第14話 アナタを好きになってしまったみたい
◇◇◇◇◇
――ボロ宿「オアシス」
「ご主人様!! 何を考えておられるのですか!」
部屋に帰るやいなや、「この宿の壁は薄いから家の中でも“お兄ちゃん”と呼ばないと不自然です!」と豪語していたレイラに詰められた。
「……まったく。少しはアルト様の思考をトレースしようとは思わないのか? 専属メイドとして、」
「オーウェンは黙ってて。レイラ、今気が立ってるの」
「……はぃ」
確かに今のレイラは危険だが、オーウェンまで黙らすとはなかなか。やはり、この部屋で1番の権力者はレイラで間違いないな……俺はこの2年間をすでに懐かしく思う。
頭の切り替えは早い方だ。
またアクアンガルドに戻ってくるのは随分と先になるのだろう。
そういえば休暇の日数などを聞いていなかった。出立はいつになるのだろうか。
とはいえ、別れを告げずに立ち去るような事は『普通』じゃないよな?
カインにギグに、ジェンズとマエルドのモブ仲間。受付嬢のニーナに、あとはグリード。
ジルーリアとは今日だけの付き合いだが、別れの言葉は必要なのか……? まあ、助けてもらったことになるだろうし、声をかけておくのが礼儀だろう。
「聞いてますか? お風呂で何があったのです? そもそも、なぜレイラと――」
捲し立てるレイラに頬を緩めながら、俺がエリスに対してあんな行動に出たのは、レイラにも原因があるなと実感してしまう。
透き通っていて綺麗なくせに、何も写していないガラス玉の瞳。エリスの瞳は、この世に絶望していた幼いレイラの瞳を思い起こさせた。
というよりも、俺の使用人たちはそんなヤツらばかりだ。俺はつくづくあの瞳が苦手なんだと実感させられる。
「聞いていますか? ご主人様! レイラは、レイラという者がおりながら……!! うぅぅ! なんなのですか、あの女は! なぜ変装などしているのです!!」
当然の如く、素顔がバレているエリスには同情してしまう。この特殊な偽装家族に出会ってしまったのは、アイツの運の悪さゆえだろう。
きっと俺よりも運が悪い。
おそらくだが、幸運【F】だな。
「確かに。不自然ではあったが、それが何か問題あるのか?」
オーウェンの言葉に苦笑する。
あの地味な女に、絶世の美女であるレイラがブチギレているのだから、不思議に思うのも無理はない。
素顔を見てないにしろ、レイラにはエリスの容姿がわかったのだろう。地雷女の嗅覚はなかなか侮れない。
俺が苦笑を継続していると、オーウェンは小首を傾げて口を開く。
「……まあ出自や素性を隠しているのは、クーズベート伯爵に、」
「オーウェン……」
まったく、何を言い出すのかと思えば……。
俺はオーウェンの言葉を遮るように低い声を出した。聞いていて気分がいい話でもないし、俺が産まれた理由に関しては使用人たちにも話している。
「も、申し訳ありません、アルト様」
だからこそ名前を呼ぶだけで意図は伝わる。
しばしの沈黙にレイラも思うところはあったようだ。
「……ご主人様。これからどうするのです? どうなったのです? ……レイラは“お兄ちゃん”の側を離れませんからね?」
ギュッ……
途端にしおらしくなったレイラは俺の服の裾を握った。
よくよく考えれば、細かい打ち合わせはしていない。この《約定の指輪》をしているし、護衛騎士にすらならなくていいのかもしれないし、そう仕向けるように交渉する事も可能だが……、うん。まあ、それはそれで……。
「……レイラ。世界を旅しようか……。ただ飯を食って、豪華な宿に泊まって、色んな国を見て回ろう」
『普通』じゃないかもしれないが、これも悪くない。まだ18だ。隠居を決め込むには早すぎた。
この2年は最高だったが、また違った景色を見るのも悪くない。『「冒険者A」はやはり幸せだった』。この事実がわかっただけで今は充分だ。
不幸中の幸いはエリスも貴族を嫌い、遠ざけているところ。俺としても社交界に顔を出さなくて済むのなら……。
他のパーティーメンバーはこの王国の貴族でもないようだし、万が一バレても、「カーティスト家? はぁ?」くらいで済むはずだ。
ガタッ……
窓を開けて街を見渡す。
子供たちが元気に走り回り、近所の者たちが談笑している風景にニヤリと頬を緩ませる。
終われば、またここに帰ってくればいい……。
ただそれだけの話だ。
「ごしゅっ、お兄ちゃん!!」
ガバッ……!!
