第15話 漆黒の策略

初めての馬上は、想像の何倍も乗り心地が悪かった。




距離でいうところの十Mくらい進んだところで早々に待ったをかけた私は、急いで馬から飛び降りると森の中に走っていった。




待たせること数分、私は申し訳ない顔をしたまま茂みの中から顔を出す。




ようやく走り出したと思ったら、数秒でそれが止まったのだから当然嫌な顔をされるのだろうと身構えていたのだが、騎士たちは苦笑いをしながらこちらを見ていた。




同じくこちらを見ていたアルフリッドも苦笑いしながら私をねぎらってくれる。




「大丈夫か?大体初めて騎乗した人間はそうなるから気にしなくてもいいよ」




私も初めて乗った時は気分が悪くなった、と話すアルフリッドに同意するように何人かの騎士が首を縦に振っていた。




「すみません時間を取らせてしまいました。もう大丈夫だと思うので・・・」




恥ずかしさをこらえながら答えた私は急いで元居た場所に戻ろうとしたが、全く背が足りず足を上げて奮闘していた私の背に微笑まし気な視線が殺到した。




そういえば乗るときも抱えて乗せてもらったのだと思い出した私はさらなる羞恥に耐えられず下を向いて顔を朱に染める。




「はは、全然待ってないから落ち着くといいよ!よっと!ほら、おいで?」




そう言ってわざわざ馬から降りて私を乗せるために伸ばすその手に、私は素直に従った。




「さっ!気を取り直していこうか!また気分が悪くなったらいつでも止めていいからね。我慢だけはしないように。」




そういわれた私は朱に染まったままの顔をそのままに頷く。




ちょっと今はまともな返事ができる自信がなかったので頷くだけで勘弁してほしい。




私が頷くのを確認したアルフリッドはこちらも頷き返すと馬を発進させる。


一度吐いたおかげか、もう気分が悪くなることはなかった。




長い時間をかけて私に合わせてくれているのか比較的ゆっくりとした足取りで進んでいく道中、何度か休憩や昼ご飯を挟みながら、特に問題が起きることなく進んでいると、日が傾きだしたところで馬を止めたアルフリッドは全員に聞こえるように声を張り上げる。




「よぉーし!少し早いが今日はここで野営するぞ!!天幕の設営など準備にかかれ!!」




村から続く一本道を道なりに進んできた私たちは、左右を木々に囲まれているだけだった道のなかで突然ちょうどいい野営ができそうな開けた場所を見つけ、そこで今日は一夜を明かすようだった。




ちょうどお尻が痛くなり少し顔が曇ってきていたところだったので助かった。




しかし我々にこんな都合のいい場所があったなんて、と不思議に思っているとアルフリッドから補足が飛んでくる。




「ここは野営ができるようにあらかじめ木々を伐採している場所でね、遠い村などにいくときには大体ある場所だから、覚えておくといい。」




そんなに顔に出ていたのだろうか、なんだか前にも似たようなことがあった気がするな、などと思いながら私は親切な騎士に礼を述べ、自分用の天幕を設置するために準備に取り掛かる。




さすがに食事も寝床も用意してもらっておいて何もしないのは気が引けたために、これくらいは自分でできるだろうと思っていた・・・・・のだが、絶賛私は布に体を巻き付けて、はたから見れば遊んでいるようにも見える様な姿になっていた。




そうしてなんでこうなったのかと考え現実逃避しているとそれを見かねた騎士の一人が声をかけてくる。




「がはははは!なんてざまだい嬢ちゃん!大丈夫か?」




そう聞いてきた騎士に、この状態を見て大丈夫に見えるのか、と文句の一つでもいいそうになったのだが、よくよく考えれば自分が出しゃばった結果だと思い素直に助けを口にする。




