第290話 外務大臣と亡国の王女

「どうしてあんたがパメラの事を知っている?」


 俺は率直に尋ねた。


「順を追って話をしましょう」


 言いながら、外務大臣がお茶を勧めて来たのでそれを一口飲む。


 一瞬、毒入りかと疑ったが、普通に美味い紅茶だった。


「エルス王国が共和国へ変わったのは、今から20年ほど前の事です」


 シルヴェーヌ外務大臣の話に寄れば、当時のエルス王家はひどい浪費家で、国民から税金を搾り取るだけ絞りとって、湯水のごとくそれを使っていたそうだ。


 当時、エルス王国は冷害による大飢饉が発生したのもかかわらず、王家は大した策も打たず、浪費を拡大させる一方。


 そこへ、とうとう国民の怒りが爆発して革命が起こり、王宮は陥落。


 ここに約1000年続いたエルス王国の王制が崩壊したのだという。


「1000年か。随分と長い歴史があったんだな」


 俺はそう言うと、シルヴェーヌ外務大臣は頷いていた。


「はい。我が国も元々は異世界から来た人間によって建国されたと聞き及んでいます」


 そうだったのか。


 ゲートが開くのが500年に一度だと仮定すると、前々回に発生した魔族軍との戦争後に建てられた国なんだろう。


「エルスの歴史はわかったが、それがパメラがどう繋がるんだ?」


「暴動によって王家は滅亡しました。国王、王妃、それに王族に連なる血縁者や王党派貴族は皆、国民の手によって処刑されたのです」


 国民が堂々と王侯貴族を処刑する、か。


 法も秩序もあったもんじゃないな。


「けれども、その中でたった一人だけ生き延びた者がいました」


「……まさか、その生き残りがパメラってんじゃないだろうな?」


 確かにパメラは今年で20歳だったはず。


 年齢的には無理のない話ではあるのだが――


「そのです。彼女の本名はペネロープ・フロランス・ド・エルス――つまり、エルス王家最後の血を受け継ぐ者なのです」


 …………なんだよ、それ。


 じゃあ、何か?


 パメラはソフィアと同じく亡国の王女で、それなのにヴァイラントで帝国のスパイなんかやらされて、挙句に難民村送りの罪人になったってのか?


 ……報われなさ過ぎるだろ、そんな人生。


「どうしてパメラだけ生き残ったんだ?」


「当時、女官であったワタシがこっそりと逃したからです」


「……あんた、見かけによらず大胆なんだな」


「王妃様に懇願されたのです。ワタシは泣き叫ぶ赤子を無理やりバッグに押し込め、血眼になって赤子を探す検問を逃れて、どうにか国外へ逃亡したのです」


 外務大臣の苦労が偲ばれるな。


 20年前と言えば、この人だって俺達の世界でいえば中学生くらいの年齢だろう。


 そんな子供が赤ん坊を抱えて国外逃亡なんて、常軌を逸している。


「よく一人で逃げられたな」


「ワタシは女官の中で唯一、飛翔魔法が使えましたから」


 それなら検閲も逃れられるか。


「けど、パメラはヴァイラント王国のゴルドヴァルドで拾われたんだぞ? どうしてそんな事になったんだ?」


「エルスから逃れて南下した当時のワタシはゼルデリア領に入りました。ですが、ゼルデリアには既に王女の手配書が出回っていたのです」


 必死過ぎるだろ、エルス国民。


 そんなに王家が憎かったのか。


「ゼルデリアにいる事もかなわなくなったワタシは、仕方なくヴァイラントまで逃れました」


「ケンプフェル要塞は越えられないから要塞北部の山脈を越えた。で、辿り着いた先がゴルドヴァルドってわけか」


 外務大臣は頷いていた。


 俺が以前、魔族領に侵入したのと同じルートを逆方向から来たのか。


「ですが、ゴルドヴァルドに辿り着いたワタシは病に侵され、とても一人で赤子を育てる事など出来なくなっていたのです」


 あの山を越えるのは、相当厄介だったからな……


 病気になった中学生が、一人で赤ん坊を育てるなんて無茶もいい所だ。


 当時の外務大臣は心身共に疲弊しきっていたのだろう。


「そんな時、ゴルドヴァルドで子供を欲しがっている夫妻の噂を耳にしました」


「それがメッツェルダー家、つまりハンゼル爺さんだったってわけか」


「はい」


 そうして彼女はパメラをあの金細工店の前に置き去りにしたのだという。


 彼女はゴルドヴァルドで静養して病からは快復したものの、すでにパメラを養えるだけの気力も財力もなく、パメラの成長を見守りつつゴルドヴァルドで10余年を過ごしたのだという。


