第298話 決闘祭特別委員会 前編

 ルイス国際会議が終了し、王都に戻った俺は翌日、クリスと共に王宮に呼び出された。


 呼び出し人はユリアーナ王女である。


 王女の使者はこの度、新しく立ち上げられた『決闘祭特別委員会』の委員長にユリアーナ王女が抜擢された事を告げて来た。


 俺とクリスはゼルデリアの代表なのだが、ゼルデリアは国家の体裁を成していない為、ヴァイラント代表者と一緒になって決闘祭を勝ち抜くつもりらしい。


 その方針自体に異存のなかったソフィアは、俺とクリスを王宮へ遣わせた。


 クリスと連れ立って王宮を訪れると、入口でロザリンデ少佐が出迎えてくれる。


「よう」


「やあ、アイバ。久しぶりだね。そろそろあたしの婿になる決心は付いたかい?」


「付くか、そんなもん」


「はは、まあ元気そうで何よりだよ。そっちの貴女がベルンバルデル家のご息女様だね?」


「お初にお目にかかります、"赤毛のロザリンデロートハーリヒ"。クリスティーナ・ベルンバルデルと申します。ご高名な魔法士の方にお会い出来て光栄の至り」


「そんな堅っ苦しい挨拶は不要だよ。普通に接してくれていいから」


 ロザリンデ少佐はカラカラと笑っていた。


「それじゃ、あたしに付いて来て。王女殿下がお待ちだからさ」


 そう言われて、俺とクリスは少佐に付いて王宮の2階にある会議室へと向かっていった。


 道中、クリスが俺に耳打ちして来る。


「アイバさん、ロザリンデ少佐とご結婚なさるのですか?」


「するわけねえだろ」


「そうなのですか? しかし、彼女の目は真剣だったように思います」


「軍の引退を考えているらしいからな。シャルンホルスト伯領に戻って俺に領地経営をさせたいんだと」


「なんとまあ……見事な立身出世ではないですか」


「だから俺にそんなつもりはないっての」


「――着いたよ」


 ロザリンデ少佐は会議室の扉をノックして、中に入った。


 俺とクリスも後に続く。


 部屋の中には会議用のテーブルと椅子が6つ並べられていた。


 その内の2つにはユリアーナ王女と鈴森が座っている。


「急にお呼び立てしてしまって、申し訳ありませんでした」


 ユリアーナ王女が謝意を述べていた。


「気にするな、決闘祭についての話なんだろ? 代表者同士が集まって話せた方が効率的だしな」


「ご機嫌麗しゅうございます、ユリアーナ王女殿下。ユレンシェーナ公爵家の使用人、クリスティーナ・ベルンバルデルです」


「クリスさん、ご無沙汰しております。その後、お変わりはありませんか?」


「はい。王女殿下より賜った精良なるお屋敷にて、我が主に誠心誠意ご奉仕させて頂いております」


「ふふ、そう畏まらずともよいのです。わたくし達はこれから国家の命運を賭けた同志となるのですから」


 国家の命運って、ヴァイラントじゃなくてゼルデリアの事だよな。


 王女とクリスが挨拶を終えると、鈴森が立ち上がってクリスに挨拶していた。


「初めまして、鈴森結奈です。異世界からやって来ました。相羽君とは、その……色々あった仲で、これからはもっと仲良くなる予定です」


 どんな自己紹介だよ、それ。


「初めまして、勇者スズモリ様。クリスティーナ・ベルンバルデルです。アイバさんは使用人としてわたしの部下であり、同時に剣の師匠でもあり、共に戦う仲間でもあります」


 いいから、クリスも張り合わなくていいから。


「挨拶はそれくらいにして、決闘祭に向けてこれからやるべき事を話し合いましょう」


 ユリアーナ王女に促されて俺達はテーブルに着いた。


 そのタイミングを見計らったかのように、王宮のメイドが俺達の前に紅茶を用意してくれた。


 ここにいる全員が決闘祭についての概要は聞かされているようで、ユリアーナ王女からの事前説明はほとんどなかった。


 つーか、この場にいる男って俺だけだよな。


 以前、星居が俺は女性に囲まれる星の下に生まれた来たとか何とか言われていたが、それが現実のものになりつつありそうでちょっと鬱だ。


「――どうかされましたか、アイバさん?」


 ユリアーナ王女が怪訝そうな顔で俺を見ていた。


「いや、何でもない。それより、ロザリンデ少佐はここにいていいのか? 要塞の方だってまだまだ安心出来る状況じゃないだろ?」


 魔族軍の大規模侵攻を二度撃退したとはいえ、まだ風魔将軍と魔王の軍勢が残っているはず。


 他の大陸侵攻もあるだろうから残りの戦力全てをヴァイラントにぶつけて来るとは思えないが、油断は出来ない状況であるのは間違いない。


「それなんだけどねえ……あたしはこの件、下りようと思ってるんだよ」


『えっ……?!』


 その場にいた女性陣が声を上げていた。


「あたしももう歳だし、"赤毛のロザリンデロートハーリヒ"なんて呼ばれちゃいるけど、それも昔の話。そろそろ引退も考えているのさ」


「そんな……」


 いきなり出鼻を挫かれた格好となったユリアーナ王女は意気消沈していた。


「殿下には申し訳なんだけどね、話を聞く限りじゃ帝国に寝返ったリュウモンには魔法が効かないんだろ? あたしは肉弾戦が苦手だし、あたしの魔法は会場ごと吹っ飛ばしちまうのばっかりで」


 さすがはヴァイラント一の火力を誇る魔法士だ、言う事のスケールがでかい。


「では、代わりにキルスティ大尉を……?」


 鈴森の問いに、しかしロザリンデ少佐は首を横に振っていた。


「キルスティは一人で複数を相手にするのが得意なんだよ。タイマンの肉弾戦はあたしと同じく苦手さ」


「なら、少佐の代わりは誰が務めるんだ? まさか鹿野や国見とか言わないよな?」


「カノウ達も魔法士じゃないか。それより、もっと適任がいるだろうに」


「その、適任とは……?」


 ユリアーナ王女は固唾を飲んでロザリンデ少佐の言葉を待っていた。


「――フィリーネ王女殿下だよ」

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