第293話 ルイス国際会議 後編

「決闘裁判……?!」


 サディアス宰相の思わぬ提案に、その場にいた全員が驚愕していた。


 龍門ですらわずかに驚いた表情をしているのだから、彼女にとっても青天の霹靂だったのだろう。


「何をバカな事を……! 国家の領土を決めるのに決闘裁判などと時代遅れも甚だしい!」


 ドナルド大統領がいきり立って言った。


「時代遅れだろうと何だろうと、決闘によって公平に勝負が決まるなら誰も文句はありますまい」


「あるに決まっています! 貴国にはゴットフリー将軍が、ゼルデリアとヴァイラントには異世界から来た戦士たちがいる! 我が国が一方的に不利ではないですか!!」


「そうでしょうか? 例えばそこにいらっしゃるシルヴェーヌ外務大臣閣下、貴女も相当な魔法士をお見受けいたしますが?」


「ご過分な評価ですね。多少、風魔法が使える程度でワタシ如きではゴットフリー将軍の足元にも及びません」


 急に話題を振られたシルヴェーヌ外務大臣は、しかし謙遜してそれ以上は何も言わなかった。


「宰相閣下、さすがにそれは無茶な提案ではないでしょうか?」


 ソフィアがそう言うと、国王もトマス宰相も頷いていた。


「そうでしょうか? これは貴国らに有利な条件なのですよ?」


「どういう事でしょう?」


「考えてもみてください。貴国らは国家は違えど『魔族軍侵攻前の領土へ戻す』という意向は一致しているはず」


「それはそうですが……」


「つまり、この決闘裁判は実質的に、貴国ら三ヶ国と対我が国の3対1で行われる事になるのです」


「……!!」


 ソフィアは呆気にとられたように口を開けていた。


「……しかし、それでは貴国にどんなメリットがあるというのでしょうか?」


「もちろん、3対1でも勝つ自信があるからですよ」


 サディアス宰相はソフィアをなぶるようにニタニタと笑っていた。


 俺は思わずヤツに眼を飛ばし、牽制する。


「ククク、そこのアイバ殿も相当な実力者かと思いますが、こちらのリュウモン殿も負けてはおりませんぞ」


 その場にいた全員が龍門に注目していた。


「何せ彼女はゴットフリー将軍にも勝利した逸材なのですからな」


『な……!?』


 俺や法皇を含め、各国の首脳たちは絶句した。


 当の龍門は相変わらずの涼しい顔をしてその場に佇んでいるだけだ。


「2ヶ月前、アイバ殿はゴットフリー将軍と戦って引き分けたそうですな。ですが、こちらにはそのゴットフリー将軍とそれ以上の実力者であるリュウモン殿がおります。貴国らが束になっても勝てる見込みがあるかどうか」


