第243話 戦後処理 前編

 俺はキルスティ大尉の待つ屋敷の応接間に向かっていた。


 クリスはまだ情勢が落ち着いていないという事で、引き続き庭で睨みを利かせている。


 軍服の黒髪美女がレイピア片手に屋敷の庭をウロウロしているのはさぞかし異様な光景だろうが、今が異常事態である事を考えれば不審に思うヤツもいるまい。


 俺が玄関に入ると、階段の上からソフィアとレナが下りて来た。


「お帰りなさい」


 俺の姿を確認するなり自然と笑顔になるソフィアを見て、俺は内心複雑な思いを抱いていた。


「よう」


「キルスティ大尉の所へ行くのでしょう? わたくしも同行します。レナはお茶の用意をお願いします」


「はい」


 レナはソフィアに一礼した後、一瞬だけ俺を睨み付けてから厨房へと引き下がって行った。


 あんな風に睨み付けなくても、ソフィアには何もしないっての。


 相変わらずレナはソフィアにべったりである。


 俺はソフィアに続いて応接間に入るとキルスティ大尉がソファに座しており、大尉の後ろにはパメラが佇んでいた。


 キルスティ大尉は立ち上がり、ソフィアに対して一礼する。


「どうぞ、そのままお掛けになって下さい」


 ソフィアはキルスティ大尉達を座らせると、自身もその対面のソファに座らせていた。


 俺はまだ一応従者だったので、ソフィアの後ろに控えて立つ事にする。


「この度はこのような情勢の中、面会のお時間を頂き恐悦至極でございます」


 キルスティ大尉は丁寧に腰を折っていた。


「こちらこそ、作戦行動中のお忙しい中お越しくださり恐縮です」


「いえ、これもわたしの任務の一環ですから……」


 キルスティ大尉はチラリと俺の様子を伺いながらそう言った。


 彼女に会うのは要塞で別れた時以来だから1週間ぶりくらいになるのだろうが、随分と久しぶりのような気もする。


 この世界に来たばかりの時は世話になりっぱなしだったからな、その反動だろうか。


「さて、早速本題に入らせて頂きます。今日お伺いしたのは他でもありません、アイバさんの処遇についてです」


「俺の処遇?」


 何の事やら、さっぱり身に覚えが無かった。


「はい。先日の魔族軍討伐に加え帝国との停戦交渉、それに今回のクーデター鎮圧に最も多大な功績を上げたアイバさんを無視しては、論功行賞などとても出来ないとディートリヒ中将が仰いまして」


「何を言ってるんだ。俺は軍属じゃあないし、王家に仕えているわけでもない。論功行賞なんて筋違いもはなはだしいだろ」


「お気持ちはわかりますが、それではアイバさんを差し置いてどなたを第一の功をすればよいのでしょう?」


「そんなの俺の知っちゃこっちゃねえよ。大体、俺は金も名誉も必要ない。俺にそんな処遇を与える余地があるなら、今回の市街戦で被害に遭った王都市民へ復興補助金を出すなり減税するなりしてくれ」


「…………本当にアイバさんは欲がありませんね」


 キルスティ大尉は呆れたように小さくため息を吐いていた。


「それではユレンシェーナ公爵家への恩賞という事で如何でしょうか? アイバさんはユレンシェーナ家の執事ですから、今回の一連の騒動にはユレンシェーナ公爵家が多大な貢献をされた――という形ならアイバさんも納得されるでしょうか」


 イヤな所を突いてくるな……


 確かにソフィア達の王都での暮らしが良くなるならそれに越した事はない。


 例えばもうすぐ開店する飲食店の減税とか、王家として宣伝に協力してくれるとか、そういう俗っぽいメリットがあるなら俺も少しは考えてしまう。


 だが――


「――それはお引き受けするわけには参りません」


 ソフィアはキルスティ大尉の提案を真っ向からピシャリと断っていた。


「アイバさんは表向きは執事という体裁で屋敷にいますが、実際にはわたくしがお願いしてここにいて下さっているのです。それをユレンシェーナ家の手柄などと吹聴するような事があれば、末代までそしりを受ける恥となりましょう」


 ちょ、そこまで言う事ないんじゃないですかねソフィアさん……?


 何か、キルスティ大尉に含む所でもあるんだろうか。


「…………わかりました。それではお二方のお言葉はその旨、しかとディートリヒ中将にお伝え致します」


 結果的にキルスティ大尉の面目を潰してしまった事になるのだろうか。


 ――いや、あのディートリヒ中将の事だ。


 俺やソフィアがこういう返答をするのを承知の上で彼女を寄越したに違いない。


 それで「アイバやユレンシェーナ家がこういっている以上、軍の中のみで論功行賞を済ませるとしよう」という、要するに部下達を納得させる材料が欲しかったのだろう。


「ご用件は以上でしょうか?」


 変わらず塩対応のソフィアがキルスティ大尉に向かって言っていた。


 しかし、キルスティ大尉は臆する事なく首を横に振る。


「いえ、もう一つだけ――」


 キルスティ大尉は後方に控えていたパメラの方を見ていた。

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