 パメラが16歳の時に軍へ入隊したのをきっかけに、シルヴェーヌ外務大臣はエルス共和国へ帰国。


 その間に外務大臣にまで出世したのだというのだから、その有能さが際立っている。


「外務大臣になったのはヴァイラントとの外交を良好に保つ為――とどのつまりは、パメラを守る為か」


「はい」


 三国同盟も建前の事で、本音はパメラを守りたい一心だったのか。


 共和国の人間が聞いたら、国賊として罵られてもおかしくはない話だな、それ。


「どうして俺にそんな話を?」


「我が国のエージェントから報告があったのです。あなたが罪人となったペネロープ様を連れて難民地区へ向かったと。もちろん、エージェントはワタシの息がかかった者ですから、ペネロープ様の事も決して他言は致しません」


 ……帝国のスパイといい、共和国のエージェントといい、ヴァイラントはスパイ天国だな、ホント。


 そんなんだから外交下手なんじゃないのかね、あの国は。


「事情はわかった」


「それで、あなたは一体、ペネロープ様とどういったご関係なのでしょうか?」


 俺はパメラとの経緯いきさつを話してやった。


「そのような事があったのですか……」


「アイツは俺の事を命の恩人だとか言って、俺の部下になりたいとかわけのわからん事を言っている。可能ならあんたの所で引き取ってやってくれないか? 俺と一緒にいたってパメラの人生が良くなるとは到底思えない」


「……申し訳ありませんが、ペネロープ様を捨てたワタシが、今更彼女の前に姿を現す事など出来ません」


「あのな、そんなのはあんたがパメラに責められたくないだけ、我が身可愛さってだけだろ? 罪の意識があるなら、ゆるしを請いに行けよ」


 しかし、シルヴェーヌ外務大臣は口をつぐんだままだった。


「仮にだが、革命から20年経った今、王女が生きていると国民に知られたらどうなる?」


「そうですね……良くて監獄行き、最悪は処刑でしょう」


 20年経っても人の恨みは消えないってか?


 パメラ自身は何も悪い事はしてないのにな。


「あんたが俺にその話をしたって事は、俺なら絶対に他言しないという確信でもあったのか?」


「はい。エージェントからの報告や方々の噂、そして今日実際にお会いした結果、この方なら話しても大丈夫だろうという思いに至りました」


 アイバのネームバリューはエルス共和国にまで浸透していたのか。


「あんたは結局、俺にどうして欲しいんだ?」


「可能であれば、ペネロープ様と夫婦の契りを――」


「却下だ」


 なんでこの人までハンゼル爺さんと同じ事を言ってるんだよ。


「おかしいだろ、初対面の人間に大事な王女をめとれとか」


「あなたほどの実力があれば、生涯に渡ってペネロープ様をお守りして頂けるものと思いましたので」


 そりゃあ、今のエルス共和国軍くらいだったら難なく勝てるだろうけどな。


 だからといって、パメラの気持ちを無視していいわけじゃあない。


「俺がパメラに真相を話してもいいのか?」


「お任せします。今のペネロープ様であれば、きっと真実を受け入れるだけの度量をお持ちでしょうから」


 まあ、自分がハンゼル爺さんの子共でないと知っていたにもかかわらず、演技でそれを悟らせないくらいのタフさはあったけどな。


「…………はぁ」


 俺は盛大にため息を吐いた。


「申し訳ありません。大事な会議の前に、このような話をしてしまって」


「いいさ、別に。どうせ会議で共和国が有利に働くよう、俺をそっち側に引き入れたかったんだろ?」


「……さすがにお見通しでしたか」


 やり手の外務大臣様の事だ、異世界から来た俺という何をしでかすかわからない不確定要素を出来る限り排除しておきたかったんだろう。


「あんたの境遇には同情するよ。パメラを救ってくれた事にも感謝はしている。だが、俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。共和国の思惑には乗らないぞ」


「構いません。ですが、これでワタシの事は信用して頂けましたでしょうか?」


 ……ちっ、俺が他人を疑うクセがある事までエージェントってのは報告してたのか?


「……そのエージェントって、俺の知り合いとかじゃないだろうな?」


「さあ、それはどうでしょうか?」


 シルヴェーヌ外務大臣は少しおどけたように笑っていた。


 おいおい、やめてくれよ?


 パメラに続いて、また顔見知りがエージェントでした――なんて洒落にもならん。


 それから俺は外務大臣と別れて部屋を出ると、自室に戻って休む事にした。


 ソフィアもパメラも亡国の王女でありつつも、二人の間には決定的な違いがある。


 それは、ゼルデリアはまだ復活する余地はあるが、エルス王国が復活する可能性はほとんどゼロに近いという事だ。


 パメラ自身は何も悪い事はしていない。


 彼女を取り巻く環境が得てして彼女にとって不都合に働いているというだけで。


 パメラがこれから幸福な人生を歩む為には、どうすればいいだろうな……?


 そんな事を考えながら、俺は客室のベッドの上で深い眠りへと落ちていった――

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