偽りの“冒険者A”、『地味な聖女』に脅される〜元使用人たちが俺のために暗躍してる件〜

〜プロローグ〜

第1話 「アホくさ」




   ◇◇◇◇◇



 ーーカーティスト伯爵邸



「なんて事をしてくれたのだ! なぜ、こんな事になったのだ!!」


 父はそう叫びながら腹違いの兄の頬に拳を打ちつけた。


「クソ、我が家の恥晒しめ……!!」

「うぅ、うう、なんで、なんで……」

「くっ……も、申し訳ありません、父上」


 クズだ、クソだと軽蔑している父が激昂し、愚かだ、下衆だと嫌悪している義母が咽び泣き、脳内お花畑である腹違いの兄は身体を震わせ始めた。


 三者三様にいつかやらかすとは思っていたが、まさかここまでバカだとは夢にも思っていなかった。


 太陽が鳴りを潜めたばかりの父の書斎の中、俺は誰にも気づかれないように小さくため息を吐く。




「なぜ、なぜだ、なぜだ、なぜだ!! クソォッ!!」


 ドゴッ、ドスッ、ガゴッ……!!



 父は馬乗りになって兄を殴り続け、義母はシクシクと泣くばかり。兄も殴られながら情けなく悲鳴をあげているし、もうカオスだ。




「……アホくさ」




 俺は現状に呆れすぎている。

 一応はこの場にいるが、俺は所詮、“妾(めかけ)の子”だ。


 強力なスキルを授かった事で、このカーティスト伯爵家の次男として迎え入れられたが、常に兄を立て、義母の機嫌を探り、父に“失望されるように”振る舞ってきた。


 そんな俺にとって、この伯爵家の一大事など本当にどうでもいい事なのだ。そもそも、自業自得という言葉がピッタリすぎて笑ってしまうのを我慢しているくらいだ。



「私が必死で手に入れた財も地位も栄誉もっ! 貴様のせいで全て失うのだぞ!!」


「うっ、くっ!! も、申し訳ありません、父上!!」


「フィロー公爵令嬢に婚約破棄だと?! 頭が湧いているのか、貴様!!」


「わ、私は……! “ハンナ嬢”は公爵家の力を使い悪虐の限りを、」


「関係あるか!! そんなもの!! フィロー家を敵に回して、我が家が生き残れると思っているのか!!」



 ドガッ!!



 締めの一発を放った父は、血まみれの拳のまま乱れた髪を掻き上げ、義母は兄に駆け寄り「うああぁあ」と号泣する。



(バカばっかだな……)


 もう一言に尽きる。


 腹違いの兄が公爵令嬢に婚約破棄をした。伯爵家であるカーティスト家が、公爵家であるフィロー家を敵に回したのだ。


 爵位の優劣すら理解できていなかった兄の言い訳はこうだ。「身分の低い者を差別する」だとか、「愛されていないし、愛せるとも思えない」だとか、さぞご立派だが、もうアホとしか言いようのない理由で婚約破棄をした。



