第9話 新たなる生 ー旅立ちー

「、、、、、、、、、、、、、えっ?」




急に放り込まれた特大の爆弾にラルーナは訳が分からず放心することしかできなかった。


それはそうだろう、急に死んでいるといわれても今実際に動いているわけであるし、思考もできる。


普段自分が動かしている体との齟齬が少しも感じられないのだから、死んだ実感もわかなかった。


だからそんなわけないと思いつつも、本心からの否定はできなかった。


それはなぜかと問われれば、あの狼のような容姿をした憎悪にまみれた魔物が、今まで見たことのないほど大きな魔法を放つのをこの目で見たからだ。


あの威力で、あの殺意のこもった魔法を見て助かるわけがないと、自分から命を投げ出したのだ。


目が覚めた当時は、なんて悪運が強いんだなどと思っていたラルーナではあるが、考えてみれば、生きていたといわれるよりも、もう死んでいるといわれた方がよっぽど説得力があることに気づいた。




妖精はラルーナの様子をつぶさに観察していたが、思ったよりも取り乱さない少女を見て、少し機嫌を悪くする。


生きていると思っていたところから実は死んでいたなんて言われて落とされたものだから、もっと悲観すると思っていたのだが、存外少女の気持ちの強さを確認できたことで、それはそれでいいかと納得した。




妖精はラルーナの気持ちが強いからこそ、死を受け入れて騒がないのだろうと思っていたのだが実際のところは少し違う。確かに気持ちの面も多少はあるかもしれないが、単純に彼女は疲れていたのだ。


今までまるでもやがかかったみたいに、思考が制限されて思い出せなかったがラルーナはつい先ほどまで地獄にいたのだ。親しい友も愛する家族も皆殺しにされ、生きる希望など見いだせなかった地獄に。


一度思い出してしまえば、自分があの時何もできなかった虚無感と不甲斐なさに押しつぶされそうになる。


そんな地獄にもう戻ることはないと言われれば、感謝こそすれわざわざ取り乱すことなどするわけもなかった。


そんな風に考えていたラルーナの前で妖精は、また少女の心の深いところを刺激する一言を発する。




「君は憎くないのかい?家族を殺したあの魔物がっ!」




ギュっ、妖精の言葉を聞いた瞬間にラルーナが、無意識に右手を握りこみ、若干目が座ったのを見逃さなかった妖精は責めるべき方向を定める。


一方でラルーナは、妖精に聞かれたその言葉を頭の中で反芻していた。


もちろん襲われているときにそんなこと考える余裕もなかった、だが今安全な場所で改めてよく考えてみる。


第一に理不尽だと思った、なんで私たちだけがこんな目に合わなきゃいけないのか、いや本当に私た、、




「君たちの村だけだよ、襲われたのは、、」




完璧なタイミングで挟まれた妖精の語る真実に、ラルーナはさらに表情を暗く重く変化させていく。


もはや、心の声は全部聞こえているぞと妖精がカミングアウトしたも同然の間に放たれた言葉だったが、暗い思考に染まる少女には気にならなかった。




なんでなんだ、なぜ私たちの村なのか、せめてほかの場所で起こっていてくれたら、、よくない思考に染まっていく少女に間髪入れず妖精は畳みかける。




「ラルーナはさ、あの魔物が怖いんでしょ?憎いけれど決して敵わないと思っている、、違う?




それはそうだ、あんなのに勝てるわけがない、ラルーナは強く叫びたくなるのを抑えながら、極めて冷静を装って答える。




「そ、、そもそも私もう死んじゃってるんだから、復讐も何もないじゃない!」




少し語気が強くなる、マリーにからかわれて怒った時のような口調でそう返すと、妖精は笑顔のなくなった顔でこう返す。




「あるよ、生き返る方法。」




今日何度目の驚愕か、何でもないことのように言われたその言葉は、今までで一番ラルーナを驚かせた。


死んだ者が生き返るなんて聞いたこともない、それはたとえ本の中だってあり得なかった。それどころか死者の蘇生は禁忌だ、行えば災厄が降り注ぐとされ、世界中で禁止されている。それは幼い子供だって知っているこの世界のルールだった。


