第2章 彗星のカフェには常識など通じない

「...ねえ、陽菜。」

「何?」

「...なんでそんなに不機嫌なの?さっきまでバカみたいに話してたのに。何?ココに行きたいって言ったの、陽菜じゃん。」

...不機嫌なわけじゃない。ただ失望してるだけだ。普通のカフェだと思って入ったのに、なんでこんな、危ない薬をやったような世界に迷い込んでしまったんだろう。嘘つきめ。

「変だよ。蒼こそ、なんでこんか変な場所に慣れて、変な人に慣れて...正直、気持ち悪いと思ってる。私はただあの映えそうなパンケーキを食べたかっただけなのに!なんでこんな思いしなくちゃいけないの?」

「そんなの、知らないよ。」

「知らない...は?ココ、なんかおかしいと思わない?」

「いいや?私は"へ〜、不思議なとこだな、興味湧いてきちゃったな〜"くらいに思ってるけど。」

どうしたらそんな発想になるの!?こんな禍々しい、見てるだけで酔いそうなココを、そんな軽々しく表されるとは思わなかった。


「まぁ、確かに蒼の言う通り、ココはよく言えば不思議なとこだけどね...はぁ〜あ、最悪。ただでさえバイトに全落ちして、ボロボロJKがさらにボロボロになってるっていうのに...」

「――バイト!?今、バイトって言いましたネ!!??」

2つコーヒーカップを載せたお盆を持った、さっきのウェイトレスがこちらに駆け寄ってくる。本人には言えないけどちょっと暑苦しい。ウェイトレスはどこからか紙を持ってきて、バンッ!!と私の前に置く。

「ちょうどいい!!ココ、カフェコメット、実はバイト大大大募集中なんデスよ!!」

「...はぁ!?」

意味不明な展開すぎて言葉が出てこなくなった。バイトの勧誘はもちろん嬉しい。むしろ今なら大歓迎だ。...だけど、よりによってなんでココ?

「陽菜!!やったじゃん!!頑張って〜」

「あ、蒼まで...んもう...」

時々蒼のそのノリの良さに恐怖を覚える瞬間がある。まさに今だ。


「アナタ、さっきのリアクション最高デシたし、もしかしたら店長が喜ぶタイプの人かもしれまセンね。...そうだ!店長に合わせてみまショウか?」

「え...そんな、簡単に会えるもんなんですか...」

「店長はフットサルデスから。」

フットサル...???この金髪ポニーテールの外国人はマジで何を言っているの?明らかに日本語を喋っているはずなのに、どこかズレてる...。私が見た限りでは、このカフェにはそんな人ばっかりだ。今までずっと雲行きが怪しかったのに、もっと怪しくなってきた。

「フットサル...あっ、フッ軽!フッ軽でしょ、フッ軽。フットワークが軽い人。」

「...そう!そうデス!そう言おうとしまシタ!!アナタ、もしかして天才?」

「あ、あざっす...」

ただ思ったことを言っただけなのに天才だとは。...このカフェ、まさか訳あり...?


「...ってことで、お食事済ませたら店長に会わせてあげマスね!はい、こちら"星屑とブラックホール"。当店のコーヒー人気NO.1デスよ。」

...思っていたよりも普通のコーヒーだった。普通のブラックホールに、普通の角砂糖が3つ添えられている。なんだ。ただ雰囲気が禍々しいだけで、出される料理は普通じゃんか...って、はぁ!?