 サディアス宰相、余程の自信があるんだろうな。


 でなければこんな提案、出来るはずがない。


「アホか。それのどこが俺達に有利だってんだ?」


 決闘となれば絶対に俺の出番だと思ったら、思わず口を挟んでいた。


「決闘はトーナメント方式で行いましょう。さすれば質的には我が国に有利でも数的には貴国らに有利。それとも、アイバ殿はリュウモン殿に勝てる自信がないのですかな?」


「さあ、どうだろうな。それよりリーグ戦とかバトルロワイヤルにした方が俺達に有利なんじゃないか?」


 サディアス宰相の挑発には乗らず、切り返してやった。


「それも悪くはありませんが、いささか盛り上がりに欠けましょう。この決闘裁判には一般客を呼び込んで派手に開催するつもりですからな」


 領土問題を解決する決闘裁判に一般人を巻き込むつもりか。


「――仮に、ですが。貴国がその決闘裁判に勝利した暁には何を要望されるおつもりですか?」


 ヴァイラント国王が問うた。


「もちろん、魔族領の北半分を領有――と言いたいですが、それでは貴国らも納得しますまい。ですので、ゼルデリア領の北半分を租借300年で手を打ちましょう」


「300年……?!」


 国王は姪であるソフィアの方を見ていたが、ソフィアは首を横に振っていた。


「300年はさすがに欲張りが過ぎるのでは?」


 シルヴェーヌ外務大臣が問うと、サディアス宰相はニヤけ面を崩さずこう言った。


「何と仰られようと、こちらも譲歩に譲歩を重ねているのです。これ以上はまかり通りませんな」


 サディアスが言うと、首脳陣は一様に黙してしまった。


 確かにサディアスは元の要望から譲歩はしている。


 しているのだが、それでも俺達は納得が出来ない。


 ヤツの事だ、きっと何か裏がある――


 そう思わざるを得ないからだ。


「――さて、議論も行き詰まってしまったようですね。今日はこれにて閉会としませんか?」


 唐突に法皇が告げた。


「し、しかし法皇様。まだ結論は出ておりません」


 ヴァイラント国王が法皇に食ってかかった。


「サディアス宰相のご提案をすぐには否定できないという事は、皆さんも一考に値するという事ではないですか?」


「それは……」


「ですので、一晩考える時間を設けてから明日、また会議を開こうではありませんか」


「ううむ……」


 国王は唸っていたものの、法皇の言う事は尤もだと俺も思った。


「皆さんも、異論はありませんね?」


 法皇の問いに、ある者は頷き、ある者は沈黙を肯定として返答していた。


「よろしいでしょう。本日の会議はこれにて閉会、明日の朝食後に再び会議を開きます。それでは解散――」


 法皇の一言で、早速サディアス宰相は龍門を伴って会議室を出て行った。


 法皇もそれに続いて会議室を出ると、残された三ヶ国の俺達は頭を抱えてしまった。


「……して、やられましたね」


 ドナルド大統領が呟いていた。


「はい。まさか決闘裁判などと言い出すとは夢にも思いませんでした」


 トマス宰相が同意する。


「一見、バカげた提案のように思えますが、各国が威信をかけた決闘となれば大勢の観客で賑わうでしょう。つまり――」


「――なるほど、サディアス宰相は決闘裁判による経済波及効果を狙っているわけですね」


 シルヴェーヌ外務大臣の言葉を、ソフィアが継いだ。


「決闘となれば当然、決闘場で行われる。帝国にはコロシアムがありますから、きっとそこでの開催を目論んでいるんでしょう」


「仮に帝国が決闘裁判で負けてもの国は経済的には潤う、と。全くしたたかな政治家ですね、あのお方は」


 トマス宰相の意見に、ドナルド大統領が肩を竦めた。


「決闘裁判となった場合、どなたが出席されるのですか?」


 ソフィアの問うと、一同沈黙してしまった。


「サディアス宰相の口ぶりからすると、各国2名の代表者を出させて戦わせるようでしたね」


 シルヴェーヌ外務大臣が言うと、国王が頷いていた。


「我がヴァイラントからはロザリンデ少佐と勇者スズモリの2名が最有力候補でしょうな」


 ま、妥当だろうな。


「ゼルデリアはクリスと俺か?」


「ええ……」


 俺がそう言うと、ソフィアは頷いていた。


「となると、問題はやはり――」


 トマス宰相がそう言って、ドナルド大統領とシルヴェーヌ外務大臣の方を見ていた。


「本当に参りましたね。どうして我が国には異世界の戦士やゴットフリー将軍のような強者がいないのでしょう?」


 ドナルド大統領はお手上げといった様子でおどけていた。


「外務大臣、あんたはどうなんだ? サディアス宰相から目星を付けられるくらいだ、相当な実力者なんじゃないか?」


 考えてみればこの人は20年前、赤子のパメラを抱えながらも一人でエルス王国を脱して見事に逃げおおせたんだ。


 少なくとも、魔法士としては並以上の実力を有しているはずである。


「先ほども申しましたが、ワタシ如きではゴットフリー将軍の足元にも及びません。それにもう歳ですから、体力が持ちません」


 歳って……30そこそこで随分と弱気だな。


 決闘ってのは何も力勝負だけが全てじゃない、経験を重ねた知恵というも立派な武器だろうに。


「……ふぅ。いけませんね、すっかりサディアス宰相の術中にハマってしまったようです」


 ソフィアが嘆息すると、一同苦笑いをしていた。


「そうですね、法皇様の仰る通りここは一晩ゆっくり考えてから結論を出した方が良さそうです」


 トマス宰相の言葉に同意した俺達は、その場を解散し夕食を食べる事にした。


 夕食にはサディアス宰相と龍門は出席しなかった。


 嫌われ者の自覚があるんだろうな、殊勝な事だ。


 ただ、どうしても龍門と話をしたかった俺は夕食後、彼女の部屋を訪ねる事にしたのだった。

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