12.出会い

 風が全身を打ち付けている。一歩間違えば私も転落して地面に追突してしまうだろう。私は恐る恐る一歩ずつ御者台へ向かった。


 風の威力が強くて足に力をかけていなければすぐにでも振り落とされそうだ。依然として馬は前に向かって速度をあげている。近くで見ると冷静さを欠いて、暴れるように猛進している。


「あと、もう少しで」


 私は祈るように呟くと御者台の手すりに手をかけた。私は少し息を飲むと持てるだけの力を振り絞り身体を上に持ち上げた。身体は風の威力で流されそうになったが必死の力で持ちこたえ、御者台へと座った。手綱はまだ手が届く位置にあるが離れている。


 私は振り落とされないように必死に手を伸ばした。駄目だ。もう一度手を伸ばす。本当に僅かな差で掴むことができなかった。額には汗が滲んだ。私がやらなくてはまた同じことになってしまう。


 自分の気持ちを奮わせながらまた手を必死に伸ばした。


「掴めた!」


 私は手綱を握ると馬達を宥めた。あまりに強く引っ張れば馬達は更に興奮してしまう。私は落ち着かせるように声をかけた。


「大丈夫、落ち着いて。」


馬達は私の言葉を聞いたからか少しだけ速度が緩やかになった。私は引き続き、馬達が安心できるように声をかけた。次第に速度は少しずつ緩まり、心の余裕が出来たその時だった。


 一頭の馬が激しく止まり前足を高く上げた。つられて片方の馬も止まると荒げた泣き声を上げた。刹那的に最悪の状況を予想してしまう。


―まさか馬に毒を仕込まれた?


 私が侍女に大声をあげようとしたその時だった。


 一瞬の閃光が視界に入る。その瞬間に私の目の前は先ほどとはまるでちがう景色になっていた。


「氷?」


 まだ季節柄は暖かい気候だというのに私は寒気を感じて震えた。目の前には凍った馬と馬車を支えるように覆われた氷の景色が広がっていた。


「大丈夫か?」


 遠くで低く太い声が聞こえた。声の主の方を見ると深い闇の中から馬に乗った男性が私の方を静かに窺っていた。


「…その馬車は」


 褐色の髪にサファイアのような瞳を持つ男性は私を見て驚いていた。


「あの」

「いや、失敬した。…そのとにかくお怪我はないですか?」

「ええ、私は大丈夫です。…それよりも中に侍女が数名いて」


 話しを遮るように身体も忘れていた痛みを取り戻した。自身の足に目を向けると御者台に乗った際に切り傷を負っていたらしい。


「貴女も怪我をなされているのでは?」

「いえ、私は」


 男性は私の返答を待つ前に私を抱き抱えていた。


「まずは貴女の治療が先です。」


 男性は私の身体の自由を奪うと何処かへと歩き出した。


「待って下さい!…助けて頂いことには感謝しますが名前も知らぬ方に連れて行かれる訳には行きません!」


 男性は暫く考え込むように私を見つめていた。サファイアの瞳が少し揺れた。


「申し遅れた。私はノースジブル領主、リヒト・ヴェンガルデンだ。」

「え…」


 私は驚きのあまりに彼の美しい瞳を見つめていた。




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