第27話 女神からの蠱惑
「もうそのうるさい口を早く閉じて。あなた達の存在が許せない・・次喋ったら殺すから」
私はそう言って冷めた目で今も苦しむ男を蔑む。
価値のない人間にかける慈悲などない。
今ここで殺すことに何のためらいもなかった。
なにより、不敬であろう。あの方の御前で喚くゴミがいることは。
時は少し戻り、マークと彼ら二人が言い争っている横で私は違うことに意識を割いていた。
まず入ってきたときに月明りを浴びて神聖な雰囲気を放つ神像に、私は妙に魅了された。
男たちの様子も気になるが、私は神像から目が離せなかった。
神を模したであろうそれは、太陽神ではなく髪を背中ほどまで伸ばした綺麗な女の神だった。
優し気に微笑んでいるその女神は、広げられた手が片方折れて所々に苔もはえている。
そうやって私が女神像に気を取られている間にもどんどん自体は悪い方向に進んでいく。
さっきから耳には部外者が聞いても気分を害すほどの暴言がたびたび聞こえてくる。
いくつか私にもあてはまるそれは、否応なく私の気分も沈ませていく。
妙に的を得ているその発言は、まるで私をあざ笑っているかのようで胸の奥がざわついた。
胸の奥から黒い感情が出てきて、私の中を染め上げようとしていた時にそれは姿を現した。
それはいつからそこにいたのか、白いベールに身を包み私だけをじっと見つめていた。
他の者には見えていないのか、その圧倒的な存在感を放つ美の化身に目を向けることはなかった。
驚きに身を固める私の様子を見て、いたずらが成功した子供の用に無邪気な笑みを浮かべる。
その笑みは今まで見たどんな笑みより魅力的で、体の全身が泡立った。
女神像そっくりの容姿をしているはずなのに、妖艶さが、気品が、静謐さが別次元だった。
銀の髪は月明りを受けてきらきらと光っており、この世のものとは思えないほどの美しさを醸し出していながらそれに決して劣っている等ということはなく、すべてが完璧に調律が取れていた。
(女神だ。)私はそう思った。そうとしか考えられない。
その存在感や美貌があれを女神だと信じて疑うことはなかった。
一目見ただけで分かるこの世の誰とも似つかない容姿。
世界中どこを探したってこの顔を超える者など見つからない。それほど目の前の女神は完成されていた。
私が呆けていると、女神は手のひらを口の前に持っていき私に向かって息を吹きかける。
形を保ったその息は、するすると私の前まで飛んできて体の中に消えていく。
まるで私の魂に溶けてなじんでいくような感覚だった。
魂に干渉されているというのに、不思議と嫌な感じはしない。
むしろその逆、私の魂はそれを受け入れるかのように反抗することはなく混ざり合う。
そうしてしばらく、胸の中に意識を向けていると、完全に混ざり合ったのが分かる。
その瞬間、私は理解した。目の前の女神が月の神だということを。
今私と混ざり合ったものが月の神からの加護だということも。
私の心に、直接語り掛けてくる。
(ありがとう、ラルーナ。あなたの星詠み助かっているわ。)
頭の中で、どこまでも慈愛に満ちた声が優しく響く。
その慈しみを感じて私の心は小躍りしそうなほど浮足立つ。
それでも必死に己を律する。
神から感謝されるなんて恐れ多い事だと恐縮し、否定を心に浮かべる。
(ふふっ聞いてた通り本当に賢い子ね。でも大人でいようとしちゃダメよ?私たち月の眷属に属するなら、いつだって子供心を忘れないで?それが私たちが一番大事にしてるのもの。)
そう言って笑う女神は、子供のような無邪気さと大人のような達観さを兼ね備えていた。
その微笑みに、私はまた気分が浮足立つのを感じていた。
私が至極の時間を過ごしている横で物語は進む。
気づけばマークが我を忘れて男たちに突貫していく最中だった。
剣での鍔迫り合いは向こうの方が上手、マークは背部を強打し呻いている。
そうして決着がついた後、男は口上を垂れて私に向き直る。
私は女神との逢瀬を邪魔されたことに怒りを感じていた。
まだまだ話したいことがあるのに、目の前には障害があってそれを阻む。
なら、早くこの障害を取り除くべきだと思った私は、のんきに勝ち誇って降伏を進める隙だらけの男に魔法を打ち込む。
「
ここに来るまでに魔力だけは練っていたので魔法はすぐに発動する。
魔法は男の右手を吹き飛ばし、後ろの壁さえも吹き飛ばして屋外に消えていく。
少し威力が高すぎたかもしれない。火事になれば大ごとだ、ここは違う魔法を使うべきか。
