第2話 〜残された者たち〜
◆◆◆◆◆
「クソッ!! 次から次へと! あの無能のクズめ! 本っ当に余計な事を!」
訓練場の爆破にカーティスト家の現当主“フェールズ・エン・カーティスト”は声を荒げた。
もう没落が決定したような状況下。
少しでも屋敷の価値を残しておきたいという本音を隠そうともしていない。亡くなったであろう息子よりも自分のこれからの事しか考えない言葉に、黙っている事が出来なくなった者が1人。
「アルト様はこの状況を打破するべく、スキルの操作をものにしようと考えたのでは?」
カーティスト伯爵家、執事長のオーウェンである。
彼はアルトの自作自演を知ってもなお擁護した。この発言はアルトの考えを言語化することで、この場に残った者たちに“答え”を与える。
本当の主(あるじ)であるアルトの行動の意味を考え補佐する。事実、アルトの“筋書き”は使用人の長であるオーウェンの言葉で完成に至った。
「……アルト様はそこまでカーティスト家の事を……。それなのに……こんな結果になってしまわれるなんて……」
補完するように、涙を浮かべたメイド長“サーシャ”が口にすれば、その場に居合わせた者たちが押し黙る。
『“何もできない”が、努力は惜しまない』
使用人たちの共通認識を刺激し、これを“不運な事故”として決定づけた。
もちろん、メイド長サーシャもアルトの使用人である。この発言は、カーティスト家が没落することで他の場所で奉公するであろう使用人たちに対する「宣伝」である。
『アルト・エン・カーティストは強力なスキル【黒雷】を授かったが、操る事ができずに事故死した』
という結果をアルトが求めていると判断したサーシャは、即座にそれを広めてくれる存在を確保したのだ。
サーシャはチラリとオーウェンに目配せをして「もうこの場にいる必要はない」と行動を促すが、オーウェンは1人の男から視線を外さなかった。
「そもそも、あんなゴミを迎え入れるべきじゃなかったのだ、クソッ。闇ギルドの連中はどう動く? 亡命しようにも資金がなければ、どうしようもないではないかっ……」
爪を噛みながらブツブツと独り言を呟き、自分の身を案じ続けているフェールズだ。
フェールズとしては、この王国で成り上がる事は不可能である事はもうわかっていた。屋敷を「闇ギルド」に売り払い、他国へと逃れようとしていたフェールズにとって、訓練場の爆破は大きな足枷となる。
【黒雷】と呼ばれる強力なスキルを操らせるために、莫大な資金をかけた訓練場。
複数の特殊結界と自動修復の魔道具を使用した屋敷の目玉であり、それを目当てで闇ギルドは屋敷の購入に至ったことも承知していた。
「チィッ……!!」
フェールズは粉々にくだかれている魔道具を見つけて大きな舌打ちをする。
「無駄に強力なスキルを得よって……。我が家の疫病神めが……」
亡くなった息子に対する悲しみなど微塵もない。
これまでの悪行を後悔する事も微塵もない。
莫大な投資をしてもなお、力を使いこなせなかった無能。家の存亡をかけた状況でヘマをして勝手に死んだ疫病神。
「恩を仇で返しよって……!!」
フェールズは「貴族にしてやったのに」と歯軋りをして、アルトへの憎悪を募らせた。
フェールズの言葉にピクリと反応するのは、13人の使用人たち。アルトに忠誠を誓い、心から“フェールズたち”を嫌悪する13人の猛者たちだ。
「“旦那様”。……して、これからはどうなさるのでしょうか?」
やはり口を開いたのは執事長であるオーウェン。
アルトより、使用人たちを取りまとめる役を任された元王宮の暗部。その副隊長を勤めていた経歴を持つ、スキル【高利貸し】の元諜報員である。
「なんだ、貴様!! 執事風情が私に意見をするな!!」
「……【黒雷】は強力なスキルです。おそらく、アルト様は力を使いこなすことで、カーティスト家の価値を高め、婚姻することで他の有力貴族からの後ろ盾を得られると、」
「黙れと言ったのだ!!」
ドカッ!