「ねえ、蒼、このカップ...」

「うわぁ!!これヒビ入ってる!!危ないんじゃないんすか!?」

「割れたカップは"新しい形が生まれる可能性"っていうスピリチュアルな意味があるって、店長から聞きまシタよ。あ、ちゃんとレジンで保護してあるので、唇切りまセン。心配しないで下サイ。」

...薄々気づいてはいたけど、ココ、日本の常識は絶対に当てにならない。割れた食器で食事をするなんて、絶対にありえない。そもそもこの目が回りそうな装飾、日本中を巡ってもそうそうないし。...興味は出てきたかもしれないけど、やっぱり変だ。そんでもって少し気持ち悪い。...それがココなんだ。


「...じゃあ陽菜、私飲んでみるわ。私が飲んで、美味しかったら陽菜も飲んでみてよ。」

そう言って蒼は、ブラックのままのコーヒーを口に運んだ。

「にっっっっが!!!え、苦っ。」

眉をピクピク動かして苦しそうな蒼を、ウェイトレスが微笑みながら見ている。

「苦いデスよね。...そこの角砂糖を入れてみて下サイ。」

蒼は添えられてあった角砂糖をカップに投げ入れる。すると――

「うわぁ!...え、な、なにこれ!?」

「え、蒼大丈夫!?なんか変なものでも入れた?」

蒼が目を見開いたまま、無心でスマホで写真を撮っている。...おかしいところがあるなら言えばいいのに。

「なにこれ、きれー...」

恐る恐る蒼のカップの中を覗き込んでみると、そこには信じられない現象が起こっていた。


「...そうなんデス。"星屑とブラックホール"。その名の通りデショ。」

...コーヒーの闇の中に、角砂糖が溶けていく。解れた粒子が流れ星のようにひときわ輝いている。そしてしばらくすると、光が吸い込まれたかのように、フッと消える...だから、これは"星屑とブラックホール"...。

「うわぁ、すげー、これ。...よし、角砂糖2個も入れたし、甘くなったっしょ。」

「...え、2個で甘くなるの?」

コーヒーが苦手すぎて、飲んだことがないから分からない。

「んじゃあ、飲むわ。」

蒼はコーヒーをちびちび飲んだ。


「...うっっま!!!陽菜!飲んでよコレ。角砂糖入れたらほんとに美味しい。マジで!保証する!1回飲んでみてよ!」

蒼からの強い押しにボロ負けした私は、角砂糖を一気に2つ入れて、くるくる混ぜる。...ほんとだ、砂糖が光ってる。自分の顔がハッキリ映るほど真っ黒なコーヒーは、思っていたよりブラックホールだった。砂糖の光さえ吸い込む...少し興味が出てきた。

「...わ、おい、しい。」

「デショ〜!...ここだけの話、角砂糖に店長お手製の特別なエキスを仕込んであって、苦さを軽減しうまみを増加させてるらしいデスよ!」

やっぱりあの店長か。...やっぱり興味が湧いてきたかもしれない。


「お待たせシマシタ、こちらパンケ――」

「あの、店長に会わせて下さい!」

...言葉に出してしまった。こんな店の店長の正体を、何としてでも掴みたかったんだ。

「お〜?陽菜も気になってきた〜?」

「...あ、もうデス?...もちろんデスよ!さあ、アソコの扉からデス!」

私が急展開のキーパーソンになってしまったところで、午後6時を告げる鳩時計が鳴いた。


ウェイトレスに連れられて出た先には、想像よりもごく普通の女性が座っていた。魔女みたいな風貌のおばさんだと思ってたのに。

「...あぁ、こんにちは。キミがバイトに落ちた?」

「はい。向坂陽菜ですけど。――あなたは、一体...?」

「私?水瀬麻子みなせまこだよ。この店の店長やってるの。バイトなら大歓迎よ!入る?」

「いや、入りま――」

「よし!じゃあシフト決めよっか。来月は結構忙しくなるから、たくさん入ってくれると嬉しいんだけど...リリアちゃんもいるしいっか。あ、ホームページとか見るといいよ。バイト応募方法とか書いてあるからさ。んまあ、もう受かったようなもんだけどね。私の推薦なんだから、胸張っていいわよ!」

...入らないって言ったはずなのに。流石に展開が読めない!


これからなんやかんやあって、なぜかココにバイトすることになった。気持ち悪さに耐えて。理由はただ1つ――金だ。

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