ち前夜



   ◇◇◇◇◇


 ――冒険者ギルド



 エリスの護衛騎士を引き受けて1ヶ月が経った。



「帰らないでくれよぉお!!」



 カインはそう言って涙を浮かべてくれる。お酒というヤツは思考力を鈍らせる働きがあるから頂けない。


 「ルルリャ村の叔父が怪我をして帰郷する」という設定をついつい忘れてしまいそうだ。



「仕方ないだろ? 出稼ぎに来たはいいけど、薬草採取じゃキコリと大差がないしな」


「でもよぉ……うぅ」


「泣くなよ。今生の別れでもないし……。本当のとこ、宿代がない分キコリの方が儲かるくらいだ」


「大怪我して引退を余儀なくされるわけでもねぇのに……。俺がジルさんと結婚するまで待ってくれよ!!」


「ふっ、いつの間に恋人になってんだよ」


「いや、俺とジルさんは、」

「僕がなんだって?」



 カインは赤いのか青いのか……。うん。一瞬で紫色の顔になると「え、いや、違くてですね」と弁明を始めたが、ジルーリアはキョトンと小首を傾げてから、俺に視線を向けた。


「そう言えば、地元に帰るんだってね? 寂しくなるよ」


「ええ。グッさんとのバトルが見れなくなって、俺も寂しいですよ」


「ハハッ。残念だね。あのハゲが血に塗れるのを見れなくなるなんて」


「……ジルーリアさん。後ろ」


「ああ。ハゲだよね? わかってるよ。加齢臭っていうのかな? もう臭くて臭くて」


「誰が加齢臭だと、コラ! 俺はまだ28だ!!」


 当然の如く始まってしまった名物賭博にギルドは大いに盛り上がりを見せる。



「グッさん!! 今日は絶対勝てよ! グッさんに50000だ!!」



 俺の言葉にグリードは「任せとけよ、アルト!!」とドヤ顔を浮かべ、「やめときなよ、せん別にしたいと思ってたのに」とジルーリアはグリードを睨みつける。



 ガッ、ドガッ!!



「「「「うおっおお!! 始まったぜ!!」」」」



 ジルーリアの先制パンチにギルドは大盛り上がり。


 グリードは倒れる事なく血まみれでニヤリと笑い、「グッさんなんてボコボコにしちゃえ! ジルさん!」などとカインが叫ぶ。



 これも、見納めだな……。

 たったの2年……。されど2年か……。


 楽しかった。本当に……。

 時の流れは、遅いのか早いのかわからない。

 同じような毎日でいて、同じ日など1日もなかった。


 少し名残惜しい気もするが、今更、反故にすればレイラは発狂するだろう。



 ――この旅は婚前旅行です……よね?



 圧力に負けて「あ、ああ」と呟いてしまった。

 専属メイドが妹となり、妻になろうとしている。


 元より家族みたいなものだし、名称が変わっただけなのだが、なんと言うか……うん。なんだかなぁと言った具合だ。



 ドガッ!!



「テメェ! グッさん! ジルさんの綺麗な顔を殴ってんじゃねぇ!!」


 カインのヤジに苦笑して、エールを手に取りグイッと一気に飲む。



「そうだ、そうだ!! 女性の顔に躊躇なく殴るなんてクズだ!」



 俺もヤジを飛ばしてはギルドのみんなに溶け込んだ。




 明日、俺はアクアンガルドをたつ。


 5日連続の送別会を開いてくれたカインはかなりのいいヤツで、正直、初めての友達だと再確認する。隠し事だらけの俺ではあるが、こうして別れを惜しんでくれる人間はいない。


 能力や力を利用して、築き上げた関係ばかりだった俺を大切な友達だと思ってくれるのは、自分自身を認めて貰ったようでなんだか、むず痒い。


 モブ仲間とは別れは済ましてあるが、今日、この場所で「明日俺がいなくなる」と知っている人間はごくわずか。


 レイラもいなくなるとわかるとなかなかに面倒そうだったし、そもそもこの2年で関係を築けた人間は両手の指で数えられる。



 やはりカインの次は、ニーナだ。



 ――いつか、また旅に出たら地図を描くよ。



 別れを告げると、ニーナはポロポロと涙を流して悲しんでくれた。



 ――ア、アルトさん……さ、先払い……させて下さい。



 俺は「いいよ、金なんて……」と笑って返したが、ふと夜眠る前に気がついた。あの真っ赤な顔と潤んだ瞳……、「もしかして“身体で”って意味だったのではないか?」と。



 ニーナは本当に気が合う女だった。


 元より、研究気質で引きこもり体質の俺。

 もし、恋をするのならニーナのような女性がいいのかもしれないとも思っていた。


 少し癖はあるが、俺はニーナが嫌いではない。


 今思えば、ニーナには本当に世話になった。

 レイラに隠れて何度か食事をした事もある。


 夢みがちな綺麗な瞳は悪くなかった。

 今まで会った事のないタイプでとても有意義な時間を楽しませて貰った。


 また、いつか帰った時には「世界地図」の一つでもプレゼントしてやれば、少しは恩を返せるだろうか?


 その時には、対価を支払って貰うのも……、いや、ニーナがレイラに殺される未来しかないな。



 兎にも角にも……、




 ドガガッ!!!!



「「「「「うぉおおおお!!!」」」」」


「今日はグッさんだ!」

「ジル! 何やってんだよ! ったく」

「信じてたぜ、グッさん!!」



 この場所とも、しばしのお別れだ。



「またな!!」



 冒険者たちに囲まれている顔面ボコボコのグリードは俺に拳を向けてニカッと笑う。



 ポロッ……カランッ……



 血まみれの口から歯が落ちて音を立てる。



「「「「「「ぷっ、アハハハっ!!」」」」」」



 実に見事な歯抜けを披露してくれた。



「ぷっ、ハハハハッ……!!」



 酒のせいなのか、みんなの笑顔のせいなのか、俺は随分と久しぶりに心から大笑いして、またエールを煽った。






  〜〜〜〜〜




「さ、さぁ、だ、だだ、“旦那様”? は、はは、は、始めましょう?」



 気がついたら裸のレイラが俺に跨っていた。


 月明かりに照らされた真紅の瞳はウルウル。

 綺麗な銀髪はツヤツヤ。

 真っ赤な真っ赤な頬はポヤポヤ。


 レイラの裸は美しくて……ボンッてなって、キュッてなって……、モチモチ……?



「……………………ふぁっ?」



 俺の目の前が回っている。

 俺はレイラの身体をぼんやりと見つめながら、半ば無意識のままに頂きへと手を伸ばす。



「んんっ、はぁ……。ぁっ……」



 レイラを甘い声をあげて真っ赤な顔を隠す。



「……レイラ、綺麗だな」


 手には至福の弾力。眼前は絶景。


「んっ、ご、ご主人様……、こ、声が漏れてしまいます。口を塞いで……」



 レイラの顔が近づいて来たかと思えば、



「……これは強姦ですよ? レイラさん。少し2人で話しましょうか?」


 聞き馴染みのない声がした。

 即座に、最近知り合ったエリスのものであるとぼんやりと理解する。お酒というヤツは俺には向いていない……と、頭の片隅で思っていた。




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