第241話 真実と断罪 ※side ボーデンシャッツ公
王都ヴァルデンブルクの王宮、その王室にてジルヴェスター・エマヌエル・フォン・ボーデンシャッツ公爵は窓から戦闘の様子を眺めていた。
裏切者が出たのか王都の東城門は易々と突破され、現在は既に王宮前の門も突破されようとしていた。
国王軍がここへなだれ込んで来るのも時間の問題だろう――
しかし事ここに至って尚、ボーデンシャッツ公は不敵に
色白の金髪碧眼、30代半ばとは思えないほど若々しい外見をしていたが、身体は重病に侵されており、彼の余命は幾ばくも無い。
所領のゴルドヴァルド金鉱山はもうすぐ枯渇し、彼の資産も今回のクーデターによる戦費によって底を尽き欠けている。
両親も、愛する姉イレーネも、家族と呼べる者達は皆他界してしまった。
それでも――
それでも彼は、嗤うのだった。
これであの忌々しい国王ヴァルデマールⅢ世に一矢報いる事が出来たのだから。
人も、金も、身体すら失ったとしても、ジルヴェスター・エマヌエル・フォン・ボーデンシャッツという人間がクーデターを起こし、一時的でも成功させたというのは人々の記憶に残る。
そして、歴史に刻まれる。
それこそが余命短い彼に出来る復讐、姉イレーネの無念を晴らし、自らを断罪する唯一の方法だった。
「――閣下、至急報告したい事があります!」
ボーデンシャッツ公のいる部屋の扉が慌ただしく叩かれていた。
「入れ」
「失礼します!」
部屋に入って来たのはボーデンシャッツ公がゴルドヴァルドから連れて来た家臣である。
「間もなく敵軍が王宮内に侵入して来ます! ここは我らが食い止めますゆえ、早く脱出を――」
「よい」
ボーデンシャッツ公は敬礼したまま騒がしく報告する家臣を一喝した。
「――はっ?!」
「私の身体の事は知っているだろう。この期に及んで生きながらえようとは思わない。これまでよく私に仕えてくれた。君達は大人しく国王軍に降伏したまえ。命を無駄に散らすな」
「閣下……」
それでも家臣は足を動かす事なく、敬礼の姿勢でその場で固まっていた。
「これは命令だ、兵をまとめて投降せよ」
「しかし――」
「行けっ!!」
「――――――――失礼しますっ!!」
家臣は苦々しい表情を噛み締めながら、ようやく部屋から出て行った。
ボーデンシャッツ公はこんな自分にここまで付き従ってくれただけでも家臣達には感謝の気持ちを抱いていた。
元より彼は優しい性格だった。
幼い頃より病弱で、2歳年上の姉イレーネはそんな彼の面倒をよく見てくれた。
ある時、彼は自分の病気の所為で姉の自由を奪っているのではないかと問い詰めた事があった。
その時、イレーネはこう言ったのだ。
「病気の人の苦しみがわかるあなたは誰よりも優しい子。だから父の跡を継いだら、同じように病で苦しんでいる人の助けになってあげてね」
ボーデンシャッツ公は姉のその言葉に救われ、立派な領主になる為に勉学に励み、病気に負けない身体作りを始めた。
だが――
姉イレーネが19歳の時、王太子ヴァルデマールⅢ世との婚約が決まった。
その翌年にはイレーネは王家に嫁いでいき、更にその翌年には可愛らしい女児を出産した。
若きボーデンシャッツ公は愛する姉の幸福を複雑な心境で見守っていたのだが、7年前、全てが一変する。
父の遺領を継いだボーデンシャッツ公の元へ、オルフォード帝国から一人の使者がやって来たのだ。
その男の名はサディアス・ブラックバーン。
ガブリエル戦争が終結したばかりの微妙な時期に、帝国宰相が直々に訪ねてくるとは何事かと思ったボーデンシャッツ公だったが、なんとサディアスは国王ヴァルデマールⅢ世には愛人がおり、あまつさえ子共まで作っているとの情報をもたらしたのだった。
なぜ、帝国宰相がそんな事を知っていたのか?
なぜ、そんな事をわざわざ自分に伝えに来たのか?
いや、それよりもその話が本当なのだとしたら姉は国王に騙されている事になる――
ボーデンシャッツ公は直ちに事の真偽を調べさせた。
結果は黒。
国王ヴァルデマールⅢ世には愛人がおり、子供もいた。
但し、愛人の方は既にこの世になく、子共の方は士官学校に入学し、非情に優秀な成績を収めているとの事だった。
彼はすぐにこの事実を姉に
それが間違いだったと気付いたのは、姉がその後間もなく精神錯乱を引き起こして亡くなってしまった後だった。
真実を知らずに、偽りの幸福を生きるべきだったのか。
真実を知り、失意の内に世を去る方が正しかったのか。
ボーデンシャッツ公は未だにその答えが見出せずにいたが、己自身については真実を知って自身と国王に罰を与える道を選んだ。
「――ジルヴェスター・フォン・ボーデンシャッツ、大人しく縄につきなさいっ」
勢いよく王室の扉が開かれたかと思いきや、王室近衛兵中隊長代理のオクタヴィア少尉が部下を引き連れて現れた。
王室近衛兵はボーデンシャッツ公を守るのが役目のはずであったが、彼女は部下共々裏切りを計ったのだ。
「ユリアーナ王女はご無事ですか?」
「……あなたに心配される謂われはありませんが、すでに保護してあります」
「そうですか」
ボーデンシャッツ公は腰に携えていた剣を捨て、両手を上げて降参の意を示した。
「確保っ」
オクタヴィアの命により王室近衛兵達がボーデンシャッツ公に襲い掛かるや否な、彼は両手を縛られ身体の自由を奪われた。
「ボーデンシャッツ公……一体、なぜこんな無謀な事を?」
オクタヴィアがボーデンシャッツ公に問いかける。
「無謀? これは必然ですよ。こうなる事が私の運命だったのです。7年前のあの時から」
「7年前……?」
「――少尉、ディートリヒ中将がお呼びです」
オクタヴィアは一瞬つまらなそうに顔を歪めたが、すぐにいつものクールフェイスに戻っていた。
「わかった、すぐ行く。ボーデンシャッツ公は丁重にお連れなさい。辱めるような真似はわたしが許しません」
オクタヴィアはそう言い放つと部屋を出て行った。
ボーデンシャッツ公も近衛兵に連れられる形で部屋を出る。
彼がクーデターを成功させてから9日間後、その短すぎる天下はここに幕を迎えたのだった。
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