第7章 光のカフェに星が降るとき
約束の午後3時。高石先生が車椅子を押してくれている。目的地は談笑室。...そう、麻子姉ちゃんがぼくのためにお見まいに来てくれるんだ!
「セイタくん、麻子さん来るの楽しみ?」
「...うん!と〜っても楽しみ!」
「ねえセイタくん、麻子さんってどんな人なの?」
「うーん、なんて言おっかな。麻子姉ちゃんはね――」
姉ちゃんのところでよく飲んだ、角砂糖入りのコーヒーのこととか、おばさんって呼んだらデコピンされた話とか、麻子姉ちゃんのいろんな話を先生に聞いてもらった。先生はいつものようにニコニコしながら話を聞いてくれたけど、今日は特にニコニコしていた。
「――へぇ、麻子さんってそんなにすごい人だったんだね。お会いするのが楽しみになってきちゃった。…ほら、着いた。談笑室。…お?もういらっしゃるかな?」
先生の視線の先にいたのは、紫と黒のワンピースを着た、少しカールした茶髪の女の人。...そう、麻子姉ちゃんだった。
「久しぶり!元気してた?...まあ、ここにいるってことは元気じゃないかぁ。ほら。せっかくの談笑タイムなんだから、いっぱいお話しましょ!」
「...うん!」
再開の喜びでむねがいっぱいになってしまって、上手く言葉が出なかった。...でも、姉ちゃんもぼくも先生も、いっぱい話して、いっぱい笑った。ちょびっとカフェが恋しくなるけど、麻子姉ちゃんの元気な顔が見られただけで、ぼくはうれしかった。
「...そうだ、元気になったらまたおいでよ。セイちゃんの好きな不思議な置物、たっくさんあるよ。私、おとといくらいに骨董品屋さんに行って買ってきたの。例えば――これとか!」
麻子姉ちゃんがぼくに差し出したのは...ランプ?
「...なにこれ。ランプ?...でもランプにしてはヒビ入りすぎだよね?壊れてないの?」
「んー、これ?ヒビに見えるでしょー。お日様の光に透かしてみると...ほら!」
「...わぁ...」
青いガラスからもれる光が、星空みたいにキラキラまたたいていた。...こんなランプ、今まで見たことない!
「これもカフェに置いとくからね。たくさんの置物が待ってるよ〜」
そういえば、元気だったころのぼくは、麻子姉ちゃんのところを訪ねてはコーヒーを飲み、1個小さな不思議なものを持ち帰ってきた。自分だけのナイショの宝箱に、それをつめこむことが大好きだった。大好きだった...のに。不思議な、置物...それも全部捨てられた大切なもの...ヒビの入った...うっ、だめ...だ。思い出しちゃだめだ...。だめなのに...!!
「――セイタ。何なのこの気色悪いゴミ。…うわぁ、変な色。吐き気がするわ。一体誰から貰ってきたのよ!コレ!!…何か言いなさいよ!あり得ない!嘘つき!!恥晒し!!母さんはこんな悪い子に育てた覚えはありません!!…早く泣き止みなさい!!セイタ!!はぁ、何回口で言えばわかるのかしら。こんな…こんな人聞きの悪い子なんて、産まなきゃ良かった…!!!!」
「―――こんな時間までどこ行ってたんだ!?...図書館?嘘つくな!お前が俺たちに内緒でクソなカフェに散々邪魔しに行ってるの、分かってるんだからな!?...コーヒーも飲めねえガキが...。何しやがる!?医者になるための勉強はどうした?嘘つきめ。期待はずれの分際で...勝手に動いてんじゃねえよ!!!」
「――こんな子なんて...いらない...殺してやる!!死ね、死ね、死ね!!!!期待通りに動くことさえ出来ねえノロマなグズなんて、死んじまえ!!!!」
「――さあ、どっちがいい?グーで殴るかパーで殴るか。包丁でもいいのよ?...そうだ、父さん母さんの自慢の息子になるまでは、セイタは外に出ちゃダメ。もちろん、学校にも行っちゃダメよ。お友達と遊ぶのも、あのバカなカフェに行くのも禁止。いいわね?...心配しないで。もう学校には言ってあるから。...ほら、早く鉛筆を動かしなさい。早く!終わるまで母さんが見ててあげるから、ほら。早く。私たちの自慢の息子に、なれるわよね?...ね?」
「...やめて、やめて...ごめん、なさい...ごめんなさい...許して...」
「セイちゃん!?」
――もう、思い出したくなかった。思い出さないようにしてた、ぼくの日常。...どなられ、けられ、ぶたれ。まるでぼくが人間じゃないみたいだった。...どうやらぼくは、父さんと母さんの操り人形だったらしいんだ。あぁ、もう、どうしよう。ぼくが分からない。ぼくは、ぼくは、ぼくは...!!
「セイちゃん!!」
ぼくの、点滴が刺さった右手を、麻子姉ちゃんはがっしり掴んだ。...なんで?
「セイちゃん...大丈夫、私がついてる。私は絶対、そんなことしない!!」
...信じて、いいのかな。
「実はね姉ちゃん...ぼくは、あと2年も経たずに死んじゃうんだ。あと何杯姉ちゃんのコーヒーを飲めるかも分からない。もしかしたら五本の指で数えられちゃうかもしれない。...本当は、お医者さんになりたかった。お医者さんになるために、今まで何十、何百時間じゃ足りないくらい、毎日毎日勉強してた。病室にいる時でさえ、たくさん本を読んで、先生からもたくさん話を聞いた。...ぼくの命の恩人たちを、大人になっても支えてあげたかったんだ。でも、このままじゃいけないね。ぼくがお医者さんになることなんて、できないんだ。」
麻子姉ちゃんが静かに首を横に振る。でも、ぼくはみんなにこの事を伝えたいんだ。...伝えなくっちゃ。
「ぼくはもしかしたらお医者さんにはなれないかもしれないけど...新しい夢ができたんだ。もしかしたらお医者さんよりも、ずっと現実味がないかもしれないけど...。」
息を深く吸って、心を落ち着かせる。自分の気持ちを伝えるのも、もう怖くはない。大丈夫。きっと大丈夫。
「ぼくね、流星群を見てみたい。ペルセウス座流星群。...高石先生が貸してくれた本に載ってたの。調べてみたら、もう言葉にできないくらいきれいで、はかなくって...。ぼくが死ぬ前に、1度でもこの光景を見てみたいんだ。...これが、ぼくの人生最後のワガママ。」
「――っていう話なんだ。ぼく、ペルセウス座流星群を見たい。...それまで、ずっと生きてるから!みんなで見たいから!」
セイタくんの最後のワガママを、みんなは微笑みながら了承した。
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