第3話 辺境都市「アクアンガルド」




     ◇◇◇◇◇



 ――辺境都市「アクアンガルド」



「……ここがアクアンガルド」



 街には水路が走り、石畳と煉瓦調の家屋が目立つ街並みは想像以上に美しい。


 中央には巨大な噴水。

 それを取り囲むように屋台が乱立している。


 俺の調べでは、海に接しているので多大陸からの物資が多く、食材が豊富で飯が美味い。


 巨大な迷宮(ダンジョン)があるので冒険者の聖地と呼ばれており、山脈に隔絶されている立地の中、自主性を重んじるガルド侯爵家が統治している。


 ちなみに、メインストリートの最奥には、映像投影の魔道具を利用した巨大スクリーンがあり、Aランク以上の冒険者パーティーのダンジョン攻略が見せ物として成り立っているらしいが、これは俺とは無縁のものになるはずだ。



 兎にも角にも……、



(……た、たまらん!!)



 美しい街並みを無意味に歩き周り、街を眺めては唇を噛み締めて感動に酔いしれる。


 一生をここで終える。

 これぞ、俺が求める最上。

 もうこの土地に骨を埋める覚悟しかない!



(さて……、まずは冒険者ギルドだな)



 俺は新たな決意と共に足を進める。

 というのも、サイフがないし、剣もない。


 【黒雷】は封印する予定だし、『普通』を目指すのであれば視線誘導(ミスディレクション)で適当に流すのがメインとなる。


 一応は“剣士”志望だ。


 レイラのスキル【錬金術】で、粗悪な剣を作らせてはいたが、手元に無ければ意味がない。服装は裏で暗躍していた時の村人風。装備もどこにでもいる底辺冒険者に見えるものを用意した。



 だが、簡易鎧も忘れた。


 「不自然に高級そうな籠手を装備した村人」


 多分、周囲の人間にはそう写っている。


 つまりは、完璧にぬかった。


 自由を前にテンションが上がった。“アイツら”に気づかれる前に出立する必要があった。もう毒親の顔を見なくて済む開放感に包まれた。


 うん。忘れ物の言い訳はいくらでも浮かぶが、身の回りの世話は全てレイラに任せていたのが大きな理由の一つだろう。


 俺は家事ができない。

 出来ないのは掃除、洗濯、料理くらいだと思っていたが、出かける準備すらまともに出来ていなかったという事だ。


 だが、後悔なんてしないさ。

 これから習得していけばいい。


 これは俺が望んだ事だ。泊まる宿の確保も出来ていないが、それもまた一興。この状況すら楽しむ……、とか言いつつ、



「金はいるな……」



 ぶっちゃけ、金がない事には不安を抱いている。アクアンガルドまでの七日間の道のりでの野営は、俺の求める『普通』とはかけ離れていた。



 【黒雷】頼みの狩りと『無属性魔法』の結界。


 魔法スキルでもないのに、魔法を使える者はかなり珍しく「天賦の才がある」で片付けられる。


 属性魔法はスキルがないと難しいが、魔力があれば無属性魔法はできる。世の中にはそれにも気づかないバカが蔓延っているってわけだ。


 まあ、それがこの世界の当たり前だし、わざわざ魔法陣を研究しようなんてヤツは少ないのかもしれない。


 魔法を使えるヤツらも“何となく”で使っているだけなのだろうし……、って、そんな事はどうでもよくて……。


 俺は「普通」とはかけ離れている事は承知していても、「誰も見てないし」という大義名分の元、快適な旅を送った。


 途中、盗賊に絡まれたが、一瞬で駆逐し寝床を奪ってやったし、討伐難度[S+]の鎧飛竜(アーマードワイバーン)という魔物を討伐したのも、今ではいい思い出だ。


 盗賊に関しては、死人に口なし……。どうせいない方がいい奴らだし、ほっといてもいい事はない。


 そう考えると盗賊や魔物は楽だ。


 屠っても何の罪悪感もない。

 アイツらの正義は弱肉強食……。弱者を食い物にするなら、強者に狩られる覚悟もしているはずなのだ。

 

 俺は、「『普通』を目指すのはアクアンガルドに到着してから」なんて謎ルールを作るくらいには自分に甘い。


 だが、盗賊を壊滅させても、弱者から巻き上げた財を奪う事はしない。難度が高い魔物を討伐しても、いきなりギルドに持ち込んで金を作るような事はしない。


 だって真っ当なお金で気兼ねなく飯を食いたいだろ? いきなり魔物を持ち込んで目立ちすぎたら貴族やクズ共が湧くだろ?