「あの、すみません・・絡まってしまって・・・・助けていただけますか?」




そういうと豪快に笑った騎士はひとしきり私を見て笑った後、絡まった布を取ってくれた。




「ありがとうございます、えっと」




「ラルクだ!しっかり話すのはこれが初めてだな!嬢ちゃんのことは団長から聞いてるよ、その、なんだ、災難だったな。」




最初ははっきりと聞こえていた声も後半に行くにつれて力を失ったように弱くなっていった。


まただ、私はそう思った。




私と話す騎士は大体のことを団長であるアルフリッドに事情を聴いているのか、二言目には私を同情するような言葉で慰めてくる。




その同情を向けられるたびに私は少し苛立ちが募っていく。




お前たちに何が分かるというのだ、大人だからというだけで何でも分かったような見透かした態度で同じような言葉を並べられても私にはまったく響かなかった。




結局のところ、私の気持ちがわかる奴なんて私と全く一緒の経験をした者しかわからないのだ。




そんな暗い感情を心でぐるぐると廻していると落ち込んでいると思ったのか、ラルクは続けて話してくる。




「まぁなんだ!食うのに困ったらいつでも騎士団を訪ねるといい!いつでも俺が飯を食わしてやるからよ。」




そんな勝手なおせっかいをかけられた私は、一旦平静を装って礼を述べる。




「ありがとうございます、もう、あとは一人でできますので。」




そういうとラルクはまだ何か言いたげな顔をしていたが、それ以上を口に出すことはないまま去っていった。




悪い人ではないのだろう、他の騎士たちも。




逆に私が騎士の立場なら、同じような言葉を伝えていたと思うから、強く出られない。




ただ、「災難だったな」「辛い目にあったな」「かわいそうに」どれも私から言わせれば軽い何の気持ちもこもっていない言葉だ。




ただ不幸なことが周りにおこった時の常套句を並べられても軽すぎて私には響かない。




かわいそうになど、それの最たる例だろう。




同情などされようものなら暴れ散らかしてすべてを壊したくなる。




我ながら自分でも難儀な性格だとは思うのだが、理屈ではないのだ。




頭ではわかっていても理性が納得してくれない。


そんな暗い感情も、思考しながら設置していた天幕が完成したおかげで、ようやく一息つく。




「はぁ星詠みがしたい、あと美味しい料理も、、お母さんのシチュー、また食べたいな。」




食事は出してくれるのだが、塩で干して固めた塩辛い干し肉にこれまた固められた黒パンといった物ばかりで、仕方のないこととはいえ私にも飽きが来ていた。




街に着いたら何か美味しいものが食べたいな、なんて考えているとちょうどアルフリッドが食事を持って私を訪ねてきた。




「ラルーナ今日の晩と明日の朝の分持ってきたよ。」




「わざわざありがとうございます、いただきます。」




そう言って袋に入った二食分の食事を貰う。




この膨らみ方だと、干し肉二枚とパン二つかななんて考えながら内心げんなりしていると、アルフリッドはまだ用事があるのか、私を見て立ち止まっていた。




「えっと…まだ、何か?」




ずっと見てくるものだからいたたまれなくなった私は、そう聞き返す。


すると、




「ラルーナ、君は孤児院で仕事しながら、養子の申請はするつもりでいるのかい?」




そんな意味の分からないことを急に言い出した。




なぜ、私が孤児院に行くことが確定しているのだろうか?そう思い首をかしげていると、説明が足らないと思ったのか続けてアルフリッドは語りだす。




「あぁ孤児院は知っていても養子のことは知らなかったのかい?養子の申請というのは・・・・」




と語りだしたところで、私は間違いを根本的に訂正するために話を遮る。




「ちょ、ちょっと待ってください。なんで私が孤児院に行くことが確定してるんですか?私孤児院なんて行く気ありませんけど・・・・」




そう訂正すると、アルフリッドは驚いた顔をした後、怪訝な顔をして聞き返してくる。




「でも初日に聞いた話だと、他に身寄りはないって・・じゃ君は何が目的で街を目指しているんだい?」




その純粋な質問に、止められるんだろうな、なんて頭の隅で考えつつ答える。




「私は、冒険者になります。もう決めたことなので覚悟は揺るぎません。」




あらかじめ軽めにくぎを刺しつつ答えた私に、やはり目を見開いた後、必死の剣幕でアルフリッドは抗議してくる。




「冒険者!?その歳でかい!?わかっているのかい?冒険者という職業の危険さを!」




大方予想通りの答えに私は表情を変えないまま答える。




「はい、でもどうしても必要なことなので・・前にも言った・・・・目的のために。」




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ここまで言われてしまえば、アルフリッドにも予想がついた。




以前と同じように負の感情に濁った眼を見ても前回のように引き下がるわけにもいかなかった。




それが自分の勘違いであってほしいという期待を込めて、アルフリッドは問う。




「それはやっぱり・・・・復讐するつもりかい?」




風が木々を揺らし、静寂が辺りを支配する。




続く沈黙。いつまでも黙ってこちらを無表情で見ている少女に、痺れを切らして説教をしようとする。




「ラルーナ復讐なんて誰も幸せには、、!?!?!?」




瞬間。騎士全員が臨戦態勢に入る、ひどいものだと抜刀しているものまでいた。




アルフリッドは抜刀こそしなかったものの体中から汗がふきだし、体は震え今自分がまともに立てているのかわからなかった。




私たち全員に向けて等しく今も放たれる濃密な死の気配に信じられないものを見るように視線を向ける。




が、当の本人は首をかしげてその様子を不思議そうに眺めていた。




「あの・・魔物でも出たんですか?」




のんきにそんなことを聞いてくる少女にアルフリッドは思案する。




(ラルーナじゃない!?じゃあこの気が狂いそうな殺気は一体だれが!?)




