第16話 初めての町
アルフリッドに私の復讐を邪魔されようとした時に辺りの空気が一変したことには気づいていた。
私に殺気など向けられることは当然なかったのだが、周りを少し見渡せば何が起こっているかなど一目瞭然だった。
私が放っている殺気など、背後から感じる上位存在に簡単に飲み込まれて混ざり合うことすらなく消えてしまった。
皆がこの上位存在に畏れを抱き、騎士団長でさえ、幼子のように膝を震わせ立っているのがやっとの様子だった。
そうしてこれ以上刺激するのは危険と判断したのか、早々に切り上げ撤退していったアルフリッドを横目で見ながら振り返り、私を助けてくれた妖精に礼を言う。
「ありがとう、エリス。」
私の目にも映るその、景色を一部分だけ真っ黒に塗りつぶしたような漆黒は数度揺蕩った後、周りになじむように薄れて消えていった。
てっきり私に会いに来たのだと思っていたのだが、それはうぬぼれだったようだ。
そんなことがありつつ、後ろの方で恐怖をはらんでいる視線を十分に浴びているのを無視しながら、私は天幕の中へと入っていった。
翌朝、天幕から出た私を待っていたのは、恐れと疑心に満ちた視線の嵐だった。
ちらとそちらに視線を向けてみれば、面白いように一斉にその視線は無くなる。
若干名だけひるむことなく睨み返してくるものもいたが、そのどれもが怒りの中に少しも隠しきれていない恐怖が浮かんでおり虚勢を張っていることは明らかだった。
その視線を感じつつ、硬いパンをかじりながら耐えていると、前からもはやおなじみの騎士が近づいてくる。
「お、おはようラルーナ。皆には昨日のあれは君じゃないって言っておいたんだけど、すまないね。」
そういって若干どもりながら話すアルフリッドはこちらも少しは恐怖を浮かべていたが、さすがは騎士団長というべきかそれを抑えて話しかけてくる。
昨日一番濃密な殺気に充てられているだろうにまだ私に話しかけてくる度胸があることに少し関心する。
ただ、気丈に振舞っているつもりでも、顔には隠し切れない疲労が出ていた。
昨日は眠れなかったのだろうか、そんなことを思いながら私は疑問を問いかける。
「おはようございます。いえ、大丈夫です。それよりあとどれくらいで街につきますか?」
「あ、あぁそうだねー。あと二日、いや飛ばしてもいいなら明日には私たちが住んでいる街につけるよ!」
そういったアルフリッドに私は迷うことなく飛ばしても大丈夫な旨を伝え、少しでも急いでもらうようお願いする。
「そうだね、これ以上僕たちといるのも気が休まらないか。わかった、ここから飛ばせば、明日の夕刻までには到着できるだろう。その代わり、少し君には無理を強いてしまうかもしれないけど、大丈夫かな。」
「それは全然大丈夫です。無理言ってすみません。」
「かまわないよ、むしろ非があるのはこちら側だからね・・じゃあさっそく、天幕を片付けたら出発しよう。」
昨日のことなど無かったかのように口に出さないまま、私もアルフリッドも出発を急いだ。
何か聞きたいことがあるのに聞けない、そんな様子でこちらをうかがってくる視線には気づいていたがあえて何も言わなかった。
そうするとアルフリッドは諦めたのか、それ以降その視線を向けてくることはなかった。
変わったことといえば相変わらずの視線と、挨拶が減り何度か話したことのある騎士も私を見かけると遠ざかっていくことくらいで、その他に特に変わったことはなく、予定通りに一泊した私たちは、遠くの方で立派な城壁が街を取り囲んでいるのを確認しながら、それに向かって進んでいた。
あの一件以降暗くなった空気は一泊したところで晴れることはなく、以降ずっと誰もがどこか緊張した様子で張りつめていた。
気疲れしながら街に早く到着するよう願っていた私は、城壁が見えたことでやっと一息ついた。
もう慣れた馬上から見えるその高さ十Mは超えるその立派な城壁は近づくにつれ、その存在感を増していった。
そうしてあっという間にその真下までたどり着いたころには、予定より少し遅れたのか夕日が後ろに傾き、月が顔を出して薄暗くなっていた。
アルフリッドが門の前に立つ男に代表して声をかける。
「ご苦労様、通ってもいいかな?」
すると男は姿勢を正して何やら緊張して声を上ずらせながら答える。
「ジリー騎士団長!お疲れ様です!もちろん通っていただいて大丈夫です!」