 『冒険者A』を目指すなら、俺はちゃんと冒険者Aを目指す。「あれ? 俺なんかやっちまったか?」なんて自分の無知で目立つような事はない。


 さすがに、自分の命の危機を感じれば“やる”が、それもできれば「裏」から。誰にもバレないようにしたいと考えている。



「……ふぅ」



 俺は一際大きな建物を前に小さく息を吐く。


 

 【冒険者ギルド アクアンガルド支部】



 まずはギルドで冒険者登録を済ませる必要がある。


 ネックとなるのは、魔力総量や恩恵(スキル)、さらには潜在能力である「筋力」「敏捷」「防御力」「体力」「幸運」「魔力」などをS〜Fのランクで判別する“悪魔の装置”……改ざん困難な「鑑定用魔道具」だ。


 というのも、カーティスト家にいた頃、秘密裏に調べた俺のステータスは常軌を逸していた。



 ▽▽▽▽▽▽


 恩恵:【黒雷】


 筋力:SS

 敏捷:SS

 防御力:A

 体力:S

 幸運:E

 魔力:SSS

 総合:S


 △△△△△△



 どんだけ不幸なんだよ……なんて苦笑もしたが、この事実が明るみになるのは許されない。最上が「S」とされる中、これは絶対に『普通』ではないのだから。


 幼い頃から魔力を自覚し、魔法陣を研究する過程で毎日使い切っていたおかげなのか、魔力総量はぶっ飛んでいたらしい……。


 無属性魔法であり、魔法の基礎とも呼べる《身体強化》で野山を駆け回っていた身体は、どうやら普通とはかけ離れたものに育ったようだ。



 兎にも角にも……、何事も初めが肝心だ。


 ファーストコンタクトで全てが決まる。

 ここで目立てば全てが終わる。


 巷では、ベテラン冒険者に絡まれるなんて事もあるらしいが、俺は目立たない事に関しては自信がある。


 そんなものは絡まれる前に対処すればいい。


 大丈夫……。大丈夫だ。

 この時のために策を練っておいただろう?



 トクン、トクン、トクン……


 

「ハハッ……」



 手にはじんわり汗が滲む。

 鼓動をいつもより強く感じる。

 正直、思った以上に緊張している。


 ……だがまあ……うん。『普通』だ。

 きっと田舎から出て冒険者を目指すヤツは、みんなこんな心持ちのはずなんだ。




 カランカランッ……



「あそこでお前が前衛の仕事を――」

「支援職を募集してるんだが――」

「ふざけんな! 山分けって決めてた――」



 扉を開けた瞬間に熱気が頬をなでる。

 視線誘導(ミスディレクション)なんて使わなくとも、一瞥されて、すぐに視線を逸らされる。



 というよりも、


「おい、ジル!! 舐めてんじゃねぇぞ、コラ!」

「……うるさいんだよ、ハゲ。僕に絡んできてるのは君だろう?」



「おう、やれやれ!」

「賭けるぞ! “グッさん”に2000J(ジュエル)!」

「俺は“ジル”に3000だ!」

「ウチもジルに3000!!」


 何やら、揉め始めた男たちに夢中だ。


(うん。悪くない……)

 

 俺はグルリと周囲を見渡し、周囲と同化する。

 唯一、俺を見つけてニヤリと笑ったモヒカンの視線だけ外し、縫うように受付へと向かう。



「ぼ、冒険者登録をしたいんですが……?」



 美人の受付嬢をチラチラと横目に見ながら、前髪が長くてメガネをかけている根暗そうな受付嬢に声をかける。


 初めての登録に緊張しながらも、横にいる美人な受付嬢には声をかけられない田舎者……うん。我ながら“ナイス普通”だ。



「はい、担当のニーナです。こちらに必要事項をお書き下さい」



 手渡された用紙に名前と年齢。希望の職業、魔法の有無などを淡々と書き、「お願いします」と手渡してから、辺りをキョロキョロと見渡す。



「アルト・ルソーさん。16歳、剣士……。前衛職ですね。魔法は無し、出身は“ルルリャ村”。小さな山村ですか」


「はい。出稼ぎで……」


 という、設定だ。

 アクアンガルドに遠すぎず近すぎない村。

 ほとんどの者がキコリになるという田舎のはずだが、受付嬢が知っているのは誤算だ。


 ……割と冒険者になる者も多いのか?

