第12話 “護衛騎士”……やってやるよ
◇◇◇◇◇
――ボロ宿「オアシス」
部屋を出て前を歩くエリスは、チラリと俺に視線を配り、足を止めることなく口を開いた。
「アナタたちは恋人なのかしら?」
「まさか。兄弟だ」
「……愛し合っているように見えたわ」
「特別である事は否定しない」
「……変態ね」
「ふっ……レイラは捨て子だったらしくてな。血は繋がっていないらしい……。小さい頃から俺にベッタリで、この歳になっても兄離れが出来てないんだ」
「妹離れもできてないようだけど?」
俺はエリスの質問に答えることなく、ポケットに忍ばせている「文章記憶」の魔石型の魔道具に魔力を込めた。
ポワァッ……
この魔道具は俺が製作したもので、《秘匿》の魔法を組み込んである。俺とオーウェンの魔力でしか開示されないし、浮かび上がった情報を視認される事もない特別仕様だ。
俺の目の前に浮かび上がるのはアクアンガルドと貿易をしている他大陸の国の情報。何に困窮し、何に余裕があるのか。世界情勢の立ち位置から繋がれそうな貴族のリストまで様々な情報が出てくる。
そして……、『聖女「エリス・ミレイズ」と勇者パーティーの出自に関して』の情報も……。
(って……、知ってたなら俺に伝えろ! 報告、連絡、相談はマストだろ! 事前に準備するな! 準備しすぎるんだから!!)
ある程度は先ほどのエリスとの会話で把握している。この街出身である事も休暇中である事もわかっている。気になったのは世界各国から集められた勇者パーティーについてだ。
俺には無縁とタカを括っていたが、まさかこんな形で交わるとは誰も思わない。
エリスが素顔を隠す理由に勇者たちが含まれるのか、どんな旅をしているのか。最低限でもこれくらいは頭に入れておきたかったんだが……、
『“ミザリー”に賢者「ランディー」の調査のため帝国に向かわせ、“ グレン”に出自不明である剣聖「ムサシ」を。勇者は北の小国の第三王子「アーサー」。こちらは“ヒューズ”に。以下、調査報告ですが―――』
なんか“元使用人”たち、めっちゃ稼働してない!? やっぱ、“こう”なってるのかよ!!
……って、今は聖女に関してだ!!
俺は聖女に関する情報を探すが、勇者たちに関する情報過多……というより、「アルト様に早くお会いしたい」「早く会いたいよぉ、アル君」「アル坊は元気か」etc...、元使用人たちがうるさい!!
ほ、ほとんど、俺への手紙じゃないか!
お前たちが、えげつないくらい出世しているのはわかった! 文面から褒めて欲しいオーラ出すな、バカ!
オーウェンもまとめておけよ!
何、ちょっと同僚に優しさ見せてんだ、クソッ!
