第7話 妖精の静かな思惑
「私のほかに生存者はいたの?」
やっとの思いでひねり出したその言葉は、恐れをはらんでいるような、それでもわずかばかりの期待も乗っているような声音で、確かな覚悟を決めて出した言葉だと、妖精にはすぐに分かった。
妖精は、他者の気持ちなど重んじない、自分勝手で勝手気ままな性格をしていると、この世界では言い伝えられているが、実際は違う。
確かに、微精霊などの自我の薄い妖精にはその傾向が強いが、今ラルーナの前にいる妖精は紛れもない上位精霊である。
妖精には、四つのランクがある。
まず自我の薄い微精霊、これは実態を持たず、光の玉のような形をしている、割と下界でも精霊魔法などの適正がある魔法職には直接見ることのできる一番ランクの低い妖精だ。この妖精はマナが満ちているところであればどこにでもいる妖精なので、人間には一番慣れ親しんだ妖精である。
次に中位精霊、一対二枚の羽が生えた自我を確立し、精霊魔法の使い手でも一生に一度、見えるか見えないかの気に入った者の前にしか姿を見せない、特殊な精霊だ。このランクになってくると数十年に一度、ひどい時で数百年に一度しか姿を見せないため、もはやおとぎ話の中の存在になっている。
そしてその上にラルーナが今対峙している上位精霊、そのさらに上が妖精王である。
中位精霊で自我を確立しているのだから、中位精霊より上は言わずもがな、よりしっかりとした自我を持っているため思考することができる。
そのうえで、この精霊は純然たる事実を伝えることに決めた。
ここで、彼女に生きる意味を持たすことは簡単だ、それでも後に残る垣根を残さぬように、その問題が残っていた場合の後のツケを払う方が、今ここで真実を伝えるより何倍もめんどくさくなるとわかっているかのように。
その妖精はしっかりと思考し、熟考したうえで、最適の答えを導き出す。
その答えが今のラルーナにとって一番聞きたくない言葉だとしても。
「断言するよ、ごめんねラルーナ....君の他にあの村で生き残っていた人間は一人もいないよ。」
もしかしたら、、そんな淡い希望はいとも簡単に打ち砕かれた。
頭が真っ白になり思考することを放棄する。
今この妖精は何と言ったのだ。脳が思考を処理するのを許容できない。
頭ではわかっていた。あんな魔物に襲われて友人、家族の遺体こそ見なかったが、何分小さい村だ。知り合いの死体を何度も見た。むしろ死体を見るたびにその人と過ごした思い出がよみがえり気分が悪くなったものだ。そんな惨状で、そんな災禍の真ん中で、自分と親しくしていた友人が、家族だけが生きているなんて幻想を抱いてはいけなかったのだ。
あの時、あの地獄の時を過ごした時、家族の死体がなかったからと言って、楽観的な思考を持ち合わせていた自分を、ラルーナは恨めしく思った。
何か言葉を返さなければ、他にもまだ聞きたいことは山ほど残っているのに、寸前で喉につっかえたかのように声が出せない。
その様子を見て、妖精は痛ましいものを見るような様子で極めて諭すような言い方で言葉を続ける。
「何回も、、見回ったんだ。村の外の山も、、だけど、、だけど死体以外は、、何も、、、ふふっ、、っと!」
「・・・・・??」
妖精は、思わず漏れてしまった笑みを慌てて無理やりに抑え込むと、悲しそうな顔に戻す。
ラルーナは悲しみにくれていたため、そのわずかにあった変化に訝しみはしたが、完全に気づくことができなかった。
その証拠に彼女は、この妖精をとりあえず信じてもいいと思えるようになっていた。
妖精なんて今まで見たこともないが、なぜか自分のことを知っている口ぶりだし、何より自分のために生存者を捜索してくれるなんていい妖精だと、そう思っていた。
「そっか、、ありがとう、助けてくれて、、ここはどこなの?」
笑顔なんてものは当然浮かべることなどできないが、妖精の気づかいに多少なりとも落ち着いた少女は、比較的やわらかくなった雰囲気を醸しながらたどたどしく妖精にそう尋ねる。
その少女の変化に満足げな様子を浮かべた妖精は、今度こそ笑顔を隠そうともせず自分の思い通りに進む展開に、機嫌よく答える。
「願わくば、君には笑っててほしいんだけど、今は多くを望まないよ。そうだねぇ!ここは君の精神世界ってところかな?説明するにはちょっと長くなるから簡単に言うと、君の精神に僕が入り込んでちょこっと住みやすいように改良をくわえたってわけさ!実体を持つ君は、今のところ、、そうだねぇちょっと言いにくいことになっているかもね、あはは。」
「精神世界?・・じゃあ今の私は、、本物の私じゃないの?」
「いや、その体は間違いなく君のものだよ!精神に肉付けはさせてもらったけどね!肉付けしないと精神世界ではただの光の玉になってしまうんだ。そんなの僕が我慢できなかった!やっと君とこうして顔を合わせることができるのにそれじゃ味気ないだろう?」
やはり自分のことを知っている妖精のその様子に、我慢できなくなった少女はずっと気になっていた質問を投げかける。
「私は申し訳ないけど、、あなたのことを、、、知らないの。、、あの、、えっと、あなたは誰なの?どうして、、私を知って、、るの?」
「やっと聞いてくれた!フフッ!僕は、僕たち月の妖精は、君のことが大好きなんだ!ラルーナ!ずっと会って礼をいいたかった!だから今日やっと言える、ありがとうラルーナ!」
そういって妖精はこらえきれないといった様子で、少女の周りをぐるぐると回りながら嬉しそうにキラキラと鱗粉のようなものを振りまく。
突然の感謝の言葉に驚いた少女は、意味が分からずうろたえながら聞き返す。
「どういうこと?全く意味が、、わからない。なんで私があなたに感謝されるの?」
「あはは、ごめん自分でも驚くくらい舞い上がっているみたいだ!いきなり感謝されても意味が分からないよね!順を追って説明しようか。そうだなーどこから話せばいいか。」
そういって妖精は考え込むように腕を組み、うんうんとうなっていた。
見れば見るほどきれいな妖精だと少女は思った。妖精の知識なんて、昔母が夜寝る前に読んでくれた絵本の中のことでしか知らない少女は、なんとなく今起こっていることが珍しいことなんだと楽観的に考えていたが、過去に上位精霊が人間に接触することなんて片手で収まる回数しかなく、それこそ物語の中の英雄や勇者と呼ばれるような者たちの前にしか姿を現していないので、それがどれだけ珍奇なことなのか今の少女には知るすべがないため理解できなかった。
そうこうしているうちに考えがまとまったのか、妖精は腕組みをやめて少女に向き直り話しを切り出した。
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