それを何でもないことのように軽く話す妖精は、続けてもう一度聞き返す。




「それよりもさっきの答えが聞きたいな。君は恐れているんだろう?決して敵わない力の差を間近で見せられ殺されたあの魔物に、」




死者の蘇生よりも聞きたいことが、ラルーナが恐れているかどうかなんてそんなこと思うのは世界中どこを探したってこの妖精ただ一人だろう。


とりあえず再三聞かれた質問に答えなければ、と思ったラルーナは今度は素直に自分の思いを吐露する。


なぜか、今の妖精には有無を言わせぬ迫力が出ていたため逆らおうなどという気持ちはみじんもわかなかった。元から逆らう気もなかったのだが。




「そりゃ、怖いよ、あんな魔法、見るのも初めてだし、、絶対に、、勝てっこないよ、、。」




ここに来て初めて、年相応の幼い言葉で話すラルーナをみて妖精はかすかに微笑みながら、今度は優しく諭すように話し出す。




「そうだね、今のままじゃ天地がひっくり返っても敵わないだろう。でもね君の努力次第ではあの魔物を倒すことができるかもしれない。」




「そんなの一体、、どうやって、、」




「妖精の魔力を使うのさ!君が星詠みの巫女になって妖精の魔力を纏って敵を討つんだ!それに、君はみたんだろう?あの魔物、、ラーナガルンの荒々しい魔法を!ってことはあとは君の努力次第さ。想像することができればあいつと同じ魔法を、さらに妖精の魔力を合わせるとそれよりも凄い魔法を放つことさえできるかもしれない!」




「私が、、あの魔物よりも凄い魔法を、、家族の敵を、、討てる、、?」




気づけばラルーナの体は、まるで戦に向かう前の戦士のように固くこわばっており、何か胸の中が熱くなったように気分が高揚していた。


手の届かないと思っていたあの魔物を、自らの手で屠ることができるかもしれない。降ってわいたせっかくのチャンスをここで棒に振るのはバカのすることだ、そう思った。


もちろんこれは、妖精が精神を多少操作しているから起こっている感情なのだが、ラルーナにそれは気づけない。


そもそも妖精が弄れる限界は、本当に際限がなく、弄ろうと思えば廃人のように精神を壊し、何でも言うことを聞く操り人形にすることだってできたのだが、今回妖精はそのようなつまらない真似をとるようなことをせず、多少回りくどくても心の奥に眠っているラルーナのもしかしたら、という気持ちを強く押し出すことで思考を誘導した。


あとは簡単だった、多少の助言を交えて解決策を提示すれば、簡単に墜ちた。


八歳の幼子がそれに気づけるかと問われれば、それは少々酷というものだろう。


そうやって妖精の手のひらで踊らされていることに気づけないラルーナは、興奮した口調でさらなる深みにはまっていく。




「それで、?生き返る方法っていうのはどうするの?もちろんお母さんやお父さん、村のみんなも生き返ることができるんだよね??」




完全に墜ちた。妖精は確信した、この質問を引き出すために策を打ったのだ。妖精にとってこの遊技の勝利条件は、ラルーナにこの質問をさせて完全に次の遊戯のコマに落とし込むことだった。この時点でもう九割ほど勝利は確定しているのだが、万が一ここでミスりでもすればせっかく状態のいい綺麗な魂のコマだったのが、壊れかけの廃人のコマに代わってしまう、それだけは許容できなかった。


なので、ミスがないように慎重に最後の仕上げを行っていく。




「残念ながら、今はラルーナ一人しか生き返らすことができない、、いくら人間より優れた量の魔力を持っているといっても人の蘇生、、まぁ厳密には蘇生じゃないんだけど、、とにかくそれには大量の魔力を使うからね。」