俺が心の中で嘆きに嘆いていると、
クルッ……
エリスは唐突に振り返り、クイッと分厚い眼鏡をずらした。吸い込まれそうな紺碧な瞳はジィーッと俺を観察する。
最後にチラリと見えた情報には、
『12歳の頃、クーズベート伯爵に強姦されそうになり聖属性の魔法を顕現』
重すぎる過去を知ってしまうだけに終わった。
「コソコソと何をしているのかしら?」
「ん? 俺はお前について行ってるだけだが?」
「ポケットの中にあるものを出して?」
「……はっ?」
「自覚がないのね。アナタ、他の人とは魔力の出方が不自然なの」
「どういう事だ?」
「スゥーッと頭頂部から漏れ出てる。普通の人は全身を覆うように出ているのに『変』よ?」
「……《結界》か?」
「いいえ、《聖眼(ホーリーアイズ)》。私は魔力を可視化できるの」
「……」
「おかしな事をもう2、3個話そうかしら?」
「……レイラとじいちゃんか」
「……ええ。みんな、『変』よ? アナタが教えたんでしょ?」
「……」
「沈黙は肯定と取るわ。……で? 本当は何者なの? ステータスも、何もかも……。アナタ、本当に変なところばかりだわ」
俺はエリスを甘く見ていた。
コイツは一筋縄にはいかないらしい。
俺はポケットから手を出して、魔石型の魔道具を出した。
「じいちゃんが魔道具技師だったんだ……。コレもその一個。“会話を記録する魔道具”だ。……コレで冤罪の証拠をと思ってな」
「……そう」
俺は平然と嘘を吐いた。
あいにく、俺は『俺』のためにしか動かない。どんな過去を背負っていようが、俺には関係がない。
(《聖眼》なんてふざけた手札を晒したのはお前の失言だ……)
そう頭ではわかっている。
ただ、一つだけ許せない。
……“強姦”は俺が産まれた理由にして……、俺が最も嫌悪するものだという事だ。
カチャッ……
「ここは私の部屋よ。誰も来ないわ。この宿は私の実家……。母も留守なようだし、父は居ない……。さあ、“これから”について話しましょうか?」
エリスは眼鏡を掛け直し、無表情で小首を傾げる。
「……」
「あと13分よ? 時間は少ないわ」
「容易に部屋にあげるのはどうかと思うんだが?」
「……ふふっ、容易ではないでしょう?」
「……え、いや……はっ?」
「初対面を忘れた? 私、裸だったのだけど?」
「……」
「護衛が誰でも良いわけじゃないわ。あの時、あの瞬間……、アナタが理性を保てないようであれば、アナタは死んでいたわ」
「そうか……」
「私……。人を殺した事があるの」
エリスは無表情でポツリと呟いた。
まあ、それもビン底眼鏡で顔色なんてわかったものじゃないが……。つい先程の「初めての笑顔」なんて見る影もない。
カンッ……
俺は“会話を記録する魔道具”を床に投げ捨て、ガンッと勢いよく踏みつけた。
パラパラッ……
粉々になった魔道具を床に擦り潰すように踏みつけ、更に粉砕したが、エリスの表情は相変わらず眼鏡に隠れている。
「……奇遇だな。俺も悪人を殺すのは何とも思わない」
「……そう」
エリスは小さく呟き、部屋に入る。
“同情”……?
まあ、同情心がないわけじゃない。
ただ単に“強姦魔”が大嫌いなだけ……。
エリスが殺さなくとも、俺が殺すさ……。
俺のためにならずとも、どうしても許せない事ってのはあるものなんだ。わざわざ偽った魔道具を壊した。今後、いくらでも使えそうな交渉材料を自ら壊した。
理にかなっていない。
合理的では絶対にない。
でも、これを利用する事はできない。
扉を開けたまま、エリスは待っていた。
俺が部屋に入るのをただ、黙って待っている。
「“護衛騎士”……。やってやるよ」
「……えっ?」
俺の言葉に、エリスはポカンと口を開ける。
ズルッと眼鏡が落ちれば、驚いたように見開かれている紺碧の瞳と目が合う。
「……」
「……」
長い長い沈黙を破るのは俺だろう。
「極東では……、“類は友を呼ぶ”という言葉があるそうだ」
「……」
「似た者同士は自然と集まり分かりあう……。駆け引きは終わりだ。仲良くしよう。あの様子だと、レイラは連れて行く事になるかもしれんがな」
「……!!」
「ふっ、俺も嘘で武装するのがクセでな」
「……そう」
じんわりと潤んでいく紺碧の瞳に、なんとも言えない心境に陥る。
いつも、“こう”だ。
頭で考えるよりも先に、口にしてしまった言葉に後悔する。感情的になって、理性が飛んで……。思わず、思ってないような事を口にしてしまう。
それが結局、1番、相手に響く……。
――アルは母さんのようになっちゃダメだからね?
なんだか、困ったように、照れたように、笑う母さんを思い出した。
俺の体には間違いなく母さんの「お人よし」の血も流れていると実感してしまい、「ふっ……」と苦笑した。
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