この騎士団長は有名な人なのか、二人いる門番が両方とも緊張を浮かべながらしかし話せることが嬉しいといった顔をして談笑しながら門をくぐり、中にある詰所の前まで連れられていった。
するとその詰所の中から大柄で頭を丸め、髭をきれいに整えてはいるが、それだけでは補えないくらいに迫力のある顔をした男がのっそりと扉をくぐって顔を出す。
「こらお前ら、門番の仕事はどうした!まだ仕事が終わってねぇだろうが!」
そう言っていまだ騎士団長と話していた門番達を怒鳴りつける。
すると門番は飛び跳ねるように体を跳ねさせ、すみませんでしたと半ば叫ぶようにいいながら、二人そろって逃げるように仕事に戻っていった。
「ったく、油断も隙もねぇやつらだぜ。よぉアルフリッド!無事に戻って何よりだぜ。」
「君も相変わらずだね、モーガン。部下は大切にしたほうがいいぞ?」
そう言って気さくに話す様子は、初めて見る私から見ても付き合いが長いのだと分かった。
そうやって遠巻きに二人の様子を眺めていると、二人の視線が私を向き、アルフリッドに呼ばれる。
ちなみにほかの騎士たちは、門番から通行許可が下りると、一足先に街の中に消えていった。
お礼を言うこともできないまま騎士たちは私の目からは逃げるように去っていくように見えた。
そんなことを思いながら近づいた私は、アルフリッドから目の前の大男を紹介される。
「ラルーナ、こいつはこの町の警備隊長をしているモーガンだ!何かと頼りになるから、困ったら何でも尋ねるといい。」
そうやって紹介されたモーガンと呼ばれる男は、なんでお前にそんな偉そうに紹介されなきゃいけないんだと悪態をつきながら返す。
そして私の方を向きながら改めて自己紹介してくる。
「おう、アルフリッドから話は聞いたぜ、悪運の強い嬢ちゃんだな!俺はモーガン!こいつが言っている通り警備隊の隊長だ!犯罪すれば捕まえちまうから気をつけろよ?」
そう言って最後にニヤッとお世辞にも和めるとは言えない笑みを浮かべて手を差し出してくる。
アルフリッドが何か言いたそうにしているが私はそれよりも前に手を握り返す。
「ラルーナといいます。これからよろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた私を見た二人は、片方は物珍し気に、もう片方は悲痛な表情をしていた。
モーガンが心なしか機嫌よさげに語る。
「俺と正面から向かい合って表情も変えねぇとは嬢ちゃん意外と大物かもな!がっはっはっは!」
大笑いを浮かべて上機嫌なモーガンとは対照的に、アルフリッドの表情はいつまでも優れなかった。
そうした簡単な自己紹介も終わり無事、町への通行許可が出た私は生まれて初めて自分の村以外の場所へと足を踏み入れた。
予想外の広さに予想外の人の数、村にはなかった喧騒が、妙に落ち着かなかった。
そうやって町の中のいろんなものに目を向けていると、背後から声をかけられる。
「ラルーナ、これを。」
アルフリッドはそう言って何かを包んだ小袋を私に手渡してきた。
思いのほか重量のあるそれを受け取ってほどいて中を確認してみると、そこには銀貨がちらと確認するだけでも十数枚入っていた。
予想外の代物に、慌てて返そうとするが、アルフリッドはそれを拒否して頑なに受け取ろうとはしなかった。
「当面の生活費にでも使うといい、宿をとる金もないんだろう?」
そういわれてしまえば、私も受け取るしかなかった。
今日の宿をどうしようかとちょうど考えていたので、正直なところ助かった。
「ありがとうございます。いつか必ずお返ししますので。」
そういうとアルフリッドは、期待しておくよ、と冗談交じりに苦笑しながら、続けて真面目に戻った顔で聞いてくる。
「やっぱり・・冒険者になるのかい?」
二度目の問いに、私はもう決まっている答えを返す。
「はい、もう決めたことですから・・」
そう言ってしばらく二人は沈黙したまま見つめあう。
しばらくすると、先に沈黙に耐えかねたアルフリッドが折れる。
「わかった・・・もう何も言わないよ・・気を付けて。何かあったらいつでも騎士団を訪ねてくるといい。」
そういったアルフリッドに私は今までの感謝を伝える。
「はい、何から何まで、ありがとうございました!お金は後日必ず返しに行きます。」
そうして締めくくった私は、最後におすすめの宿や冒険者ギルドの場所を聞き、アルフリッドと別れる。
私が街の喧騒に溶けて消えるまで、ずっと私の背には視線が突き刺さっていた。