皆ここで一緒に生き返ることができるなんて甘いことは許してくれなかったらしい、ラルーナもうすうす感づいてはいたのだが、もしかしたらという希望に縋った結果、そんな都合よくはいかないらしい。


ただ妖精は今は、といった。ということは時間をかければ村のみんなを生き返らすことができるということだろう。


そんなことを考えていると、妖精がおもむろに両の手を空中に伸ばす、すると前方の景色が水面に石を落としたみたいに波紋が広がったかと思えば、その波紋の中に妖精の両の手が吸い込まれるように消えていった。


ラルーナが何事かと、その光景に驚愕して妖精の消えた両の手の場所を凝視していると、妖精はその波紋の中から何か玉のようなものを引っ張り出してきた。


その意味が分からない光景にラルーナが呆けていると、、




「どうしたの、ラルーナ、そんなに呆けた顔をして、、あぁこの魔法のことかい?便利だから君も覚えるといいよ!イメージとしては、この波紋の中にもう一つ別の空間をイメージするんだ!その空間に物を収納できることをイメージして空間を作るとこんな風に、、よっ!」




いたずらっ子のような笑みを携えた妖精がそんなことを言った後、次々と何もない空間から物が飛び出してくる、剣や鉄のヘルム、しまいには丸まる一本のへし折れた木まで飛び出してきた所で、ラルーナは床に尻もちをついた。




「はは、ごめんごめん度が過ぎたよ!とにかくこんな風にいろんなものを収納することができるから、覚えておいて損はないよ!」




「凄い凄い!!そんな魔法聞いたこともない!何でも入れることができるの?」




初めて見た魔法に興奮するように、ラルーナは矢継ぎ早に質問を飛ばす。


それに得意げになった妖精は胸を張ってから、




「これでも上位精霊だからねっ!無機物は収納できても有機物を収納することはできないよ!創造すればできるかもしれないけど、そうした場合、この空間の中に酸素だとか、光だとかを創造しないといけなくなるから使用魔力があがって逆に使い勝手が悪くなっちゃうんだ。それに入れれる物の限界はその使用者が作れる空間の大きさによって決まっている感じかな?その空間よりも大きい物を入れようとしても、当然だけど入らないよ!」




そうやっって余興で出したものの片づけを行いながら説明する妖精に、ラルーナは目を輝かせながら、必死に妖精の言ったことを聞き逃すまいと耳を傾けていた。


その瞬間だけは、魔法の勉強に熱心な頃に戻っているようで、妖精は廃人のような操り人形にしなくて済んだことを、自分の唯一神に感謝した。


そんなことを思いながら片づけをすました妖精は、最後に手に持った玉のようなきれいな紫色に輝く球体をラルーナに差し出すと、それを受け取らすように手に握らせる。


直径10C(せるち)ほどの何の凹凸もないその球体を手に持ったラルーナは、不思議な魅力を持つその玉からなぜか目が離せなかった。




「この球は妖収の魔玉と言ってね、倒した魔物の魔力をこの中に吸収することができるんだ。村の者たちはラルーナと違って死んでから時間がたっていたからね、集めた精神体を個別に分けている時間はなかった。だから、一つにまとめて僕が回収したんだけど、そうすると一つ不具合があってね、いっぺんに蘇らさせないと、今度は魂通しがくっついて上手く蘇生できないかもしれない。ラルーナ一人を蘇生させるだけで大半の魔力を使ってしまう僕の力じゃ全然魔力が足りないんだ。だから、ラルーナにも魔力集めを手伝ってほしい、村のみんなを助けるために、ここはひとつ頼まれてくれるかい?」




そういわれれば、ラルーナには断る気は起きなかった。


そもそも全員死んだと思っていたのが生き返るといわれたのだ、そのためなら魔力を集めるくらいわけもなかった。




「私にできることがあるならなんでもする!逆に他に手伝えることはないの?」




一も二もなく了承したラルーナはほかに何かできることはないのかと妖精に問いかける。


すると妖精は優しげな顔をしながら、




「あぁそれだけ手伝ってくれるだけでもだいぶ助かるよ!正直僕にもどれだけ魔力が必要になるかわからない、こんなこと初めてだしね。あぁそれとその魔玉を使うときは周りに人がいないところで使った方がいいよ!たいていの人は気にしないだろうけど、中にはもの好きもいるからね、盗まれないようにだけ頼むよ。無くしたその時は、、わかるよね?」