レイラは俺に飛びついて来た。
「ふっ、“ごしゅっ”ってなんだよ」
なんて笑いながらレイラの頭を撫でると、
「……ふふっ。お兄ちゃん……!」
レイラは更に俺をギュッとして耳まで赤くなった。
まあ、レイラがいつもセクハラして来なきゃ俺はエリスの色仕掛けにやられていたかもなんて考えれば、ご褒美をあげたくなるものだ。
「たくさんの2人の思い出を作りましょう? つ、つつ、つ、次は“妻”がいいです」
「……ふっ」
「お、思ったんですが、レイラとご主人様はあまり似てないので、あの、その、」
「まぁ、うん。その辺はあとでな」
「うぅっ!! はいっ!!」
真紅の瞳を一瞬で濡らして「ご主人様ぁ」と胸を押し当ててくるレイラ。
俺の苦笑は恐らくバレていないだろう。
……レイラは「エリスと関わるのが面倒だからアクアンガルドから逃げ出す」と思っているのかもしれないが、わざわざ今、説明してやることでもない。
と、言うよりも、
「はわわわわ……」
さてさて、顔面蒼白の“じいちゃん”はどうしたものか。自分に厳しいヤツだから、先程の失言を後悔し倒しているのだろう。2年前のオーウェンなら間違ってもあんな事は口走らなかったしな……。
「あわわわっ……」
ふっ、そこまで気にすることじゃないのに。
ともかく、流石にジジイ連れはエリスも苦い顔をするだろうし、オーウェンまで表に出る事は得策じゃないよな。
「オーウェン。お前は『裏』から俺をサポートしろ。俺は動けなくなるだろうし、諜報は任せるぞ」
「は、はい!! お任せ下さい! アルト様ぁ!」
ジイさんの泣き顔はキツいだけだ、バカ。
さてさて。【黒雷】については秘匿でいいだろう。《無属性魔法》に関しては晒さないとな。行く気がなかったおはいえ、偽りすぎているのも確か……。
レイラにはバレてるみたいだし、言ってもいいのかエリスに確認も必要か。今後の旅を快適に過ごせるように色々と取り決めをしないと……。
コンコンッ……
部屋にノックの音が飛び込んでくる。
ノックの主はわかっている。
それは、レイラもオーウェンも同様だろう。
ガチャッ……
扉を開けた先には笑ってしまいそうなくらいの地味な聖女が立っている。
「なんだ? エリス」
「困ったことになったわ」
「……なにが?」
「……アナタを好きになってしまったみたい」
「……はっ?」
「……? 言葉の通りだけど?」
き、聞き間違いだ。聞き間違いに決まってる。
顔色一つ変わらない。頬の血色も白いまま。
とてもじゃないが、恋情を抱いている女の顔には見えない。うん。聞き間違いだ。そうに決まってる。
「……お、俺の聞き間違いだろ?」
「アルト君? 私、少し優しくされて、頭をポンッと撫でられ、女として見られないだけで恋に堕ちてしまうようなチョロい女だったみたいなの」
「……」
「……何か変かしら?」
「え、いや……。というか、とても“そう”は見えないが? 勘違いか何かじゃないのか?」
「……そう。ふふっ、そうかもしれないわね」
エリスは地味眼鏡で小さく笑い、何事もなかったかのようにトコトコと帰っていく。
「「「……………」」」
呆気に取られて思考停止になるのは2度目。
それも同じ相手に対してだ。
恐らく、レイラとオーウェンにとっても久しぶりの感覚だろう……。
「……お、お、おお、お兄ちゃん? ど、どど、ど、どういう事なのかな……?」
俺は思考を取り戻した。
とてもじゃないが振り返る事はできない。
「お、鬼じゃ……。鬼が出た」
「ふぁ? 死にたいの? オーウェン」
「ひぃい! 許してくれ!」
「ハ、ハハッ! か、勘違いだって。本人もそう納得してただろ? んじゃ、カインたちとお酒でも飲んでくる。オーウェン! レイラを抑えとけよ」
俺は振り返る事なく部屋を後にした。
「ちょ、お兄ちゃん!!」
「ま、待つんじゃ、レイラリーゼ! ぐはっ!!」
オーウェンの悶絶の声を聞きながら、俺は久しぶりに走った。視線誘導が通じないレイラから物理的に置き去りにする他なかった。
だって、可愛い可愛い妹が、鬼になってるのを見たくなかったから。ただ単に面倒だという事はあえて伏せて置こう。
ーーー【あとがき】ーーー
今日はもうガチでギリギリでしたね汗
多少の誤字脱字は流してくれれば幸いです!
コメント本当にありがとうございます!
本当に励みになりましたぁ!!おって、個別に返信致します!
筆が早い方ではないので、今日は見送ろうかとも思いましたが、皆さまの応援のおかげでなんとか更新できました!
とりあえず、風呂入って、頑張る気力があれば執筆頑張ります! よろしくです!
少しでも応援してくだされば幸い!
明日も頑張ります!
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