第45話 悪意との対峙

「・・・・・あなたは、スイをどうするつもりなの・・・?」




初めて私から語り掛ける。


これ以上黙っていても埒が明かないと思ったからだ。




その質問に女はもともと浮かべていた笑みをさらに強めて答える。


尤も、それは質問の答えにはなっていなかったが。




「やっと話してくれたわね!あなたは・・・・金持ちの貴族や商人がどんな趣味を持っているか知ってる?」




質問を質問で返されたことに眉を顰める。




「貴族の趣味・・・・?」




そんなものは貴族とかかわりのない私には知る由もなかった。


首をかしげる私を見て、女は羨ましがるような憐れむような視線を私に向けてくる。




「そう・・・純粋なのね。覚えておくといいわ、あいつら金持ち連中に碌な奴はいない。」




女が遠い目をしながらそう答える。


それを聞いてなお、ピンとこない私に女が続ける。




「奴らはね、金で手に入らないものはないと思ってる。金さえ積めば、何でも手に入ると思っているわ。そうやって金に糸目をつけずに欲しいものを粗方手に入れた金持ちが、次にほしくなるものは何だと思う・・?」




私は口をはさむことができなかった。


頭の中でこれまでの話を整理し、片隅に出てきた答えを必死に否定する。


そんな私の様子を見て、女はわかっていないとでも思ったのか、答えを口に出す。




「珍しい物よ・・・金持ちたちは誰でも手に入る物になんか興味がない。金を積めば手に入る物をせこせこ集めているのなんて小金持ちの成金くらいだわ。本当の金持ちは、唯一無二のものを欲しがるの。それに種類なんてないわ・・・貴重な宝石だったり、珍しい種族の奴隷だったり・・・・魔物だったりね。」




考えていたことが当たったことについ苦悶の表情を浮かべる。


つまりこの女は、スイを金持ちに売り飛ばすために狙っていたということになるんだろう。


何とかしてここを切り抜けなければ、そう考えつつ私は辺りを見回して何か突破口を探す。




「無駄よ!あなたのことはずっと監視していたわ・・・たとえここで逃がしたとしても、宿だって親しい人間だって調べ上げてる。絶対に逃がさないわ!」




女の言葉に唇をかむ。


最近感じていた違和感の正体はこれだったのだと悟った。


妙に感じる視線にもう少し早く対処しておけばと後悔する。




(なんだかごちゃごちゃと言っているようだが、何も慌てることもなかろう。女一人だ、倒してしまえばいい。我と貴様がいれば、油断しなければ負ける相手ではない)




スイの言葉に冷静さを取り戻す。


そうだ、相手はこちらを甘く見ている女一人。


今ならこの女を倒してさえしまえば、逃げ切れる。


最悪町を出たっていい。別にこの町に固執しないでも、冒険者さえ続けられればそれでいいのだ。




そうやって頭の中で結論づけ、私は身構える。


そんな私を見て女は驚いたように口を開く。




「あら?反抗する気・・?賢い子だと思ってたけど、やっぱりまだまだ子供ね。言っておくけど、これでも表向きはDランクの冒険者よ!つい最近Fランクに上がったばっかりのあなたに叶うかしら・・?」




そう言いながら両者ともに身構え、二人の間に緊張感が走る。


その時だった。そんな空気を露散させるような軽い口調の声が女の後ろから聞こえてくる。




「なんだぁ?まだ終わってなかったのか?」




私が目をそちらに向けると、頬に傷のある男が森の茂みから姿を現した。


背に目立つ大斧の背負う男は、背丈も相まってなかなかに迫力があった。


その男の登場に、女が笑みを浮かべて向かい合う。




「遅かったじゃない・・もう来ないかと思ってたわ。」




「こんな森の中でお前とガキ一人探すのなんか難しいに決まってるだろ?まぁいいじゃねぇか!まだ終わってねぇんだから!」




突如増えた援軍に歯噛みする。


見るからに力に自信のある男は、筋肉を自慢するようにその腕を露出させていた。




(ふむっ、儘ならないものだな・・それでも、我もこのような奴らに捕まる気など毛頭ない。)




「わかってる・・・本気でいこう!」




私たちを見て男が好戦的な笑みを浮かべる。




「おっ向こうの嬢ちゃんもやる気じゃねぇか!いいねぇそうこなくっちゃ!」




「ジャン・・猛るのはいいけど、勢いあまって殺さないようにしなさいよ!」




「ははっ、そりゃ向こう次第だなぁ!あんまりつまらないと殺しちまうかもしれねぇぜ?」




後半部分は私に向かって語り掛けてくる。


その闘気に触発され、私も自然と体に力が入った。




「最悪その子は殺してもいいけど魔物だけは絶対に傷つけないでよね!」




「ちっ、注文の多いやつだ!わかってるっつの!」




「あなたならやり兼ねないから言ってるのよ!もし失敗したら・・ザンザスになんて言われるか・・」




「・・あぁそれもわかってる。」




「よし、じゃあささっと終わらせちゃいましょ。あんまり時間をかけると、またどやされちゃうわ。」




(来るぞっ!準備はいいか?愚娘!)




「・・・えぇいつでも!」




こうして三人と一匹は向かい合った。


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