第4章 カフェと憧れた夢追い人
2023年 7月30日、カフェコメットにて
「リリアちゃん、陽菜ちゃん、お皿洗っといて!」
「イエッサー!」
「はぁい...」
今日もヘンテコな麻子さん。リリアと呼ばれたウェイトレスだって気持ち悪くみえる。あ、いつもか。
「ちょっと陽菜、そこのプレート傷つきやすいから、このスポンジで洗うんデスよ!」
そういってリリアさんが差し出したのは、またもや変なスポンジ。これでほんとにスポンジとしての役割を果たしているのか?と不安になる形をしている。仕方なく、洗剤を泡立てて皿を持った。
カランコローン、と入口のチャイムが鳴る。スポンジと皿を急いで置いて、いらっしゃいませを言うために入口に向かうと、なんだか見覚えのあるアイツが1人で立っていた。
「ごめんくださーい。麻子さーん?私です。向坂結菜です。」
麻子さんは陸上選手みたいなフォームで店内を突っ走ったあと、入口まで猛突進した。そしてその勢いで、私の姉をキツく抱きしめた!
「結菜ちゃ〜ん!!!久しぶりじゃん!...どう?勉強はどんな感じ?」
「あぁ、まあまあ。...それより麻子さん、私ラテが飲みたい。キャラメル追加で。」
「いつものね?あいよ〜。すぐ持ってくるからね〜。」
あたかも自分が常連客かのように振舞っている姉を見るのは少し気が引けたが、"受験勉強"という拷問から、少し開放されたような顔を見れて、少し安堵した部分もある。
「うーん、甘くて美味しい〜!キャラメルうまうま〜!...麻子さん、今日もラテ最高だよ!」
「そうか〜!それは光栄だよ。」
ケラケラ笑う2人を横目に見ながら、私はリリアさんと皿を洗い続けている。姉さん、ココの常連だったんだ...。妹のくせに、これだけは知らなかった。でも次の瞬間、姉さんが少ししょげていたのが見えた。やっぱり、エスパー疑惑がある麻子さんにはこれもお見通しだった。
「結菜ちゃん。勉強大変でしょ。なんか悩みあったらすぐ言ってね。...その反応、図星だなぁ?」
...図星だった。姉さんは苦笑いしながら麻子さんにスマホを見せた。画面には超有名大学のホームページが映っている。
「...実は陽菜にもまだ言えてないんだけど...。私、医学部を受験するの。憧れの医者になるために。医者になってたくさんの人の心と身体の支えになりたい。内科でも外科でも、小児科でも。誰かの心と身体に寄り添ってあげられるなら、どこでもいいけど。...でも、私...」
姉さんが麻子さんの前で声を震わせる。その間も、麻子さんの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「...人の死が苦手なの。いのちの終わりなんて考えたくもない。...医者なんて、人の死なんて山ほど目にすると思うんだよ。私は正直、偏差値も目標に届いてるし、知識もたくさん身につけたと思う。...それでも、やっぱり死は怖い。自分のもそうだけど、他人が死ぬ姿なんて見たくもないんだ。」
姉さんがすっと自分のラテの方に目を向ける。あんなに熱々だったラテは、もうとっくに冷めきって冷たくなってしまっていた。
「...ごめん、空気重くしちゃったね。大丈夫!私が克服すればいいだけの話だから。重い系のドラマとかいっぱい見てみるね。...うわぁ、相変わらずヘンテコ。小物、増えた?」
「そう!結菜ちゃんがいない間に、いつものとこで大量に買っちゃった☆」
「あー、あの骨董品店?めっちゃヘンテコなの売ってるよね〜。麻子さんの好みどストライクなやつ。」
いつもの骨董品店だとか言われても、私はよく分からない。...姉さんはほんとにココが好きなんだ。
「そうそう。よく分かってるじゃない。」
「常連なんだからあったりまえよ〜。あ、そうだ。もうすぐ塾に行かなくちゃだから帰るね。絶対また来る!」
「はいはーい。ありがとね〜。」
姉さんは麻子さんに大きく手を振りながら、足早に店を出た。それと同時に皿洗いが終わった。...人もいないし、麻子さんと少し話してこよう。
「ねえ、麻子さん。」
「なに?コーヒーでも淹れようか?」
「あぁ、うん。お願い。」
バロック調の音楽がかかるだけの、閑散な空間の中で、私は麻子さんに話しかけた。
「...姉さんも言ってたよね。ヘンテコだって。前々からずーっと思ってたけど、なんでココはこんなにヘンテコなの?」
麻子さんはコーヒー豆を選別する手を止め、"そんなこと聞かれたことないよ"と言わんばかりに顔を強ばらせた。
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