20.退屈な日々
―暇かもしれない
私は公爵邸に来て早々休む日が続いた。もうかれこれ2日ほど暇を持て余している。
「エマ」
エマに声をかけると返事がなく、今はただ部屋を空けているようだった。
―もしかしたら少しだけなら出歩いてもいいかも
私は恐る恐るベッドから降りると何とも言えない開放感を感じた。
―本当にかすり傷なのに大袈裟だわ
仰々しく足に巻かれた包帯を見てため息をつく。みんな心配しすぎだと思いながら私は部屋の中を少し歩いた。当たり前かもしれないが公爵邸はとても立派だ。アンリゼット家も侯爵の地位だが、こんなに良い調度品は見たことがなかった。
部屋を散策しながらそっと部屋の扉を見た。
―もしかしたら今は部屋の外にも出られるかも
期待を込めて扉を開けると警備兵と目があってしまった。警備兵は驚いたように少しだけ目を丸くしていたがすぐに私に話しかけてきた。
「アリス様、如何なさいましたか?」
「いえ、少し外の空気を吸いたくて」
「しかし、1週間は絶対安静だと伺っております。それは私達も許可は出来ません。」
「…そうですよね」
「何か必要なものがあれば我々か侍女にお申し付け下さい」
「ええ、ありがとう」
私は笑顔で扉を閉めると何とも言えない感情になった。とても退屈だ。それに話に尾ひれがついて絶対安静ということになっている。話相手にエマはいるが、私の世話をするために色々と働いているため話せる時間も限られている。
この2日、出来る暇つぶしはいくつか試した。
刺繍に香に読書に最後には窓を眺めるなど色んなものを試したが結果的にはあまり暇を潰すことは出来なかった。
―それに公爵様ともあれ以来お話ししていない
私は色んな感情を抱きながら何とも贅沢な退屈の時間を過ごしていた。そう思っているとエマが部屋に帰ってきた。
「お嬢様!また勝手に動いて!それに先ほど聞きましたが部屋の外に出ようとしたというのは本当ですか!」
「…エマ、落ち着いて」
「落ち着いていられますか?お嬢様はご自身の立場が分かっていないようですので、あと5日間は侍女長として厳しく行動を制限致します!」
「そんな!」
「当たり前です。とにかく絶対安静です!」
エマは私の返答を聞く暇もなく言い切るとお茶の準備を始めた。それから時間が経ち、辺りは暗くなり夜になった頃だった。部屋の扉を叩く音がした。
エマが迎えると公爵邸の執事長を務めているノーマンの姿がそこにあった。
「アリス様、夜分遅くに失礼いたします。実はお渡ししたいものがありまして」
エマは少し身構えていたが私はエマに「大丈夫」と視線を送っていた。
「執事のノーマン様でしたか?渡したいものとは?」
「様をつけられる程の者ではありません。是非、アリス様もノーマンとお呼び下さい。」
「それではノーマン、渡したいものとは?送り主は何方からですか?」
私の問いかけにノーマンは淡々と答えた。
「実は旦那様から贈り物を預かっております。本来であれば旦那様からお渡しすれば良いのではと思いましたが…失礼しました。とにかくこちらは列記とした旦那様からの物です。」
途中にノーマンが小声で何か言っていたが私は公爵様が贈り物をして下さったという事実に少しだけ胸が動いた。
「私がこちらを開けてもよいですか?」
エマは少し心配そうな顔をしていたが私は贈り物の包に手をかけていた。包装紙を解くと意外なものがそこにあった。
「これは」
「その、旦那様が少しでも暇つぶしになればとアリス様に選んだ物です。お気に召されたでしょうか?」
「…少し意外でしたけど、こういう類の本は読んだことがなくて興味があったの。公爵様にお礼を伝えてくれますか?」
「ええ、勿論でございます。それでは私はこちらで」
恭しくノーマンはお辞儀をすると部屋を後にした。様子を見ていたエマは何だか面白そうにこちらを見ていた。
「アリス様にロマンス小説を送るとは意外でした。それに巷ではとても人気なものです!」
「そうなの?」
「ええ、密かに令嬢に人気なんです。それにこれは…確か、いえ公爵様からの贈り物なのですからお嬢様が読んで知るべきですね!」
何か含んだ意味合いのエマを横目に私は暇つぶしが出来たことに喜んでいた。それに公爵様が気を使ってくれたことに自分という存在に気をかけてくれているのが何だか嬉しかった。
聖女ではないと婚約破棄されたのに年上公爵様に溺愛されました ナギノサキ @naginosaki
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