第242話 空を奔る雷撃

 王都市街戦が始まってから早数時間。


 俺は全身汗だくになりながら市民救助を行っていた。


「誰か! まだあの子が中に――!!」


 民家に火の手が上がり、火災が発生していた。


 その家の中に子供が取り残されているようだ。


 子供の母親らしき若い女性が火事の家へと入ろうとしているのを、周囲の人間が必死で止めていた。


「そこで待ってろ、俺が行く」


 俺は女性の前に飛び出して背中越しにそれだけ言うと、布で口元を覆った。


 それからミスリルの小手を前面に出して、炎に飲まれている家へと突撃する。


「――おい、誰かいるのか?! いたら返事をしろ!!」


 焼けつくような熱気の中、俺は必死に子供を探す。


「…………ぅぁ~~ん!」


 どこかで子供の泣き声がする。


 どこだ……?!


 周囲を見渡しても、子供の姿は見えない。


「おい、答えろ! どこにいる?! このまま焼け死にたいのか?!」


 すると、ドンドンとどこからか物音が聞こえて来た。


 2階か?!


 俺は階段を駆け上がり、2階の物音がしたと思しき部屋に入る。


 再びドンドンと何かを叩く音が聞こえて来た。


 しかし、部屋を見渡しても誰もいない。


「おい、どこだ?! 返事をしろ!!」


 またしてもドンドンと音がする。


 …………クローゼットの中か!


 俺はクローゼットを勢いよく開けると、泣きべそをかいて縮こまっている小さな男の子を発見した。


「助けに来た。どこか痛い所とかあるか?」


 男の子は俺に怯えた様子を見せながらも、ブンブンと首を横に振っていた。


「よし、俺にしっかり掴まってろよ」


 俺は男の子を抱きかかえると、窓に向かって突進し、そのまま窓を突き破って外に出た。


 指輪の飛翔魔法を使って宙に浮いたまま、静かに着地する。


「あぁ、坊や!!」


 子供の母親が俺に駆け寄って来たので、男の子を母親に手渡してやる。


「ママぁ~!!」


 親子は泣きながら抱き合っていた。


「何とお礼を言っていいか――」


「そんな事はどうでもいい。それより早く消化活動をしないと火事が燃え広がるぞ」


「そ、それでしたら――」


 母親が指差した方向から、独立魔法大隊の法衣を来た魔法士が数人、こちらへ向かって走って来ていた。


「『放水雨ウォーターシャワー』!」


 魔法士達は一斉に魔法を唱えると、大量の水が土砂降りのように降り注ぎ燃え盛る家を鎮火させていった。


 なるほど、消火用の魔法ってのもあるのか。


 ――って、感心している場合じゃないな。


 次の被災者を探さないと……


「お、おい! アレを見て見ろ!!」


 民衆の誰かが叫んでいた。


 俺もつられて周囲の人々が見上げている方角を見ると、王宮に掲げられていた黄金の鹿をシンボルとした旗が下ろされ、『鏡』を模した円形の旗にげ替えられていた。


「……ぅおおおぉぉぉ!! クーデターが倒されたぞぉぉぉ!!!」


 わぁぁぁあああぁぁぁぁぁ…………!!!


 あちこちで歓声が上がっていた。


 午前中に始まった市街戦は、夕方近くになって終わりを迎えていた。


 その間、俺は動きっぱなしではあったが、少なくとも市民の死者が出たという話は聞いていなかった。


 これでボーデンシャッツ公の私兵達も大人しくなるだろうし、一先ずは安心――


「おい、アレは何だ?!」


 また、誰かが叫んでいた。


 クソ、今度は何だ――?!!


 俺が声の主が指差した方向を振り向くと、空に向かって電撃が走っているのが見えた。


 アレはソフィアの合図か……?!


 ちっ、ようやく戦闘が終わったかと思えば、まだ屋敷の方では騒ぎが続いていたのか!


 俺は指輪の飛翔魔法を使い、屋敷へと急行した。


 電撃は断続的に放たれており、少なくとも魔法を放っているソフィア自身は無事である事はわかるが、クリスやヒルダ達に何かがあったのかもしれない。


 屋敷の上空に着くと、2階窓から雷撃を放っているソフィアを発見する。


 俺は窓に近付いてソフィアに話し掛けた。


「おい、何かあったのか?!」


「アイバさん、気付いて下さったのですね」


「これだけ派手に魔法をぶっ放してりゃイヤでも気付く。それより何があった?」


「キルスティ大尉がこちらへいらしていて、アイバさんを呼んで欲しいとの事でしたので」


「………………それだけか?」


「そうですけれど……えぇと、何か不味かったでしょうか?」


 俺はがっくりと肩を落としてそのままフラフラと屋敷の庭へと流れて行った。


「あ、アイバさん?!」


 市民救助活動で疲れ果てているのに、ここへ来てそんな緊張感の無い用事で呼び出されて力を出せという方が無理だろう……


 俺が屋敷の庭に流れ着くと、誰かにそっと抱き留められていた。


 シャープでほのかに甘い香り。


 この匂いは――


「お帰りなさい、アイバさん」


 匂いの主はクリスだった。


 今回は屋敷での戦闘はほとんど無かったのだろう、兵士の遺体も無ければクリスも無傷のようである。


「……よう。こっちも無事だったみたいだな」


「はい。何人かの傭兵崩れが襲い掛かって来ましたが、あっという間に返り討ちにして屋敷の外へに放り出してやりました」


「はは……そりゃ良かった。稽古の甲斐があったのかね」


「えぇ、もちろん。そういうアイバさんは随分とボロボロですね……そんなに激しい戦闘があったのですか?」


「いや、戦闘自体は大した事無かったんだがな。市民救助が難航して――って、いつまで抱き着いてるんだ」


 俺はクリスから離れると、彼女は余裕たっぷりに含み笑いをしていた。


 ……まぁ、前回のように傷だらけで寝込まれるよりかは数百万倍マシだがな。


「キルスティ大尉が屋敷に来ているらしいな?」


「えぇ。応接間でお待ちに――って、あら……」


 クリスが頬を赤らめて屋敷の方を見ているかと思えば、キルスティ大尉が張り付いたような笑みを浮かべて窓の向こうから俺達の様子を伺っていた。


「……変な誤解されてなきゃいいけどな」


「うふふ、それはそれで面白そうですね」


 クリスのヤツ、以前とは違って随分と柔らかい雰囲気になったよな。


 背中を預けられる人間がいるってだけで、これほど人は変われるものだろうか。


 最初に会った時、屋敷の玄関で彼女に殺されかけた事はもはや笑い話にしかならないだろう。


 そんな事を考えながら、俺は屋敷の中へと入って行った。

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