 俺としては父の怒りは理解できる。



 公爵家との婚約を取り付けるまでに、“どれだけの苦労があったのか?”を考えれば、兄は婚約者の靴を舐めてでも結婚を実現させるべきだった。



「ふぅ、ふぅ、ふぅ」



 父の呼吸は荒く、目は血走っている。


 この婚約破棄をきっかけに数々の汚職、隠蔽していた領民たちへの圧政、競争相手であった伯爵家を貶めるための悪巧みが明るみになったのだ。


 そりゃ目つきもギンギンになるだろう。

 手塩にかけて育て、将来は自分の跡を継がせようと思っていた愛息子をボコボコに殴りつけたりもするだろう。



 再度、思う。


 兄は、両親が『どれだけの悪事に手を染めたのか?』を考えるべきだった。



「どうすれば……どうすればよかったのだ!?」




 ついには涙を浮かべて膝をついた父を見つめてほくそ笑むが、ギリギリで「呆れ」が勝っている。


 “どうすれば?”……か。

 俺を敵に回さなければよかった。

 俺の実母を見殺しにしなければよかった。


 お前は俺に関わらなければよかった。


 いや、そもそも……、強姦まがいの性交渉で俺を作らなければよかった……。


 ただそれだけでよかった。

 それなのに……、ひどく滑稽だ。


 ちなみに、俺は傍観を決め込んでいる。


 これだけ激昂しているのに、一切八つ当たりが来ないのは、俺が3人に視線誘導(ミスディレクション)を使用しているから。


 相手の視線を正確に観察し、死角に入ったり、他のものに誘導したりしている。


 とりわけ、俺の後ろにはディエイラ王国の旗が壁に貼り付けられているので、誘導先には苦労はしない。


 俺は“目立たない事”に関しては、なかなかの技能を持っていると言えるだろう。


 人間、12歳になると女神より授かる『恩恵(スキル)』だけが全てではない。努力や環境次第でどうとでもできる事も少なからずある。



「とにかく、この屋敷を売却して金を……。この無能共を捨てる……。私1人ならば、また東国で成り上がる事も可能のはず……帝国さえ敵にしなければ……」



 自分が無能である事を理解できていない父の姿を冷笑しつつも、血のつながりを感じて憂鬱になる。


 この状況で利己主義を隠そうともしないとは。



(……ふっ、唯一の救いはお前ほど、バカではないって事くらいか?)


 

 俺も自己中心的だが、『駒』はもっと上手く使う。


 圧政なんて愚策は使わない。

 悪巧みするなら、相手も道連れになるように手を打つし、汚職するなら目を瞑らせるくらいの利益を提示する。


 それを、「裏」からやる。

 賢く生きたいのなら間違っても「表」に出てはいけない。


 俺はこれまで、秘密裏に領民たちの生活を楽にしてやって来た。……そりゃそうだ。俺の衣食住は領民たちからの血税で賄っており、領民がいなければ俺が食いっぱぐれる。


 無茶苦茶な圧政を敷き続けることで、領民たちに逃げ出されたり、反乱されたりしたら俺が困るのだ。


 “領民を楽にする”と言っても、もちろん、両親にバレて、利益を吸い取られる事は許さない。全ては俺が食いっぱぐれないためだけの措置なのだから。




 結局、俺の主語もどこまで行っても「俺」だ。




 でも、このクソ親父よりはマシな思考ができるのが唯一の救い……。

 


 まあ、とは言え……。


 これはなるべくして起こった喜劇だ。


 俺が汚職や悪巧みを暴露した。

 いや、正確には“俺の手の者”がこのタイミングで暴露した。これは復讐なんて大層なものではなく、俺はただ“コイツら”の末路を楽しみにしていた。



 クソがクソらしく惨めに野垂れ死ぬのを楽しみにしていたのだ。



 だが、なかなかどうして……、想像の範疇を超えてこないものだ。


 結局、クソが主演なら駄作は必定。


 あぁ。アホくさい。

 あぁ。つまらない。

 あぁ。もう、本当に……、



「馬鹿馬鹿しい……」



 もうこの場所にいる必要はないと判断した俺は、いそいそと頭を切り替える。


 ここまで付き合った俺も俺だ。

 俺もたいがい無能の血を引いている。

 随分と無駄な時間を過ごしてしまった。


 ……正直、もうこの伯爵家が潰れる事は逃れようがない。『俺個人』の人脈を使えば存続させる事はできるが、あらゆるところに莫大な貸しを作る事になる。


 この状況は、もう“裏から”どうこうできる物じゃない。かと言って、俺が表舞台に出るなどあり得ない。


 だって、もう駄作はお腹いっぱいだ。

 なんでここからまた、他人(領民)のために汗水垂らして頑張らなきゃならん? 1人の方がよっぽど効率的だし合理的だ。


 俺がここに留まったのは末路を見るため……この吐き気しかしない喜劇のためでしかないのだから……。


 我ながら、なかなかのクズだ。


 だが、それももう終わりで構わんだろう。

 正直、この状況は願ってもない事だしな。



『ようやく貴族を辞められる』



 この“3バカ”はいつかやらかすと思っていたし、『その後』の段取りも想定済みだ。領民たちも、やっとまともな領主に出会えるだろう。



 うん。憂いはない。

 ……よし。行くか。



 音を立てずに父の書斎を後にして自室へと向かいながら、緩んでしまう頬を抑えられずに口元を手で覆う。


 『もういい』と頭を切り替えた途端にこれだ。今まで、本当になにをしていたんだか……。“逃亡”がこんなにも刺激的だとは思わなかった。


 もう俺を縛るものは何もない。

 煩わしいもの全てからの“解放”だ。


 このドロドロの社交界から。

 この道化を演じ続ける生活から。

 この他人を気遣い続ける日々から。

 


