第296話 間奏曲

「アイバさん、リュウモンさんとのお話は終わったのですか?」


 宮殿の廊下で鉢合わせたソフィアはやや沈んだような表情でそう言っていた。


「あぁ。そっちは?」


「今しがた伯父様――陛下と明日の会議についての方針を決めて来ました」


「そうか。なら、情報交換とでもいこうか?」


「そうですね。でしたらわたくしの部屋で」


 そうして俺はソフィアの貴賓室へと招かれた。


 部屋のソファにソフィアと対面で腰掛ける。


「まずはわたくしの方から。やはり決闘裁判などという古典的な方法で国境線を決めるのはナンセンスである――という結論でした」


 まあ、普通に考えたらそうだろうな。


「ですが、どうしても明日の会議で決着がつかなかった場合、決闘も止む無しという事で落ち着きそうです」


「いいのか? 俺達が負けたらゼルデリアの北半分は300年間、帝国のものになるんだぞ?」


「『租借期間は明日の会議で100年まで減らそう』というのが陛下のお考えでした」


 100年も300年も大して変わらんと思うのは俺だけだろうか。


「仮に租借期間が300年で決まったとしても、その後の情勢変化によっては租借期間を短くする事も交渉次第で可能であると、トマス宰相も仰っていました」


 トマス宰相曰く、過去にもそういう例がいくつかあったらしい。


「もし決闘となった場合は、またアイバさんにお力を借りねばならないかと思うと、大変心苦しいのですが……」


 ソフィアは上目遣いで俺の顔を覗き込むんで来た。


「別に構わないさ。外交交渉なんざ俺には向いてないし、前にも言ったがソフィアへの恩返しが出来るなら本望だ」


「アイバさん……」


 ソフィアの瞳がしっとりと濡れているように見えた。


「――会議の件はわかった。次は俺の番だな」


 何だか空気が湿っぽくなって来た気がしたので、話題を変える事にした。


 俺は龍門と話した内容を、会議に関連しそうな部分だけ取り出して話した。


「彼女が帝国に伝わる神器の持ち主だったのですか……」


「あぁ。俺が『宝石』、鈴森が『鏡』、そして龍門が『剣』だ。これで決闘裁判という事になれば、三種の神器を持った異世界の人間同士が勝敗を決する事に可能性が高い」


 皮肉な話ではあるが。


「実力的にはリュウモンさんが一歩リード、という感じでしょうか」


「一歩で済めばいいけどな。俺には呪いというハンデがある」


「呪い……?」


 俺はドラゴンゾンビの呪いについて話した。


「そんな事が……今は大丈夫なのですか?」


「普通に生活する分には困る事はない。ただ、戦闘中に呪いが襲って来たら著しく集中力を欠く事になる。龍門と戦っている時に呪いが発動したらまず間違いなく負ける」


「……その呪い、どうにかして解けないのでしょうか?」


「今の所、勇者がレベルアップして解呪の魔法を覚える以外の方法はない。俺自身の力ではどうにもならないからな」


「もどかしいですね。わたくしでは何の力にもなれないなんて……」


 ソフィアは膝の上で両手を強く握りしめていた。


「気にするな。それより、もし俺が決闘で龍門に負けたら今度こそソフィアの元を離れる事になる」


「……? それはどういう意味でしょうか?」


 俺は龍門と誓った賭けについて話をした。


「どうしてそのような無茶な賭けを……呪いがあるのであれば、アイバさんの方が不利なのは明白ではないですか」


「そうでもしないと、アイツは何をしでかすかわからなかったからな。下手をしたら魔族よりも厄介だ」


「魔族よりも……? そんなに危険な方には見えませんでしたが……」


 ソフィアは豹変する前のリュウモンしか知らないからだ。


 あのヤンデレとも呼べそうな龍門はマジでヤバイ。


 俺を手に入れる為なら、ヤツは人殺しだっていとわないだろう。


 俺が自分で蒔いた種とはいえ、あんな風になっちまうなんてな……


「……アイバさん?」


 俺が難しい顔をしていたのだろう、ソフィアが心配そうに声を掛けてきた。


「いや、何でもない。そういえば、エルス共和国は決闘について何と言ってたんだ? 彼らがゴットフリー将軍級の戦士を集めるのは困難だと言っていたが」


「それについては血筋や種族、国内外を問わず広く決闘の代表者を募集して、共和国内で代表選抜戦を行うとドナルド大統領が仰っていました」


「共和国の国民じゃないヤツが決闘裁判の代表者になってもいいのかよ?」


「それを仰るのであれば、アイバさんもそうですよ?」


 ……確かに。


「代表選抜戦は共和国内で派手に行うそうですから、経済波及効果も狙っているとの事でした」


「あのオッサン、やる事がサディアス宰相と大して変わらねえじゃねえかよ」


「ドナルド大統領は財務省のご出身ですから、経済については人一倍思う所があるのでしょう」


 ソフィアはドナルド大統領の肩を持っているようだった。


 まあ、大統領は決して悪い人間には見えないし、共和国はゼルデリアと隣接しているから、仲良くしていても損は無いんだろう。


「――アイバさんからは以上ですか?」


「ん? あぁ、そうだな」


 神室達が帝国から出奔した云々はソフィアに関係ないし、伝えるべき事は全て伝えたはずだ。


「でしたら、わたくしから一つお訊きしたい事があります」


「なんだ?」


「リュウモンさんのお部屋から出て来た時、どうして顔が赤かったのですか?」


 ………………


 逆に俺も訊きたい。


 どうしてソフィアはそんな事を気にするのか、と。


 結局、答えに窮した俺は「龍門は寒がりで、真夏なのに部屋の窓を閉め切っていたからだ」と適当に誤魔化してソフィアの貴賓室を後にした。


 龍門を放っておいたらトラブルばかり増えそうだな……


 俺は頭を抱えながら自分の部屋へと戻った。

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