第288話 会議前日 中編

 ヴァイラントの貴賓室から出た俺とソフィアは、続いてエルス共和国の貴賓室を訪れた。


 ソフィアが衛兵に名乗ると、すぐに中へ通された。


「――これはこれは、ようこそお出で下さいました」


 俺たちを出迎えたのはグレーの髪と瞳をした50過ぎくらいのオッサンだった。


 スーツ姿であり、トマス宰相とは違って華やかなオーラを放っている。


 そのオッサンの背後には影の薄い銀髪の女性が控えていた。


「初めまして、ユレンシェーナ公爵閣下。エルス共和国大統領、ドナルド・ル=クレジオと申します」


 ドナルド大統領は上品な物腰で会釈していた。


「初めまして、ドナルド大統領閣下。ヴァイラント王国ユレンシェーナ公爵のソフィア・エレオノーラ・フォン・ユレンシェーナです」


 ソフィアも貴族らしい優雅な仕草で会釈を返す。


「いやはや、お手紙では何度かやり取りをさせて頂きましたが、こんなにも聡明でお美しい方とは思いませんでした」


 ドナルド大統領は爽やかな笑顔で、嫌味の一つも無くそう言ってのけた。


「ありがとう存じます。わたくしもとても紳士な大統領閣下にお会い出来て光栄です」


 そうして二人は握手を交わしていた。


 俺はドナルド大統領に会うのは初めてだ。


 表向きは爽やかな紳士を装っているが、果たして内面はどうだろうか。


 ドナルド大統領は背後に控えていた銀髪の女性を紹介し出した。


「ご紹介が遅れましたが、こちらはシルヴェーヌ・フレミー、我が国の外務大臣です」


「お初にお目にかかります、公爵閣下。以後お見知りおきを」


 シルヴェーヌと名乗った彼女は簡素に会釈していた。


 年齢は30過ぎくらいだろうか。


 長いストレートの銀髪にグレーのパンツスーツ。


 表情は能面のようにクールで、何を考えているのか、パっと見はわかりにくい。


 30そこそこで外務大臣になったからには相当なやり手だと思われるのだが、果たしてその手腕は――


「初めまして、シルヴェーヌ大臣閣下。まだまだ若輩者の身ではありますが、どうぞよろしくお願いします」


 ソフィア達が挨拶を終えると、次に俺の紹介を始めた。


「こちら、アイバ・ナオタカと申します。異世界から来られた方で、今回は故あってわたくしと共にゼルデリア王国の代表として会議に出席いたします」


「アイバ……? では、彼が噂の――」


 ドナルド大統領はしげしげと俺の事を眺めていた。


 噂というのは魔族軍を一人で撃退しただの、エルス共和国軍を脅してヴァイラントと同盟せよと言っていただの、そんな所だろう。


「噂はあくまで噂だ。今、あんたの目の前にいる俺が全てだろ」


「そうですね、これは失礼いたしました」


 大統領は丁重に謝罪していた。


「では、挨拶はこれくらいにしておきましょう。さあ、こちらへどうぞ」


 大統領に案内されて、ソファに座るソフィア。


 大統領はソフィアの対面に座ると、彼の隣にシルヴェーヌ外務大臣が腰かけた。


 俺はさっきと同じようにソフィアの後ろに佇む。


「アイバさんもどうぞお掛けなってください」


 大統領に促されるも、俺は首を横に振った。


「いつ、どこから襲撃があるともわからんからな。悪いがここで控えさせて貰う」


「はは、これは頼もしい。お姫様を護る騎士ナイトというわけですな」


 若干小馬鹿にされたような気がしなくも無かったが、そんな事で一々腹を立てていてはこれから交渉など出来まい。


「大統領閣下、先ほどヴァイラント王国のトマス宰相より、ゼルデリア北半分の租借についてのお話を伺いました」


 ソフィアもお姫様扱いされた事に腹を立てた様子もなく、粛々と話し合いを始めていた。


「ええ、私もつい先ほど。正直に申しまして、これ以上帝国の領土が広がるのは我が国としては望ましくはありません」


 帝国の国力はヴァイラントの数倍はある。


 そのヴァイラントよりも国力で劣るエルス共和国、しかも共和国は帝国と直に国境を接しているから、帝国の領土拡張を良しとするはずがない、か。


「そのお気持ちはわたくしも同じです。一方で、帝国の主張を無視すればゼルデリアはおろか貴国も武力によって制圧されかねません」


「仰る通りです。ですので、ここは一つ同盟を結んで対抗しようというのが我々共和国の意向なのです」


 ふと、大統領が俺の方を一瞥して来た。


 前に俺が脅したエルス共和国の将校は、きちんと俺の意向を上層部に伝えたようだな。


「同盟というのは貴国とゼルデリアの二国間で、という事でしょうか?」


「いえ、ヴァイラントを加えた三国による軍事同盟です」


 三国同盟はガブリエル戦争の時にも結ばれた盟約だったっけ。


 所謂いわゆる合従がっしょう策というヤツだな。


 弱い国々が集まって強国に対抗しようという、古典的な外交政策である。


「同盟は我がゼルデリアとしても望む所です。しかしながら、わたくし達が軍事同盟を結ぶとなると帝国の闘争心に火を付けかねません」


「はい。ですのでこれは『もし帝国が武力で我々を侵攻しようとすれば、こちらも軍事同盟によって抵抗するぞ』という意趣返しなのです」


 なるほど、それなら帝国に対すてもいい牽制になるな。


「それはヴァイラント王国も承知しているのでしょうか?」


「ええ、先ほどお話しさせて頂きました」


 俺達は国王やトマス宰相からは何も聞いていない。


 どうせ大統領から話を聞かされるという事で黙っていたのか。


「我がゼルデリアとしても是非お願いしたい所ではあります。あるのですが――」


「ふむ? 何かご懸念でもおありでしょうか?」


 ソフィアの言い方に引っかかったのか、大統領は小さく首を傾げていた。


「懸念、というほどではありません。この策をお考えになったのは大統領閣下でしょうか?」


「いえ、こちらにいるシルヴェーヌの立案によるものです」


 シルヴェーヌは恐縮とばかりに小さく会釈をしていた。


「そうでしたか。シルヴェーヌ大臣閣下、感謝いたします」


 ソフィアも会釈を返していた。


「――一つだけいいか?」


 俺が会議の場に口を挟んだ。


「何でしょう?」


「同盟自体には賛成だ。だが、もう一ヶ国加えて貰いたい」


「ほう、それはどの国でしょう?」


 大統領が興味深げに問い返して来たので、俺は意気揚々と答える事にした。

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