「……俺は自由だ」 



 思わず呟いてみたりしてしまう。

 心臓がドクドクと高鳴っているんだ。


 正直、ワクワクして来ている。


 なんのしがらみのない生活が始まる。

 のんびり、ダラダラ、『普通』の幸せを謳歌できる。



 やっと俺は、“自分のためだけ”に生きられる。



「《黒雷装(コクライソウ)》」



 バチバチッ……



 「コントロール出来ない」と偽っているスキルを発動させる。


 俺が女神より授かった恩恵(スキル)【黒雷】。それを身に纏い、身体を強化して猛スピードで廊下を駆ける。


 バタンッと自室に入り、準備しておいたボロボロのカバンを手に取る。


 特注で製作させたゴム性の籠手を装着して準備は満タン。


 

 窓を開け、ふわりと飛び降りる。



(《黒雷鳥(コクライチョウ)》……)



 黒い雷でできた巨大な鳥を創造し、その鉤爪を掴み、屋敷の最上部へと降り立つ。



「さてさて……」



『お家の窮地を救うべく、必死に【黒雷】のコントロールを訓練していたアルト・エン・カーティストは爆死しました』


 筋書きはコレで充分だろう。


 没落したカーティスト伯爵家。その“出来損ないの次男”である俺の生死など、誰も興味がない。



 俺はスッと屋敷の敷地内にある訓練場に手をかざす。




「《堕黒雷(フォールン)》……」

 


 ピキッ、ズギャンッ!!



 消し飛んだ訓練場に、使用人たちが飛び出してくる。「今のうちだな」と頬を緩め、《黒雷鳥》の鉤爪を掴み飛び去ろうとした瞬間に、複数人とバチバチバチッと目が合う。



 オーウェン、サーシャ、グレン、ミザリー、カッシュ、ヴァルカン、ロイア、ヒューズ、カリス、ウェルズ、マリュー、ハイル……そして、レイラ。



 “俺の使用人たち”だ。


 訓練場が爆破して慌てふためいている“カーティスト家の使用人”とは訳が違う。


 主(あるじ)である俺に口答えなど当たり前。

 「忠誠なんて誓うな!」と命じても、少しも言う事を聞かない頑固者ばかり。


 怠惰で自己中心的な俺を盲信しているイタイ奴らだ。


 “裏で動くために”、かなりコキ使って来たが、コイツらを連れて行くわけにはいかない。


 もう俺に『力』は必要ない。

 「裏から何かする」必要はもうないんだ。


 心配することはない。

 コイツらへの再就職先も用意している。

 お前たちも自由を謳歌すべきだ。


 

「悪いな……お前たち……」


 

 一言残し、バサッと南へと飛び立つ。


 目指すは辺境都市「アクアンガルド」。

 ダンジョンと海と貿易の街。



「俺は今日から、ただの“アルト・ルソー”だ」



 「ルソー」は殺された母の姓。

 父と義母に見殺しにされた愚かな実母の姓。犯され、孕まされ、憎悪の産物である俺をあんなにも大切に育ててくれたバカな母親の姓。


 待ち望んだ「喜劇」は吐き気がするほど駄作だった。俺が過ごした時間はほとんどが無駄だった。



「じゃあな、“カーティスト”……!」



 《黒雷鳥》を操作し、雲の上への抜けて身を隠す。きっと、“仕上げ”はレイラがやってしまうだろう。



 パァアー……!!



 雲を抜ければ、満点の星空が待っていた。

 美しい景色に頬を緩めて南へと向かう。


 俺は今日から『冒険者A』を目指す。


 二度と貴族にはならない。

 必要最低限の生活を慎ましく送る。

 『平穏』という幸せを手に入れるんだ。


 【黒雷】を授かる前のような日々を。

 貧乏で、何も無かったが、母と過ごしていた頃のように何でもない幸せを……。何のしがらみもない『自由』を手に入れるんだ。






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