激昂するフェールズはオーウェンの頬を殴ったが、オーウェンは瞬き一つする事なく拳を受け止めた。ツゥーッと口元から血を流してもなお、フェールズを見つめる目に動揺はない。
「なっ、なんだその目は!? 私を誰だと思っている!? クソがッ!! どいつもこいつも私を苛立たせる!」
ドスッ、ドスッドスッドスッ!
狼狽えたフェールズは数発の拳を振るったが、オーウェンは直立不動で全ての拳を受け止める。
「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんだ? なんなのだ、その反抗的な目はぁあ!!!! 《剛拳》!!」
ついにはスキルを発動させたフェールズに、オーウェンは冷めた目を向け続ける。
なぜなら、オーウェンの心中は穏やかではなかった。
(アルト様、アルト様、アルト様、アルト様、アルト様、アルト様、アルト様、アルト様!! なぜ、私を置いていったのですかぁああ!!)
フェールズに絡んだのは、頭に虫が湧いているこの男に「我が主人」の演出を理解しろ!というのが一点。もう一点はシンプルに八つ当たりできるクソ虫がいたからにすぎなかった。
ドスッ!!
オーウェンの頬に衝撃が走る。
スキルでの攻撃を受けてもなお、オーウェンは直立不動でフェールズを見つめる。
「アルト様が亡くなられたのですよ?」
「……き、貴様、なぜ」
「アルト様は必死に旦那様の期待に応えようとしたのです……」
「ご、《剛拳》!!」
ドスッ!
「その結果、命を落としてしまわれた」
「《剛拳》! 《剛拳》! 《剛拳》!」
ドスッ、ドスッ、ドスッ!!
「何も思われないのですか?」
「う、うるさい!! 《剛、」
「《利息解放(ダメージカウンター)》」
ブォンッ!!
オーウェンはフェールズの顔の横に拳を突き出し、
ズガガガガッ!!
蓄積されていたダメージを可視化させ、フェールズの背後にある屋敷を半壊させた。
ドサッと尻もちをつき、失禁したフェールズに顔を寄せたオーウェンは血に塗れた口でつぶやいた。
「旦那様。お世話になりました」
フェールズがビクッと身体を震わせた事を確認し、“残しておいたアルトの自室”へと歩いていく。
「わたくしもお暇させて頂きますわ」
サーシャがすぐに後を追うと、
「あっ、俺も辞めさしてもらいやすわ」
カーティスト家の私兵団、団長“ヴァルカン”もヒラヒラと手を振りながら辞職を宣言した。
「え、じゃあ、俺も辞めます」
「私も……」
「あたしも辞めさせて頂きます」
その場に残された使用人たちは1人、また1人と辞職を申し出て、その場を離れる。
「な、なんなのだ、おい、待て!! クソォオ!! とまれ! 止まれと言っている!!」
フェールズはゾロゾロと去って行く使用人たちに声を荒げたが、腰が抜けて立ち上がる事すらできない。
そして、フェールズの命令に立ち止まる者はいない。奴隷として扱われてきた使用人の“心の支え”を侮辱した結果である。
ーーいつもありがとうございます。
ーー父様や義母様がいつもすみません。
感謝と謝罪をしていたのはアルトだった。
いかに「旦那様」や「奥様」に奴隷のように扱われても、カーティスト家に仕えていたのはアルトの存在が大きかった。
「妾(めかけ)の子供」
「スキルで成り上がった子供」
それは周知であり、初めこそ妬みの対象であった。
しかし、いつまで経っても使いこなせないスキルを必死で習得しようとする「可哀想な妾の子」と認識を改めた。
その後も偉ぶるわけでもなく使用人1人、1人の名前を覚え、誠意を持って接してくれるアルトの存在が、劣悪な労働環境にあるオアシスだった。
『いつかはスキルを使いこなし、アルト様がカーティスト家を導いて下さる』
そう考えるまで時間はかからない。
浅慮で常識もない長男など社交界で生きていけるはずがないと、昔から見限っていたのも要因の一つ……。
そんな使用人たちに待っていたのは、“アルトの死”。