私は女神から戴いた加護について考える。
溶け合った際に加護の効果も理解した。
月の神の加護は月魔法の理解を深めるといったものだった。
月魔法とは月の眷属が主に使用する魔法で、精神操作による相手への干渉、重力を操り敵を圧殺する魔法などがある。
そんな魔法見たことも聞いたこともないので、その魔法の理解が深まるというのは私にとってありがたいものだった。
「てめぇ!魔法使いだったのか!おいムージ大丈夫か!?」
ガンズが焦ったように短剣を正面に構えて警戒しつつ、ムージに声をかける。
ムージは脂汗を浮かべながら痛みに耐えていた。
幸い傷口は焼けているため、止血ができていて出血はそんなにしていなかった。
その様子に舌打ちをしつつガンズは私に対峙する。
「くっそ!こんなことならあの二人にも来てもらうんだったぜ!」
悪態をつきながらガンズは気を引き締める。
何があっても対処できるように腰を落としてなんにでも対処してみせると言っているような気概を感じた。
なので私は効果範囲に気を付けながらこの場にちょうどいい魔法を放つ。
「
「グウっ!!な、なんだっ!?」
その魔法は指定した範囲全体の空間を押しつぶす。
範囲内にいたガンズは何とか踏ん張っているが、膝をつき必死に抗っていた。
長椅子は早々にひしゃげてその姿を木屑に変えた。
この魔法の特徴は、徐々に魔力を増やすことでその圧を強くすることができる点だ。
私は魔力量を増やしていく。
「ぐっ!!うううううぅぅうう!!」
完全に地面に這いつくばった格好で耐えているガンズに蔑んだ目を向けながらちらりと女神に顔を向ける。
女神は微笑んで見守っているだけで特に何も介入しようとは思っていない様子だった。
その姿を見ただけで荒んだ心が落ち着いていくような気がした。
「くっそ・・!!な、、なんだ、、これっ!!?」
もはや満足に話すことができないガンズは、絶え絶えに話すことが精一杯だった。
私はこのくだらない茶番を終わらせることにした。
かけていた重力を少し緩める。
それに気づいたガンズは、ここで一気に重力空間から抜け出そうと手に力を入れて立ち上がろうとする。
私は彼が手をついて四つん這いの姿勢になった瞬間に、緩めていた重力を今日一番の魔力を込めて強める。
すると手をついて立ち上がろうとした彼は、上からかかる重力に逆らおうと変に力を入れたせいで両の手が折れてしまう。
「ぐああぁぁぁあああ!!!」
今日1番の悲鳴をあげてガンズは再び地面に這いつくばっていた。
見れば両の肘先から骨が飛び出しており、もはや腕は使い物にならないのがひと目でわかった。
これで彼らはもう私の脅威ではなくなった。
私はかけていた重力の檻を解くとマークに視線を向ける。
マークは気を失ったのか苦しげな顔で目を閉じていた。
とりあえず今は放っておくことにした私は、今も痛みに喘ぐ二人に視線を向けて語る。
「・・・まだやる?これ以上やるなら命は保証できないけど・・?」
「ゆ、許してくれぇー!!もうあんた達に手は出さない!!!」
「ぐぅぅうう!!クソがっ!とんだバケモノに、、手を出しちまったぜ!!」
私が冷えた視線でそう問いかければ、一人は慈悲を請うように、一人は未だ反抗的な目で私を見る。
彼ら二人に纏めて逃げられないくらいの重力を再び掛けた私は女神の方に近づいていく。
(流石、エリスの言っていた通りね!賢い子だわ、もう私たちの魔法を使いこなすなんて…)
そう言ってニコッと笑う女神に感謝の気持ちを心に込める。
今ここで声に出しても、女神の姿が見えない彼らにおかしい奴と思われるのがオチだ。
(でも、甘さがまだある…その男達殺さないの?魔力を集めてるんでしょ?)
「・・えっ?」
驚きすぎて声を出してしまった。
今もなお美しい顔でこちらに微笑む女神が言った言葉の意味が理解できなかった。
(エリスから聞いてないの?人間からも魔力を吸収できるのよ?尤も、魔法使いでもない限りそんなに量は多くないけどね。それでも・・・足しにはなるわよ?)
女神は言った。
まるでそれは、「当然、家族を生き返らせる為にその男たちも糧にするわよね?」と言っているように聞こえ、そうすることが当然と思っているようだった。
私はその判断を中々決めきれず、しばし逡巡する。
(何を迷うことがあるの?あなたの一番の目的は、家族や村の皆をいきかえらせることでしょう?その為にはなりふり構わない、そうでしょう??)
