第291話 ルイス国際会議 前編

 ルイス国際会議はその日の朝から始められた。


 場所は宮殿の2階にある大会議室。


 円卓のテーブルに法皇を中心として時計回りにヴァイラント国王、トマス宰相、ドナルド大統領、シルヴェーヌ外務大臣、ソフィアの順に座っていた。


 俺はソフィアの後ろに控えて、彼女に危害を加えさせないように睨みを利かせている。


 帝国の出席者は会議時間の間近になってもまだ現れない。


 到着を焦らして相手の心理的動揺を誘うのは常套手段かもしれないが、あのサディアス宰相がそんな小手先の手段を使うとも思えない。


 大方、トラブルでもあったんだろうというのが会議出席者の見解だった。


 そんな話をしていたら、会議室の扉が開かれ、サディアス宰相が姿を現した。


「――遅れて申し訳ありませんでした」


 彼はふてぶてしい笑みを浮かべながらも、謝意を込めた丁寧なお辞儀をしていた。


「もうすぐ会議が始まります。さあ、こちらのお席へ」


 議長の法皇に勧められてサディアス宰相は法皇の右隣りの席へと向かって行った。


 だが、俺が最も気になったのはサディアス宰相の後ろについて歩いていた人物である。


 どうしてコイツがここにいるんだ……?!


 ソイツは俺の背後を素通りして、サディアス宰相の背後に控えていた


「出席者が揃いましたのでこれより、魔族軍の遺領について会議を始めましょう。まずは各国出席者のご紹介を。ヴァイラント王国代表、国王ヴァルデマールⅢ世陛下――」


 法皇によって各国出席者の名前が順番に呼ばれていた。


 俺の名前が紹介された後、次に紹介されたのが――


「――オルフォード帝国客将、リュウモン・シズル殿」


 名前を呼ばれた龍門は軽く会釈していた。


 2ヶ月前、神室達と共にケンプフェル要塞を抜け出したと思ったら、こんな所でサディアス宰相と帝国の代表として出席しているなんてな。


 しかも客将とか呼ばれており、帝国の軍服を着用している。


 一体コイツに何があったんだ?


「――以上が本会議の出席者となります。さて、それでは本題に入りたいと思いますが――」


「――お待ちください」


 法皇が議題を進めようとしていたら、ドナルド大統領が手を挙げて進行を制止していた。


「何でしょう?」


「本題に入る前に一つ、はっきりさせておきたい事があります」


「と仰いますと?」


 法皇に問われたドナルド大統領はサディアスを方を向いて、こう言った。


「2ヶ月前の魔族軍によるヴァイラント侵攻の際、オルフォード帝国は魔族軍と同盟を結び、共にこれを滅ぼそうと画策しておりました」


 ドナルド大統領の突然の暴露に、会議室は騒然となる。


「それは本当ですかな?」


 議長の法皇がドナルド大統領に問い返していた。


「本当です。なにせ私自身がウィルフレドと名乗る魔族によってサディアス宰相に引き合わされたのですから」


 またもや騒然とする会議室。


「皆さん、静粛に。サディアス宰相、何か弁明はありますか?」


「弁明も何も、彼の言っている事は事実です」


 サディアス宰相は悪びれもなくそう言った。


「どうして、そのような暴挙を……」


「暴挙? これは心外ですな。帝国からすればあなたがたの存在自体が暴挙です」


 すると、ヴァイラント国王がやや苛立った様子でサディアス宰相に突っかかった。


「サディアス宰相。あなたの身勝手な行動により我が国は大変な損害を受けました。そこにいる彼――アイバがいなかったら被害はもっと広まっていたでしょう。どう考えても暴挙は帝国の方だと思いますが」


「やれやれ、まだお気づきにならないのですか?」


 相変わらず、持って回ったような言い方をするヤツだな。


「いつまでもこんな小さな大陸にこだわっているから、魔族軍にいいようにやられてしまうのですよ。仮に魔族軍を撃退出来たとしても、また数百年後には人類は壊滅の危機に晒される」


