第11話 〜留まる事を知らない執事〜
◇◇◇【side:オーウェン】
カチャッ……
ドアを開けたワシはドサッとその場に座り込んだ。
(アァアルルゥウウウトォオオ様ぁあああ!!)
ついに来た。
この日を待ち望んでいた。
「……どちら様かしら?」
金髪の三つ編み、分厚い眼鏡。
噂に違わぬ、『地味な聖女』。
(やはりアルト様はこの時を待っておられたのだ!)
この地味聖女との邂逅で、自分が間違っていなかったことを証明された。
このボロ宿は“聖女”の実家。
不自然な改築は聖女の援助によるもの。
少しずつ作業し、巧妙に隠されていたがそれを知ったのはアクアンガルドを訪れてから1年ほど経った頃。
アルト様が知らないはずもない。
徹底的に一般の冒険者を演じられていたのは、この時、この瞬間のため。爪を隠し続け、聖女に自分の方が優位だと錯覚させるための根回し……。
さて、懐に入り、何を為すのか……。
ゾクゾクゾクッ!!
いやはや……、背筋が凍る……。
このお方はやはり人智を超えておられるのだ。
口髭を一つ撫でて、ニコッと笑顔を作る。
「アルト……、レイラリーゼ……? この娘さんは誰かの? ワシの知らぬ間に恋人ができておったのか?」
「……死にたい?」
「これこれ、レイラリーゼ、お客さんの前で何て格好をしておるのじゃ。早く服を着なさい」
「オー……おじいちゃんは黙ってて! お兄ちゃんはレイラのなの! 邪魔……しないで!」
「まったく。反抗期かのぉ〜……。すみませんな。えっと、ワシはアルトとレイラリーゼの祖父じゃ。お名前を聞いても良いかの?」
もちろん、名前は知っている。
“エリス・ミレイズ”。聖属性魔法を操り、死人すら蘇生させることのできるスキル【治癒天使(ラファエル)】の聖女。
知られたくないであろう過去すらも調べられるだけ調べている。
「お邪魔しております。エリスと申します」
「そうか、そうか。エリスさんじゃな。アルトとはどこで知り合った、」
「オー、んんっ!」
「じいちゃん! やめてくれ! そんなんじゃ無いから!!」
肌着1枚のレイラリーゼの口を塞ぎ、アルト様は苦笑を貼り付ける。
なるほど。「現状を察しろ」と……?
確かに、いささか変な雰囲気だ。
レイラリーゼは、ほぼ素に近い。
レイラリーゼの視線は間違っても祖父に向けるものではない。「邪魔したら殺す」とばかりの殺気は聖女にも向けられている。
しかし、アルト様に引き寄せられて高揚していると言った具合か……。
アルト様に関しても違和感がある。
万が一にも、交渉で遅れをとるような事はないと思うが、この聖女、かなりの手だれ……? いや、変装はお粗末なもの……。粗悪な衣服で隠していても、身体のバランスが不自然だ。……地味なのは間違いないのだが……。
アルト様はレイラリーゼに「落ち着け、レイラ」と後頭部を抱き寄せ、「ううっ」と泣き始めたレイラリーゼの頭を撫でながら、
「すまんな、エリス。見ての通りだ……」
苦笑を浮かべた。
おぉ……。久しぶりに見ました!
素晴らしい!! “完璧な苦笑”でございます、アルト様!
声をかけられた聖女はクイッと分厚い眼鏡を掛け直し、アルト様、レイラリーゼ、そしてワシとそれぞれに視線を送る。
「……アルト君。他にご家族はいるのかしら?」
「いや、両親と祖母は他界している」
「……そう。少し2人で話せるかしら?」
「……ああ。それがいい」
チラリとワシに視線を送るアルト様。その視線を誤魔化すようにレイラリーゼに声をかける。
「レイラ。少し出てくるから、良い子にして待っててくれ」
「……いやだ。お兄ちゃんといる」
「大丈夫。帰ってくるから」
「いやだ。絶対にいや……」
この問答は時間稼ぎ……?
つまり、ワシは今やるべき事が……ある。
なんだ? アルト様は何を望んでおられる?
――オーウェン。貿易している他国を調査しろ。
この地を訪れてからの情報以外にはない。
“聖女”に照準を合わせているとわかってからは勇者パーティーについて調べれるだけ調べている。
不自然さを消すために直接の聞き込みは避けたが、有益なものも多い。
「レイラ。離してくれ」
「うぅう……お兄ちゃん……」
レイラリーゼの駄々すら利用する。
アルト様の行動に意味のない事はない。
「えっと、レイラさん? 少しだけでいいの。15分でここに戻らせるわ」
聖女も2人の問答に集中している。
残されている時間は限られている。
何を、どのように、どうやって……。この聖女にバレないように伝えるには……?
「フォッ、フォッ……まったくレイラリーゼはアルトが大好きじゃからのぉ。ほら、恋人同士を邪魔しちゃいかんぞ、レイラリーゼ」
自然にアルト様に近寄り、手に持っていた杖を聖女から見えない位置に……。
「うるさい。早く死んで、おじいちゃん」
「まったく、誰に似たんじゃ! ほれ! お兄ちゃんが困っておるじゃろう?」
アルト様にワシの杖を立てかけ、レイラリーゼに手を伸ばす。これだけで意図は伝わる……はず。
アルト様は「はぁー……」と深く息を吐きながらレイラリーゼで手元を隠し、仕込み杖の蓋を開け、アルト様が作られた魔石型の魔道具を取り出す。
「レイラ……いい加減にしろ。俺はエリスと少し話があるんだ」
少し低めの声にレイラリーゼはピクッと肩を震わせ、ポロポロと泣きながらアルト様から離れる。
「……いやだよ、お兄ちゃん」
「大丈夫だ。わかってる。ふっ、美人が台無しだぞ?」
ポンッ……
アルト様がレイラリーゼの頭を撫でると、言葉にレイラリーゼはみるみる顔を赤らめて、「……15分だけだから」と聖女に殺気を飛ばした。
「ええ。わかったわ……。安心して? 目つきの悪い人って好きじゃないの」
「……“裏の顔がある人は信用できない”」
「…………そう」
「レイラ……、気がおかしくなってアナタを殺しちゃうかも」
「あら、怖いわ。守ってね? アルト君……」
「ふふっ。聖女様、面白い!! ……それって、今、死にたいってこと?」
レイラリーゼは非の打ち所のない微笑。
聖女は分厚い眼鏡で無表情……いや、クスッと笑い、席を立った。
(な、何を考えているのだ、レイラリーゼ! 知らぬフリをすればアルト様に有益なものを……!! いや、なにかがおかしい……? 一体、何があった?!)
ワシは心の中で眉をひそめながらもニッコリと笑顔を作り、「ほれ、今のうちじゃぞ?」とアルト様に行動を促した。
「ああ……」
アルト様は小さく呟き聖女のあとを追う。
その横顔は仄かに微笑んでおられる。
(とんだご無礼を……。アナタ様が遅れをとるなどありえませんでしたね……)
何がどう転んでもアルト様なら最善を手にする。ずっと傍で見て来たのだ。それだけは間違いない。
……ついに始まるのだ。
アルト様の覇道が……!!
我が主(あるじ)が表舞台に立たれる時がッ!!
ワシは部屋を出て行く2人の後ろ姿を見つめながら、感動に震えていた。
「オーウェン。気持ち悪いから」
そそくさと食事の準備を始めたレイラリーゼの言葉に、自分が泣いていると教えられた。
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