第5話 妖精遊戯

(ニクイ、スベテガニクイッ!)




魔物はすべてを憎んでいた。憎悪に染まった瞳で睨むのは、今しがた命を奪ったまだ幼さの残る顔をしたかわいらしい少女だ。


すべて滅ぼしたと思っていた村の中に、ぽつんと立っていた小さい少女に魔物は最初、妙に苛立ちを覚えた。


そのせいなのか幼い少女に使うには、ずいぶん過剰な魔法を使ってしまったせいで、予定よりずいぶんと魔力を消費した。




(ダガカンケイナイ、マッサツヲ!スベテノタイヨウのセイ(人間ども)ノマッサツヲ!!)




ふと、頭の中に疑問が浮かぶ、自分は何のために何と戦っていたのか、思い出そうとするとひどく頭が痛む。


今自分が憎いと思っている人間を思い浮かべると、憎悪があふれてくるのだが、何かがかみ合わない、そんな気持ち悪さがずっと頭に張り付いている。


そんな考えをめぐらす魔物の後方から、一体の妖精が飛んできた。




「やぁやぁずいぶんと暴れているみたいだね!しかしずいぶん派手にやりすぎたんじゃないかい?もうここら一帯は何も残ってやしないじゃないか!」




二対四枚の濡れ羽色の羽に、肌が浅黒く焼けた端正な顔立ちの妖精は、そう小言をもらす。


しかし、文句を言っている口調とは裏腹に、顔は頬が吊り上がっており、ご機嫌な様子なのが分かった。




(ダマレッ!ワイショウナ ツキノセイゴトキガ ワレニサシズスルナ!)




「おぉ!相変わらず怖いね君!その矮小な月の精が、君たち神獣を作ってること忘れてんじゃないかい?まだ正気は保っててくれよー?ちょっとこれから面白いことになりそうなんだ!」




(オモシロイコト?クダラン!マタキサマラオトクイノユウギカ?)




「ふむ、記憶が混同して不安定になってるね。覚えていることと負の感情がぐちゃぐちゃになって精神が壊れてきてる。やっぱりすべて操って傀儡にした方がよかったか?でもそれだと...」




ぶつぶつと急に独り言を始め、自分の世界に入ってしまった妖精に、魔物はイラつき吠える。




(キサマッ!ナニヲヒトリデブツブツトッ!ワレハキサマラノバンジョウノコマにナドッ、、グッワァァア!)




「うるさいなぁちょっと黙っててよ。今必死にどうすれば面白くなるか考えているんだから!」




妖精が上げた右手を振り下ろすと、魔物が地面に押しつぶされるように沈む。


はたから見れば魔物が頭を垂れているように見え、どっちが上か考えるまでもなく理解するだろう。




(グウゥゥクソガッ!)




魔物は妖精を射殺さんばかりに睨む。金色の瞳は血走っており憎悪が膨らんでいるのが妖精にも分かった。


それでも、いくら睨んだところで、体はピクリとも動かせない。それが魔物と妖精との力の差を物語っていた。




「そんなに睨まないでくれよ!君が悪いんだぜ?変に作りが細かいせいで精神操作も思ったより通らないし。」




魔物の子供が見たらショック死しそうなほど憎悪にまみれた目を、妖精は涼し気に、あるいは少し楽しそうにかわしながら、判決を下す。




「決めたっ!下界に降りてから予想以上に魔力を消費した君は、どちらにせよ休まなくちゃいけないし、僕のお気に入りの子がある程度大きくなって成長するまでは、君と勝負にはならないだろうから、一回君は封印しちゃおう!」




さも簡単に封印すると言ってのける妖精に、魔物は当然、抗議の声を上げる。




(フザケルナッ!ワレニハスウコウナモクテキガッ!人間ども(太陽の精)ヲマッサツスルモクテキガッ!、、グゥゥウゥ)




また頭痛に襲われて苦しんでいる魔物に、妖精は冷めたようなあきれた視線を向けながら、




「反転してるじゃないか。安心しなよたまには顔を見せに来るからさ!封印場所は・・そうだなぁ・・ちょうど君が削ってくれたあの山にしようか!」




そういって妖精は、後ろに見える山を指さした。


元は立派な標高を誇っていたその山は、暴風によって、一部の木が完全に禿げあがったり中ほどでへし折られており、その他の木も脇の方は比較的無事だが、無事なところの方が少ないほどの被害になっていた。




(フザケルナァ!ワレハフウインナゾサレンゾ!ワレニハスウコウナモクッ、、ガァアアァアァ!!)




何度も同じ事をうわごとのように呟く魔物に、妖精は上からかけている魔法の圧をもう一段階強くする。




「もういい加減黙れよ。僕もそれほど暇じゃないんだ、今から楽しい楽しい面会の時間なんだ。やっとあの子に会えるっていうのに君如きが僕の邪魔をするな。」




それまで楽しそうに話していた妖精の表情が一変し、路傍の石を見るような目で冷たく吐き捨てる。


その冷えた視線にさらされた魔物は、底知れぬ妖精の力に恐怖し、言葉を詰まらす。




「やっといい子になったね!やっぱり犬はそうでなくちゃ!犬が飼い主に噛みつくなんてことは、あってはいけないんだよ。」




自分のことを犬扱い、あまつさえ自分の手綱を握っているのは僕だといわんばかりの物言いに、さすがの魔物も我慢ならなかったのか、魔物の体が光を帯びる。




(トリケセッ!ワレガイヌダトッ!?キサマガカイヌシダト!?フザケルノモイイカゲンニシロ!ワレノアルジハ!ワレノ、、、ア、、ルジ、ハ、、)




だんだんと尻すぼみになって弱くなっていく言葉に、妖精は今日初めて憐みの表情を浮かべる。


言葉が弱くなっていくにつれて光を帯びていた体も、徐々にその勢いを弱めていった。




「やっぱり壊れてるんじゃないか君?肝心なところは覚えてないじゃないか!まぁその方が都合がいいからどうでもいいけどね。」




心底どうでもいいといった感じで吐き捨てる妖精の言葉も、頭痛にうめく魔物の耳には入らない。


今日一番の頭痛に襲われた魔物はもはや動ける状態ではなく、それを悟った妖精は静かに魔法を解いた。




「それが君の罰なのかもね。もういいよ墜ちた神獣にこれ以上何を望んでも仕方ない、なんにせよ君は僕たちの遊戯のコマになってもらうよ。」




最後にそう吐き捨てるともう話すことはないとばかりに妖精は、月に向かって体を向ける。


何が楽しいのかその顔には、口を閉じてても隠し切れない喜色が浮かんでいた。




「あぁ早く会いたいなぁ!もうちょっとだけ待っててねラルーナ!すぐに君に会いに行くから!」




そう言い残した後、妖精は魔物の首根っこをひっつかみ、重みなど感じないとばかりに引っ張り上げると、そのまま山の中に消えていった。

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