「今はそのような事を話をしているのでは――」


「そのような話をしているのですよ。よろしいですかな? もし、人間界に存在する三大陸全てを統一する事が出来なのなら――そして、その人類の総力でもってゲートの向こうにいる魔界に攻め込み、魔族を全滅させる事が出来たのなら――人類は恒久的な平和を享受できるのです」


「な、何を仰っているのですかあなたは……?!」


 サディアス宰相のあまりに途方もない野望に、この場にいる誰一人としてついていけていないようだった。


「帝国にとっては魔族軍の遺領など些末な問題に過ぎません。魔族との同盟もまた然り。全ては魔族を根絶させる為の布石に過ぎません」


「サディアス宰相、あなたは本気でその様な事を仰っているのですか?!」


「もちろんですとも。ゆえに世界のバランスブレーカーたるアイバ殿には、我が帝国の客将として勧誘したのです」


 サディアスは不敵な笑みを浮かべて俺の方を見ていた。


「要するに、俺を利用して魔族と戦わせようって魂胆だったわけか」


「どのように解釈して頂いても構いませんが、とにかく帝国の目指す理想は魔族のいない世界、恒久的な平和こそにあります。その為には多少の犠牲や裏切りなどは些細な事なのです」


 以前にサディアス宰相は大陸統一が国是だとは言っていたが、更にその先の未来すら見据えていたとは……


「――しかし、やはりわかりませんね」


 そう言ったのはシルヴェーヌ外務大臣だった。


「魔族を滅ぼしたいのであれば、どうして魔族と手を組んだのですか? 本末転倒ではないですか」


「帝国の理想を実現する為には、まずはこの大陸を制覇しなければなりません。その為に魔族軍を利用したまで」


「それでは、2ヶ月前に野営地で『これは軍事演習である』と仰っていた事はウソだったという事ですかな?」


 ヴァイラント国王がすかさずツッコミを入れていた。


「ウソではありません。魔族軍が撃退されてしまった以上、ヴァイラントを侵攻する気はありませんでしたから。あの時点では軍事演習をしていたのです」


 詭弁だな。


 今となっては理由などいくらでも捏造ねつぞう出来てしまうのだから。


「事情はともあれ、帝国が魔族軍と手を結んでいたのは事実です。であるからには魔族軍の遺領を巡って彼らがこの場にいるのは相応しくない。あまつさえ遺領の領有権を主張するなど厚顔無恥にもほどがあります!」


 ドナルド大統領は演説ぶった大仰なボディランゲージで帝国の非を訴えていた。


「はっはっは、これはな事を仰いますな。貴国とてヴァイラント侵攻に一役買っていたではありませんか」


「それは我が国が一時的に魔族軍の支配下に置かれていたからです。断れば首都を焼き尽くすと脅されては出兵せざるを得なかった……あなたの身勝手な野心と一緒にしないで頂きたい」


「先ほど『事情はともあれ』を仰っていたのは貴君のほうではありませんでしたかな? 事情がどうであろうともヴァイラント侵攻の為に兵を起こしたのであれば、貴国にも遺領の領有権を主張する権利などありますまい」


「魔族軍に奪われた南部地域は元々、我が共和国の土地でした。何もゼルデリアの領土を寄越せと言ってるのではありません」


「『元々』の話をされるのであれば、その土地とて我が国の前身たるオルフォード王国のものです。であれば、我々がその土地の領有権を主張しても何ら問題ない事になりましょうな」


「それは貴国との盟約によって旧エルス王国のものであると明記されています。その王国の土地を引き継いだ共和国が領有権を持つと考えるのが自然でありましょう」


 意外とやるじゃないか、ドナルド大統領。


 あのサディアス宰相相手に一歩も引いていないぞ。


「――お二人共、ご静粛に」


 議論が白熱して来た所で、法皇が冷や水を浴びせかけていた。


「帝国が魔族軍と同盟していたのはわかりました。その事を踏まえた上で、まずは各国の要望を確認する所から議論を進めましょう」


 さすがは大陸一の信者数を誇るシェプール教の法皇様だ、その場の空気を一変させた。


 さて、会議の本題はここからだ。


 どう出てくるんだ、サディアス宰相……?

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