第297話 せめて、安らかに

 国際会議2日目も朝から始まり、晩まで続いた。


 結局、夜になって会議が終わってみれば、決闘裁判によって領土問題を解決するという事で決着が付いていた。


 帝国の要求は滅茶苦茶である。


 魔族軍と手を組んでヴァイラントを攻めようとしていたにもかかわらず、ゼルデリア北部を寄越せと主張しているのだから。


 それでも、帝国の意に沿わなければまた近い内に戦争になる――


 そういうギリギリのラインを各国がせめぎ合い、決闘であれば人的被害も無く、各国恨みっこ無しで決着が付けられるだろう、という妥協の結果だ。


 会議の終盤は細かい調整で話が進められ、帝国が決闘に勝利した場合、ゼルデリア北部を200年租借するという形に落ち着いた。


 帝国以外の三国が勝利した場合、魔族軍侵攻以前の領土に戻すという事で合意。


 決闘裁判は3ヶ月後、帝国の皇都エルヴァルドで行われる『帝国建国祭』の目玉イベントとして大々的に開催される事となった。


 参加者は各国代表者が2名ずつの計8名、1対1のトーナメント方式で雌雄を決する。


 魔法の使用は可能だが、観客を巻き込むような派手な魔法は禁止。


 また、飛翔魔法も上空からの一方的な戦いとなり得るため禁止。


 武器は神器の『剣』を含め、全て使用可。


 制限時間は一試合につき30分、どちらかが降参するか戦闘続行不能になったら勝負有り。


 制限時間内に勝負が付かなかった場合、各国が派遣する審査員の協議によって勝敗を決める。


 トーナメント中はアイテムの使用不可。


 相手を殺す事は禁止、殺してしまったら殺した側は失格。


 対戦相手は決闘の前日にくじ引きで決められ、同じ国の代表者同士が初戦で当たらないように配慮する。


「決闘にかかる費用は全て帝国が持つ」とサディアス宰相が申し出た時には各国首脳陣は驚いていたが、大陸中から大勢の見物客が押し寄せてくるから、その経済効果は運営費を差し引いても補って余りあると計算したのだろう。


 決闘裁判の正式名称は『大陸東部決闘裁判祭』、略して『決闘祭』である。


 決闘裁判なのに"祭"と称しているあたり、サディアス宰相の本音が隠されているような気がしてならない。


 全てがサディアス宰相の思惑どおり事が運んでいるようでいて、唯一彼の意に沿わなかったが龍門である。


 彼女は今日の会議は無断で欠席していた。


 どうやら早々に帝国へ帰国し、決闘祭に向けての特訓を始めたらしい。


 自分の事以外は全く眼中に無い所は以前の龍門となんら変わっていない。


 俺はその事に安堵する一方、彼女の執念が恐ろしくもあった。


 ともあれ、3ヶ月後の決闘祭までにやる事は山積みである。


 会議を終えた俺達は、その日は疲れ切った状態で宮殿で1泊すると、翌朝帰国する事にした。


 国王とトマス宰相はヴァイラントから連れて来た風魔法士の籠に乗って帰国。


 サディアス宰相は昨夜の内に出立したらしく、今朝にはもう姿がなかった。


 共和国の二人は馬車で帰国するらしい。


 シルヴェーヌ外務大臣は風魔法士なのだから空を飛んで帰ればいいと思うのだが、さすがに大統領一人を置いて一人で帰るわけにもいかないのだろう。


 別れ際、シルヴェーヌ外務大臣は密かに俺に耳打ちして来た。


「ペネロープ様の事、どうか宜しくお願いします。必要とあれば、ワタシが仲人を務めますので」


「要らんお世話だ。そんな事より大丈夫なのかよ、代表者選抜戦なんつっていい人材が集まらなかったら」


「その時はアイバさんを頼りにさせていただきます。それとも、エルス共和国の代表に鞍替えされますか? 我が国としては大歓迎ですよ」


「冗談だろ。俺はゼルデリア一筋なんでな」


「まあ、ソフィア様が羨ましい限りです」


「――アイバさん、そろそろ」


 ソフィアに促されて、俺達は宮殿前で別れた。


 俺はここへ来た時と同じようにソフィアを抱き抱えて、王都へ帰還する。


 ベーレン山脈を越えている最中、ソフィアがこんな事を言い出した。


「先ほど、シルヴェーヌ外務大臣と何のお話をされていたのですか?」


「別に。大した事じゃあない」


「そうでしょうか? 随分と仲が良さそうでしたけれども」


 ソフィアが上目遣いで責めるような視線を投げかけて来た。


「向こうが先に突っかかって来たんだよ」


「……アイバさんは優し過ぎます」


「どこがだよ? 俺は適当に話を合わせただけだぞ?」


「その適当さが彼女を喜ばせていたように見えたのです」


「どんな性癖だよ……」


 そんな下らない話をしていたら、山脈の尾根に花畑が広がっているのが見えた。


「わぁ……」


 ソフィアは目を輝かせて感嘆の吐息を漏らしていた。


 往路は曇り空だったから、ここまで見事な花畑は俺も始めてだった。


「ちょっと寄り道していいか?」


「? ええ、構いませんが……」


 真夏とはいえ山頂付近は寒い。


 俺はソフィアをマントに包ませて花畑に着地すると、いくつか花を摘み出した。


「そのお花、どうされるのですか?」


「高山植物なんて珍しいからな、渡したいヤツがいるんだ」


「……その方はアイバさんの大切なお方なのでしょうか?」


 なぜかソフィアの声が沈んでいるように聞こえた。


「大切っつーか……まあ、罪滅ぼしみたいなもんだ」


「罪滅ぼし……?」


 俺は摘み取った花を布でくるんで、ポシェットの中に入れた。


「待たせたな。さあ、行こう」


 ソフィアからマントを受け取り、俺がそれを羽織ると、ソフィアをそのマントの中で抱き抱える。


 再び空を飛ぶ事およそ数時間。


 昼過ぎにようやく王都へ辿り着いた。


 しかし俺は屋敷へは戻らずに、大聖堂近くにある丘へと着陸した。


「……ここは墓地、ですか?」


「あぁ。俺と一緒に異世界から転移して来たヤツが眠ってるんだ」


「あ……」


 その時、俺はどんな表情をしていたのだろうか。


 ソフィアは俺にかける言葉を失ったように放心していた。


 ここへ葬った五人のクラスメイト達の墓。


 そこへ並ぶように『イブキ・ヒカリ』と記されている墓地を発見した。


 鈴森達、きちんと埋葬してくれたんだな……


 俺はポシェットから高山で取って来た花を伊吹の墓前に添えた。


「遅くなってすまなかった。本当はもっと早くに来たかったんだが、こっちも色々あってな」


 俺が伊吹の墓前に語り掛けていたら、俺の隣にソフィアが来てその場にしゃがみ込み、墓前に手を合わせていた。


「伊吹、お前が死んだのは俺の所為だ。だから、赦してくれなんて言わない。その代わりと言っちゃあなんだが、二ノ森のヤツを見守っていてくれ。せめて、アイツが元の世界へ帰るその時まで――」


 俺は、それ以上の言葉を告げる事が出来なかった。


 すまなかったな、伊吹。


 本当に……


 せめて、安らかに眠ってくれ。


 俺は伊吹の墓石にそっと触れながら、心の中でそう祈った。

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