そうやってにこっと笑った妖精にラルーナは覚悟を持って頷く。もし無くすようなことでもあれば、村のみんなを生き返らせることができなくなる。態度で語られたその言葉は、ラルーナに恐怖を仕込むのに充分であった。これは、早急にあの空間魔法を覚えた方がいいかもしれない、ラルーナはそう思った。




「じゃ名残惜しいけどそろそろ一度お別れの時間だ。今後も会うときはこの精神世界で会うようにしよう!僕が君たちの世界に姿を現すと、いろいろ問題が起こるからね。」




そう言って苦笑した妖精は、おもむろに手のひらを虚空に向けるとそこにはいつからいたのか光の玉がふわふわと漂っていた。


ラルーナの近くまで移動してきたそれに手を近づけるとほんのり暖かいようでみていると不思議と気持ちが落ち着くようだった。




「これは?」




この球の正体がわからず尋ねるラルーナに妖精は説明する。




「それは微精霊、君たちの世界でもよく目にする、自我の薄い精霊だよ。これからラルーナの精神をこの微精霊に移す、そうしたら君は、自分の世界に帰り大木の根元に寝かせてある君の体に飛び移るんだ、それだけで魂はまた元の体に定着するはずだよ!あっ安心してね!君の体の傷はちゃんと全部きれいに直してあるから!」




そういって妖精は最後に「準備はいいかい?」と問いかけてくる。


数度の深呼吸の後、ラルーナは覚悟を決めて一歩を踏み出す。


死んでしまった家族を、親友を、村のみんなを生き返らせるために、たとえ少女が行おうとしていることが禁忌だったとしても、もう少女は止まれない。


たとえそれがすべて妖精の手のひらであったとしても。


もうそれしか、少女には縋れるものが残っていないために。




「絶対みんなが生き返られるだけの魔力を集めてくるから、それまでみんなをお願いね、妖精さん。」




そういうと妖精は不思議そうな顔をした後に、こらえきれないといった風に吹き出し、答える。




「そういえばまだ名前を名乗ってなかったよね!僕としたことがうっかりしてたよ。僕の名前は、エリス、今度からはそう呼んでよ!」




ここに来て初めて名乗る妖精に、ラルーナはあまりの遅さに文句の一つでも言おうかと思ったが、それはまた会った時に取っておくことにした。


今はもう余計なことを言うよりも、ちゃんと自分の体に戻れるのかの緊張でそれどころではなかった。


少しでも早くこの緊張から解放されようと、エリスに近づき準備ができたことを伝える。


そうやっていよいよ、エリスに微精霊の中に移してもらう直前にラルーナは世話になったエリスに感謝を伝える。




「本当に何から何まで、ありがとう!またね、エリス。」




初めて名前で呼ばれた妖精はくすぐったいように体を揺らしながら微笑むとこちらもまた感謝を伝える。




「僕の方だって、感謝しているよ!ありがとう!またね、ラルーナ!」




そうやって最後の挨拶を終わらせると、本格的にラルーナの体を微精霊に移す作業に集中する。


ラルーナの体がまぶしいくらい光った後に、その光が微精霊に吸い込まれていく。


そうやって光が収まると、ラルーナの姿はどこにもなく、微精霊の姿もそこにはなかった。




「いっちゃったか。」そう呟いたエリスは、窓から差し込む月あかりを全身で浴びながら怪しく微笑む。




「さてさて、次の遊戯はどんな展開になるのかな?君は僕たちの予想を超えていってくれるのかな、楽しみだよ。」




まだ見ぬラルーナへと降りかかる悲劇を想像し、エリスは楽しげに笑うのだった。

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