第294話 お嬢様と賭け事 前編
龍門の客室前には、なぜか衛兵がいなかった。
ゴットフリー将軍すら認めるその実力の前に彼女にそんなものは不要だったのか、それとも彼女自身が衛兵を拒んだのか。
まあ、俺の部屋前にも衛兵は置かないようにしているから、きっと後者なんだろうな。
「――誰?」
部屋の扉をノックすると、中から声がした。
「相羽だ。夜遅くにすまんが、どうしてもお前と話がしたくてな」
ややあって、扉が開かれた。
「……何の用?」
龍門は眉間に皺を寄せて、ゴキブリでも見るかのように睨んで来る。
「元の世界に戻る方法が見つかったんだでな、それを伝えに来た」
俺の事を嫌っている龍門と話をするには、コイツにとってのメリットを提示する方が手っ取り早い。
「……ウソではないんでしょうね?」
「そういう文献を見つけたってだけだからな、確証はない。だが、話を聞く価値はあると思わないか?」
すると龍門は小さくため息を吐いて、俺を部屋の中に通した。
客室は俺の部屋より少し豪華、ソフィアや国王の貴賓室よりかは質素といった感じだった。
「適当に座って」
龍門はぶっきらぼうに丸テーブル前の椅子を指した。
「そういうお前は座らないのか?」
龍門は部屋の壁を背にして佇んでいる。
長身に長い黒髪、姿勢が良くおまけに帝国の軍服まで来ているのだから、ただ立っているだけもこの上なく様になっていた。
「何されるかわからないから」
相変わらず、俺に対する信用度はゼロらしい。
ここは龍門の言うとおりにしておこう。
「お前、ケンプフェル要塞を出てからの2ヶ月間、帝国にいたんだな」
俺は椅子に腰かけると、龍門に質問した。
「答える必要はないわ」
「俺の質問に答えてくれたら、元の世界に戻る方法を教えてやる」
すると龍門は苦々しげに舌打ちをしていた。
答える気はある――と解釈していいだろうな。
「どうしてヴァイラントを抜け出して帝国に行ったんだ?」
「あの国ではこれ以上強くなれないと、そう思ったからよ」
「お前は強くなりたいのか?」
「この世界では強くなければ生き残れない、そうでしょう?」
……ま、確かにな。
「神室達も一緒にいるのか?」
「いいえ。彼らは先月、帝国を出て行ったわ」
「どこへ行ったんだ?」
「さあ? 知らないし興味もないわ」
コイツ、とことんクールだな。
「どうして神室達は帝国を出た?」
「興味が無いと言ったはずよ。本人に直接訊いて」
「心当たりくらいはあるんだろう?」
俺が問うと、龍門は逡巡した後、こう答えた。
「……わたしが気に食わなかったから、でしょうね」
「どういう意味だ?」
「彼らが王国を出た動機はわたしと同じ、強くなりたいから。でも、わたしは"とある方法"でゴットフリー将軍に勝ってしまった。それが彼ら――いえ、正確には神室君には許せなかったみたい」
コイツがゴットフリー将軍に勝てる方法があるとしたら、一つしかないだろうな。
「三種の神器、『剣』を手に入れたのか」
しかし、龍門は答えなかった。
「あれはゴットフリー将軍が所持していたものだろ? どうしてお前がそれを手にして、あまつさえゴットフリー将軍と戦うなんて事になったんだよ」
「…………はぁ。この質問にはいつまで答えればいいの?」
「お前がゴットフリー将軍と戦った経緯、それと俺を嫌っている理由を教えてくるまでだな」
その時、俺は龍門がわずかに視線を泳がせていたのを見逃さなかった。
「……わたしは将軍から神器を譲り受けたのよ。これはわたしにこそ相応しいって、そう言われて」
「やはりゴットフリー将軍も異世界から来た人間だったんだな」
「そこまではわからないけれど。とにかく、わたしの実力を認めてくれた将軍から神器を授かった。そして、その神器を使って将軍と模擬戦をした結果、わたしが勝利した。それだけの事よ」
そりゃ龍門が勝つだろうよ。
俺がゴットフリー将軍と引き分けたのは、彼が神器の『剣』を用いていたからだ。
もしあの『剣』が無ければ、俺だって将軍には勝てていたはずだ。
『剣』は魔法を無効化するチートアイテムだからな。
いくら魔法を無効化する龍門には、さすがのゴットフリー将軍といえども敵わないだろう。
「どうしてお前はそこまでして強くなりたいんだ? ただ生き残るだけなら士官学校の訓練だけでも十分だろ」
魔族と戦うなら話は別だが、そうでなければコイツはこの世界で生きていけるだけの実力を十分に持っているはずだった。
「不十分よ。士官学校の訓練だけではわたしはあなたに勝てなかった。そのあなたも魔族には完全に勝てなかった。どうしてわたしが生き残れるというの?」
魔族よりも強くならなければ生き残れない、か。
理屈の上ではそうなんだけどな。
どうにも他に理由があるような気がしてならない。
「なら、俺を嫌っている理由を教えてくれ。理由もわからず嫌われるのはあまり良い気分じゃないんでな」
「あなたという存在が生理的に受け付けない、それだけよ」
「ウソだな。俺とお前はこの世界に来るまでほとんど面識も無かったんだ。俺はクラスでも目立った存在じゃなかったし、お前が生理的に受け付けないというほどの関係性は無かったはずだ」
龍門は俺から視線を外し、少し俯いたようにして沈黙していた。
……何だ?
俺は何かを勘違いしているのか?
龍門とは高校2年になって初めて一緒のクラスになったんだ。
それから1ヶ月後にはこっちの世界に転移させられて来た。
その間、コイツとの接点なんてほぼ無いに等しい。
そもそも俺はコイツの顔と名前すら覚えていなかったのだから。
にもかかわらず、この世界に来たその日、要塞から王都へ向かう船で、コイツは船体に揺られて俺にぶつかって来った時には既に俺を嫌うような素振りを見せていた。
同じクラスになって1ヶ月の間に何の接点も無い人間を嫌うとは、ちょっと考えづらい。
だとすれば、俺と龍門はその前から知り合っていた……?
そういえば、王都のホテルで音羽から龍門について話を聞いた時、アイツはこう言っていた。
『彼女、実は養女で本当は龍門家の血を引いてないって話を聞いた事ある』
龍門財閥の孫娘と俺なんかじゃどうあがいても接点なんか無いのだが、もし彼女が龍門家に引き取られる前にどこかで俺と出会っていたのだとしたら。
そして、その出会いが彼女にとって好ましくないものだとしたら。
…………あぁ、そうか。
そういう事なのか。
俺は今頃になって思い出した。
「――お前、
それはかつて、俺が施設にいた頃に出会った女の子の名前だった。
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