そして、“完璧な仕事”をしていた執事長とメイド長が去り、私兵団をまとめ上げていた団長までもが見切りをつけた。
アルトに忠誠を誓った13人以外……、カーティスト家の使用人にとっても、この場に留まる理由は皆無であったのだ。
「なぜ、なぜ私がこんな目に遭わなくてはならない!! 私は、……私の! 私の交渉術と力で伯爵位に!!」
使用人を奴隷商に売り飛ばすことで財源を確保しようとも考えていたフェールズは頭を抱えて項垂れた。
スタッ……
そんなフェールズの視界にメイドの靴が入る。
ハッと視線をあげたフェールズは、その見目麗しい1人のメイドに絶句した。
「……? お、まえ、は、誰だ……!?」
存在を認知していないメイド服の美女が目の前に立っていたのだから、絶句するのも当然だ。
メイドは白銀の長い髪を靡かせながら業火のように燃え上がる真紅の瞳でフェールズを見下ろすと、ニコッと美しく微笑んだ。
「レイラの“ご主人様”に対する罵詈雑言。“シエル様”への悪逆非道……。万死に値します、“旦那様”……。《再構築(リビルド)》……」
メイドがつぶやいた瞬間に、彼女の手に巻かれている3連のブレスレットに魔法陣が浮かぶ。すぐさま、グニャッと揺れたかと思えば、切先鋭いレイピアへと姿を変えた。
「……なっ、はっ」
グザッ!!
眉を顰めたフェールズの脳天を貫いたレイピアと「あっ。申し訳ありません」と戯けた声が重なる。
レイピアの血をブンッと払い、「《解除》」と呟きブレスレットに戻したメイドは、ゆっくりとスローモーションで倒れ込んでいるフェールズに向かって綺麗にお辞儀をした。
「申し遅れておりました。わたくし、アルト様の専属メイド、レイラリーゼ・ラスティンと申します」
ドサッ……
フェールズが倒れることで辺りに血溜まりを作るが、レイラはスッキリとした表情でその横を闊歩する。
最古参のアルトの忠臣。
「ひどいです。ご主人様……。レイラを置いて行かれるなんて……」
ぷっくりと頬を膨らませ、口を尖らせた銀髪の美女は、とてもじゃないがつい先程人を殺したばかりには見えなかった。
※※※※※
アルトの自室に集まった13人の使用人。
アルトの机の上には13枚の封筒……。
各々が自分の名前が書かれた手紙を読み、さまざまな反応を見せる。
眉を顰める者、小首を傾げる者、泣き出す者。
手紙には各々の長所と短所。
それらを踏まえた再就職先が書き記してあった。
これは、アルトが裏の人脈を駆使し、すでに話がまとまっているものばかりであるのだが、全員が読み終えたのを確認したオーウェンはゆっくりと口を開いた。
「……私共は今一度アルト様に試されている」
ギュッと目頭を押さえて堪えようとはしたが、それは叶わずこぼれ落ちる。
「うっ……うぅ……!! アルト様が動かれたのだ。各々、“指定された場所”で成り上がり、『再集結』の時を待て!!」
盛大な勘違いをしたオーウェン。
オーウェンの感涙と共に発せられた言葉に、“アルトの使用人たち”は身震いした。
『やっと主(あるじ)が本気を出す決意を!』
かくして、優秀にして曲者揃いの13人の使用人たちは、この決別を『行動開始の合図だ』と認識してしまった。
もちろん、アルトは知らない。
(いけませんよ、ご主人様……。レイラからは逃げられません!)
1人のヤンデレと、
(私は“どこでもやっていけるから自由にしろ”と……? ハハッ、アルト様……あなた様の横以外に、私の場所はありませんよ!)
勘違いを拗らせまくった初老の執事が、自分の後を追ってくるだなんて考えてもいなかった。
なぜなら、その頃のアルトは……、
「「「ヒャッハー!!」」」
「《黒雷槍》《無限葬送》……」
バチバチバチッ……ッ!!
30人規模の盗賊団を皆殺しにし、その屍の上で黒い雷を纏っていた頃だったから……。
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