そうだ。私は家族を生き返らせるために、何でもするとあの日小さな妖精の前で誓った。
(別に善人を殺せなんて言ってるわけじゃないわ?この男達は貴方が見逃せば、また違う所で同じことをするかもしれないわよ?また・・・そこの男の子のような被害者が生まれてしまうかも…)
そうだ。この男達は悪人だ。
善人を騙して金を巻き上げ、それを仲間内で下卑た笑いを上げながら蔑むゴミだ。
(そうよ。なら、やることは一つでしょう?悲劇をまた繰り返さないように・・・悪い芽は・・早めに詰んでおかなくちゃ!)
そう言って笑う女神様は今日一番の笑みを浮かべており、アメジストのように輝く美しい目が妖しく私を見つめていた。
「悪い芽は・・・早めに・・詰む。」
まるで思考が真っ黒に塗りつぶされるように、それだけしか考えられなくなる。
私は後ろを振り返り、淀んだ目を今も檻の中に閉じ込めている二人に向ける。
「なっ!なんなんだ!!お前、狂ってるのか!?」
「ひひぃぃ!!た、助けて!!」
二人は怯えたように少しでも私から遠ざかろうと足をばたつかせる。
そうはさせないと、私は重力を強くする。
「嫌だっ!!うわぁあああぁぁ!」
「ぐっ、ぐがぁぁああぁぁ!!」
そのまま、私は今出来る限界まで重力を強くした。
私から遠ざかろうと逃げていた姿勢のまま、上からの重力がかかり、まるで頭を垂れるかのようになる。
そのままパキッと小気味よい音が鳴った後、二人はそのまま動かなくなった。
それを濁った目で見届けてから、私は収納魔法から妖収の魔玉を取り出すと、それを二人に当てる。
すると二人の体はみるみるうちに乾いていき、あっという間に骨すら残さず砂になった。
後には身につけていた衣服と装備だけが残っていた。
私は装備だけ回収して収納魔法の中に押し込むと、女神に向き直る。
(そうよ、それでいいの。優しさは大事だけど、甘さは捨てなさい。誰にでも慈悲をかけちゃ駄目、かける相手を選びなさい。)
「わかりました・・・ありがとうございます!」
(ふふっいい子ね。もっと話していたいけど、もう時間が無いみたい。ラルーナ、頑張りなさい。それではね。)
そう言うと女神は、徐々にその存在を薄くしていき、最後は月明かりに混ざるように消えていった。
「名前、聞きそびれちゃったな…」
私はそう呟くと、今もまだ気絶しているマークを揺さぶり起こし、帰路に着いた。
マークは早々に気絶していたので、事の顛末を聞きたがっていたが、彼らは私の魔法を見て逃げたと言っておいた。
納得していない様子だったが、奥にある大きな魔法痕を見て、渋々納得したようだった。
マークが起きる前に彼らの服は隠しておいたので、死んだとは思っていないようだった。
「ふぅー、疲れたなぁ。」
私は今、自室のベッドに寝転がって天井を仰いでいた。
今日は朝から濃い一日だった。
まさか女神様に会えた上に加護を頂けるなんて思わなかった。
それにしても、最後のアレは何だったのだろうか。
急に頭が重くなり、それ以外の選択を取ることが億劫になった。
今はもう思考も晴れており、あのような気だるさはない。
「私、人を殺したよ・・・お母さん・・」
流れ出るソレを抑えるように、体の向きを反転し、私は枕に顔を押し付けた。
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後書き
昨日は一日でまとめ上げることができなかったので、お休みいただきました。
大事なところだったので、集中した状態で書きたいなと思って・・すみませんでした。
ということで、明日に幕間一つ挟んで第一章はこれにて終わりです。
絶対途中で飽きてやめるわ、とか思ってたんですけど・・・皆様が見てくれて、ブックマークが増えるたびにこの人たちの期待に応えられるものを書かなければ!と思って続けてこれました。
何度も言うようですが、本当に感謝しています。
頑張って継続できるように頑張りますので、これからも引き続きよろしくお願いします。
さて、第二章ですが、構成と執筆の時間を取らせていただきたく、少しの間だけお休みをいただきたいと思います。
本当にちょっとだけ休ませてもらいましたら連載再開いたしますので、それまでお待ちいただけたら幸いです。
もし第一章まで読んでみて続きが気になる!面白いと少しでも思っていただけましたらフォローと評価よろしくお願いします!!励みになります!
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