 それとも単純に、この受付嬢の知識が豊富なのか。


 前髪とメガネで目元が隠れてて感情が見えんが、ルルリャ村出身者がいるなら厄介だ。


 さっさと済ませたいんだが、仕方ないか。


「……あんな田舎なのに知っているんですね?」


「え? ああ。わたし、地図が好きなんです。アクアンガルド周辺の地理は暗記していますよ? 確か、ルルリャ村は山村ですよね? 林業が盛んな地形ですし、魔物の被害が出ないよう大木に家屋を建て、吊り橋で移動するのでは?と睨んでいます」


「ええ、その通りです! 調べたりしたんですか? 俺と同郷の人から聞いたとか? いるなら、俺も会ってみたいなぁ〜!」


「あっ、いえ。地図を眺めて色々妄想するのが好きなので、そうではないかなと……。すみません。わたし、少し変わってるんで……」


「えっ……いやいや! すごい才能だと思います! 色々教えて欲しいくらいです」


「……え、き、気持ち悪くないですか?」


「とんでもない! 俺も地図好きですよ? 平面の紙の中に無限の可能性があるって思います。本当に木しかない村なんで、俺も地図を見て色々と妄想して、」


 ガタッ!!


 ニーナはパーッとブラウンの瞳を輝かせて立ち上がると、有無を言わさずガシッと俺の手を掴んだ。


「ア、アルトさん! わかりますか!? 地図とは、すなわち、夢なのです! 遠く離れた場所であっても、環境や土地を調べる事でその景色を想像できる宝なんです!! わたしはいつか世界地図を手に入れる! 何をしてでも、いくら払っても、身体を売ってでも! ア、アクアンガルドに目をつけたのもいい選択です! ここは王国の南端だとしても、世界の中心! ここが世界の最先端なのです!!」


「……え、あっ。は、はぁ、そうですか……」


 俺のドン引きに、ニーナはじわじわと顔を真っ赤にしてからそそくさと手続きに戻った。


 周囲のヤツらはケンカに夢中だからよかったものの、コイツはなかなかの地雷だったようだ。


 俺は、なかなかに運が悪い。

 【幸運:E】も納得できる。


 というより、人を見る目がない。

 こういう、厄介なヤツをいつも引いてしまう。


 端的に言えば、このニーナ……かなりの美人だ。横の受付嬢なんて比べ物にならないくらいに……。


 前髪を切ってメガネを外せば、命をかけて「未完の地図」と呼ばれる世界地図の制作に挑むヤツも後を絶たないだろうに……。



 ――ご主人様、レイラとずっと一緒にいて下さい。



 ゾクゾクッ……



 あの『普通』とはかけ離れた専属メイドを思い出し、思わず背筋が凍ってしまう。



「し、失礼しました。そんなことより剣を持っていないようですが?」


「……」


「アルトさん?」


「え、あ、はい?」


「剣士志望とのことですが、剣は?」


 ニーナは先程とは打って変わって笑顔だ。伏せていたはずの顔もあげて、ちゃんと俺と視線を合わせてくる。


 まるで同志を見つけたとでも言いたげなキラッキラの瞳は先程までとは別人だ。



(はぁ……、今度は俺が視線を外す番のようだな……って……、ん? はぁあっ!?)



 俺は全身からブワッと汗が吹き出た。



「あっ、ニーナさん。装備とか揃えてまた来ます」


「えっ? アルトさん? 先に登録だけでも、」


「す、すみません。また後で……!!」



 俺は受付から離れ、気配を消した。



「クソォオ! もっと頑張れよ、グッさん!」

「ハハハハッ! 今日の酒代が浮いたぜ!」

「おい、お前ら! また明日もケンカしろよ!」

「明日は俺もジルに賭けるぜ!」



 どうやら、ケンカの勝敗がついたらしい冒険者ギルド。


 チラリと真ん中に視線を向けると、頭にキズのあるスキンヘッドの大男は伸びており、鎧を着ている女顔のイケメンは鼻から血を流して立っている。



 問題はそんな事ではなく、その鼻血を垂らしたイケメンの奥の奥。俺が計画を投げ出し、避難した理由が立っている。




「……なっ、なにしてんだよ、“お前ら”……」



 フードで全身を隠した女と初老の男の姿が目に入ったのだ。俺がいくら気配を消そうと、“最大の地雷”はいつも簡単に俺を見つけてしまう。



 パチッ……。ゾクゾクッ!!



 視線が交り、パーッと弾ける笑顔で真紅の瞳を輝かせた女と、必死にキョロキョロと辺りを見回しているジイさん……。



「……か、勘弁してくれ……」



 俺は即座に視線誘導(ミスディレクション)を使用した。見間違いなどではなく、俺の『元専属メイド』と『元右腕』が、この場にいたからだ。

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