しばらく辺りをきょろきょろしながら歩き、目当てのものを探す。
初めて訪れる町は何もかもが新鮮で、目移りするものが多くなかなか先に進めなかった。
そうして歩くこと十分ほど、目当ての看板を見つけ立ち止まる。
「ここが星雲の宿。」
ぼそっとこぼれた私が見上げる看板には藍色に染められた丸く切り取られた木に星々がちりばめられていてとても綺麗な看板だった。
アルフリッドいわく、ここは値段も手ごろで料理もおいしいいい宿らしい。
名前に星が入っている時点ですでに八割がたここに決めていたのだが、看板を見て、確信に変わった。
ここにしようと決めたラルーナは、部屋が空いていることを願いながら、両開きの扉をくぐり中に入った。
入ってすぐにほのかに漂う酒の匂いに鼻を曲げながら、中の様子を確認する。
一回は食堂になっているのかイスとテーブルが八組おかれてあり、奥にはカウンターもあって一人でも利用しやすそうだった。
入って右側に見える階段は登れば部屋があるのだろう。
しばらく辺りをうかがっていると、私に気づいた黒い髪を後ろでくくったふくよかなおそらく定員が声をかけてきた。
「いらっしゃい!ずいぶんと可愛いお客様だね!どうしたんだい?」
店員で会っていた女に、まさかこんな少女が一人で宿泊に来るはずないと思われたのか、用件を聞かれる。
「あの、宿泊したいんですけど、、宿空いてますか?」
そういった私に、定員は驚いた顔をしながら問いかけてくる。
「ありゃ本当にお客様かい!?こりゃたまげた!部屋なら空いてるよ!一泊朝飯付きで銀貨一枚と銅貨八枚!昼と夜も食べたきゃその時に銅貨三枚!宿泊は先払いだけどお金は持ってるのかい?」
そうやって慣れた口調ですらすらと話す女は、最後にお金の心配をしてくる。
まだ自分が幼い歳であることが分かっている私は、疑われるのも仕方ないと思い、ポケットの中からアルフリッドにもらった布袋を取り出す。
「お金はあります。とりあえず七日泊まりたいんですけどいいですか?」
その布袋のふくらみを見て、とりあえずお金を持っていることはわかったのか女は安心した様子で七日分の金額を告げる。
「お金があるなら安心だ!いくらでも泊まっていきな!宿泊が七日で、銀貨十二枚に、銅貨六枚だよ!」
とりあえず銀貨を十三枚渡し、お釣りを受け取ってから次にカギを受け取る。
「はいこれ嬢ちゃんの部屋の鍵ね!213号室!階段上がって一番奥の左側だよ!夜ご飯はどうする?食べていくかい?」
「ありがとうございます。晩御飯は大丈夫です、今日はもう休みます。」
正直お腹は空いていたが、それよりも早く休みたかった私は、断りを入れて部屋に直行する。
部屋にたどり着き、久しぶりのベッドに体を投げ出した私は、ようやく一人に慣れたことに安堵する。
そうしてずっと張りっぱなしだった気を緩め、枕に顔をうずめるとしばらくして部屋にくぐもった嗚咽が響き渡る。
「、、、っく!、ひっく、、ぐっ、、、うわぁぁぁあああぁ!」
ここしばらくずっと気が緩まなかった私は心身ともに疲弊していた。
ずっと疑心や恐怖に満ちた視線にさらされていたため落ち着かなかった。
何度も心が折れて泣きそうになったがそのたびに腕や足をつねって我慢した。
寝床も食料もいただいているのだから、せめて迷惑はかけないようにと気丈に振舞った。
あの一斉に向けられる悪意のある視線にまだ幼いと自覚している私は必死に耐えたのだ。
誰も見ていないここでくらい、弱音を吐いたって罰はあたらないだろう。
「私が何したっていうのよ!本当に腹たつわね!あなたたちが勝手に同情して私の気持ちを逆撫でただけで私からは何もしてないじゃない!私のことなんて全然知らないのに、勝手にずかずかと人の触れてほしくないところに踏み込んできて!!」
枕のおかげで外まで響かない私の叫びは、こらえていたものをすべて吐き出すように数十分続いた。
辛いという感情はいつの間にか怒りへと変わっており、ひたすらに愚痴を吐いた。
そうしていくらか落ち着いた私は、晩御飯食べればよかったな、と思いながら襲ってくる睡魔に逆らえず眠りに落ちた。
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後書き
なんとか街に行くことができました。
これからサクサク進めたらいいんですが、彼女しだいですね。笑
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