てっきりこの幼い少女が放っていたとばかり思っていたのだが、そうじゃないなら話は変わってくる。




必死に視線をさまよわせてその殺気の正体を確認しようとしたアルフリッドはそれを発見した。








それはただひたすらに黒だった。






景色をそのまま模写した一か所を黒で塗りつぶしたような、そんな気持ちの悪さを感じる漆黒がラルーナの後ろで揺蕩っていた。






それは不規則に揺蕩うだけで何もしてこないことだけが救いだが、これいじょうラルーナと話していればまずいことが起きる。こちらを一瞬のうちに全滅させることができるだろう存在をこれ以上刺激しないよう、アルフリッドは話を切り上げることを決意する。




「い、、いいや、、魔物かと思ったが、、わ、、私たちの勘違いだったみたいだ。夜の晩はこちらがするから、もう休むといい。」




そういってアルフリッドは足早にその場を後にする。




振り返る前に最後に見えた漆黒はまるで、邪魔をするな、とそう言っているように見えた。










「ありがとう、エリス。」




ぼそっと呟かれたラルーナの言葉はこの場に離れることに夢中になっているアルフリッドの耳には入ってこなかった。








天幕に帰ったアルフリッドのもとに数名の騎士が飛び込んでくる。




普段なら注意するその行動も今だけはする気になれなかった。




飛び込んできたのは、いずれも役職を持った上のものばかり、そんな騎士の一人が声を荒げてがなり立てる。




「団長!!なんなんだ今の殺気は!!!あのガキがやったのか!!!?」




もはや叫ぶように放たれた乱暴な言葉にアルフリッドは落ち着くように言い聞かせた後皆にも聞こえるように話しかける。




「皆も落ち着いて聞いてくれ!さっきのはラルーナじゃない。あの子は殺気に気付いてもなかった!あれはもっと別の何かだ。」




すると次は別の騎士が声を荒げる。




「それでも!!あの少女が原因であるのは間違いないのでは!?あれは危険すぎます!本当に町まで連れていくおつもりですか!?」




それを皮切りにあちこちから上がる不満の声に、アルフリッドはどう対応するか悩んでいると、騎士の一人が高ぶったのか不意に騎士にあるまじき言葉を口にする。




「殺しちまった方がいいんじゃないですか!?あんな化け物となんて、後たとえ一日でもいたくないですよ!!」




そう口に出した騎士は発言してから気づいたようで、慌てて口をふさぐ。






だが、もう遅いその選択は自らが発したその発言が間違いであることを身をもって知ることになる。






突然頬を殴られたその騎士は床を何回かバウンドした後、天幕の布を突き破りまだ数M転がってようやく止まった。




全く反応のできない速度で殴られた騎士は痛みで身動きが取れないのか、びくっびくっと数度体を震わせた後、気を失ったのか動かなくなった。




殴った本人は、振りきった体勢でしばらくとどまった後構えをといて問いかける。




「まだそんな馬鹿なことを考えている奴はいるか?あの子はまだ八歳の子供なんだぞ?」




そうやって問えば、誰も何も答えなくなり、悲痛な顔を浮かべながら辺りを静寂が覆った。




「いいかい?もう一度言うよ。さっきのはラルーナじゃない。それにあの子はまだ八歳だ。それ以前に私たちは誇り高き騎士だ、民の見本であるべき人間だ、そんなものが村を襲われたった一人生き残ったまだ幼い少女を何の確証もないまま、ただ怖いからという理由で殺すのか?お前たちにはそれができるか?私は・・・・無理だ。」




そう言い何も答えられなくなった騎士たちを一瞥すると、アルフリッドはこう締めくくる。




「この件については他言無用とする。私が上に報告書を提出するので君らはこれ以上この件に深く触れないように・・・・いいね?後でそこで伸びている馬鹿にも言って聞かせといてくれよ。」




そういって何人かが不満を隠せてはいないのがわかってはいたが、半ば無理やり追い出すとアルフリッドは立ち尽くしたままいつかのように重い溜息を吐き出す。




結局、謎の漆黒については他のものに言い出すことができなかった。




それを言ってしまえば、ラルーナの立場がもっと悪くなるのが分かっていたからだ。




漆黒は明らかにラルーナのことを守るように揺蕩っていた。




あれはいったい何だったのだろうか、自分の判断は正しいのだろうか、そんなことばかりが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。




「報告書になんてかけばいいんだ・・・・・」




そうやってアルフリッドは、今から訪れる面倒を思い、胃をおさえるのだった。


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後書き


あれ?おかしいな、、この話で街に到着してる予定だったんですが、、


思いのほか筆が乗ってしまい気づけば5000字を遥かに超えていました。


まじで全然話が進まない・・・・すみません。


他の人がどうやってあんなに上手に進めているのか切実に教えてほしいです。


どうしてもサクサク進みすぎる小説が自分が苦手で、、そうならないように意識するとどんどん話を足しちゃって全然進まなくなってしまいます。


ちょうどいい塩梅を見つけないとですね、、頑張ります。


もしこの話が面白い!続きが気になると少しでも思っていただけましたらフォローと★での評価よろしくお願いします!、私のモチベーションに繋がります!

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