第292話 ルイス国際会議 中編
魔族軍の遺領について会議の場で改めて確認された各国の要望は、事前に俺が聞いていた内容から変化は無かった。
ヴァイラントとゼルデリア、そしてエルス共和国の要望は要約すれば『魔族軍侵攻前の各国領土に戻す事』で意見が一致していた。
帝国だけが相変わらず『魔族領の北半分を寄越せ』と主張している。
議論は平行線をたどり、朝から始まった会議は夕方になっても決着がついていない。
全てはサディアス宰相が俺達の出す提案を悉くのらりくらりとかわし続けている
「――ですから、帝国に魔族領を領有する権利などないのです! あなたがたは魔族と手を組んでいたのですよ?!」
特にヒートアップしていたのはドナルド大統領だった。
彼は魔族軍と手を結んだ帝国に煮え湯を飲まされた恨みを晴らすかの如く、朝からこの調子で叫びまくっている。
俺はその内に彼の喉が枯れるんじゃないかと、どうでもいい心配していた。
「同盟相手がいなくなったのであれば、盟友たる我らがその領土を頂いても何ら問題はありますまい」
「問題だらけですよ!!」
ドナルド大統領はとうとうブチ切れて拳でテーブルを叩き出した。
けど、これはブラフだというのは俺にはわかる。
ドナルド大統領は議論を引っ張ってヴァイラントに切り札を出させようとしているのだ。
「落ち着いてください、大統領閣下」
場を取り成していたのは法皇である。
この人も大変だよな、自分と関係ない領土問題について仲裁に入ってるんだから。
まあ、それが大陸平和の一助になるのであれば、仕事としてのやりがいはあるのかもしれないが。
「そろそろ日が暮れてしまいます。ここらで休憩を挟んでは如何でしょう」
「――すみません、よろしいでしょうか?」
法皇の提案に口を挟んだのはトマス宰相だった。
「何でしょうか?」
「これ以上の各国の主張のぶつけ合いは不毛と存じます。そこで我がヴァイラントは大変遺憾ながら、ゼルデリア領の北半分を帝国に租借するという妥協案を提示いたします」
――来たな。
「租借、ですか?」
サディアス宰相は珍しく肩眉を上げて、可笑しそうにトマス宰相の言葉を反復していた。
「はい。貴国は不凍港が欲しいのでしたな? 租借という形であればゼルデリア北方領一時的にでも不凍港を領有出来るでしょう」
「確かに、この場を収めるにはよい案だとは思いますが、ゼルデリアとエルス共和国はそれでよろしいのですかな?」
「……異存はあります。本当なら貴国には租借どころか賠償金を払って頂きたいくらいなのですから」
ドナルド大統領は嫌味たっぷりに言っていた。
「ですが、これ以上議論に発展はしそうにありませんし、我が国が魔族軍に奪われた領土が返還されるのであれば、その妥協案にも乗りましょう」
ドナルド大統領は不承不承といった様子で提案に乗っていた。
まあ、これも演技なんだろうがな。
「ソフィア王女も、ですか?」
サディアス宰相に問われて、ソフィアは頷いていた。
「正直に申しまして、こんなに屈辱的な事はありません。この2ヶ月の間、二度に及ぶ魔族軍の大規模な侵攻に際し、どちらともほとんどアイバが一人で撃退しました。本来であれば、彼が王となり国を治めてもよいくらいです」
何を言い出すかと思えば、それはさすが言い出過ぎだろう。
「然るに貴国に領土を租借するなど屈辱以外の何物でもありせん。ですが、こうしている今もゼルデリアの難民達は各地で大変な思いをしているのです。彼らが一刻早く祖国へ帰れるのであれば、租借という妥協案も致し方ないと存じます」
「ふむ」
ソフィアの話を聞いたサディアス宰相は、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、顎髭を擦りながら何かを思案しているようだった。
「仮に租借となった場合、期間はどれほどを想定しているのですかな?」
「10年――と言いたい所ですが、それでは貴国は納得しないでしょう。25年で如何でしょうか?」
ソフィアが答えると、サディアス宰相は口を開けて大笑いしていた。
「はっはっは、なるほどなるほど。これは愉快ですな」
「……何が可笑しいのですか?」
「大方、帝国に資金を使わせてゼルデリア北半分を開発させようという魂胆なのでしょう。25年というのも、最大で50年くらいまでは交渉の余地を残しておいたのではないですかな?」
「滅相もありません」
ソフィアは淡々として答えていたが、内心では驚いているだろう。
サディアス宰相のヤツ、盗聴器でも仕掛けていたのか?
こっちの策がモロバレじゃないか。
「我が国としては租借案自体を否定はしません。しかしながら、期間は無期限とさせて頂きたい」
「無期限……?! 永久租借されるおつもりですか?!」
「不服ですかな?」
「当然ですっ。それでは実質的に帰国へ領土を割譲したのと同義ではありませんか」
「どのように解釈して頂いても構いません。これでも我が国は妥協しているのですよ? エルス共和国の南部地域は返還すると申し上げているのですから」
――やられた。
これではエルス共和国はゼルデリアに味方する動機が無くなってしまう。
結局の所、自国の国益を最大化するのが各国の思惑なのだから、エルス共和国としては南部地域が返還されれば文句のつけようがない。
「容認できかねます」
しかし、俺の考えとは別にシルヴェーヌ外務大臣がサディアス宰相の案を否定していた。
「ほう、それはなぜですかな? 貴国にとっては悪い話ではありますまい」
「これ以上、貴国の領土拡張を許せば将来の禍根となりましょう。もし永久租借などがまかり通るなら、我々は三国で軍事同盟を結び貴国に対抗する所存です」
シルヴェーヌ外務大臣、ここでカードを切って来たか。
一歩間違えれば戦争になりかねない危うい賭けだが、果たして――
「おやおや、軍事同盟とは穏やかではありませんな」
「それだけ大陸における帝国の影響力は大きいのです。これでも永久租借という主張を貫きますか?」
「ふむ……」
サディアス宰相は相変わらずニヤけた面をして、顎髭を撫でていた。
「戦争がお望みとあらばいつでも相手をしましょうが、さすがにゲートが開いている今、三国を相手にするのは得策ではありませんなぁ」
宰相はわざとらしい声を上げてそう言った。
「では……?」
「ですが、このまま50年程度の租借で会議を結論付けたとあっては皇帝陛下に大目玉を食らってしまいます。そこで――」
サディアスは右の口角だけを上げてこう告げていた。
「――各国それぞれの代表者による、決闘裁判にて結論を出すというのは如何でしょうか?」
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