第244話 戦後処理 後編

 パメラは既にソフィアに自己紹介は済ませていたのだろう、特に自分から名乗る事は無かった。


「彼女はボーデンシャッツ公のスパイとして一連の騒動を引き起こした張本人です。本来であれば死罪、良くても流罪といった処罰を下すべきなのですが、家族を人質に取られて止むに止まれぬ事情があったのだとか」


 パメラは何も答えずに、ただ俯いて事の成り行きを見守っているようだった。


「その件ならもう解決した」


 俺がそういうと、パメラは顔を上げて俺の方を見ていた。


「昨日、パメラの親父さんに会ってな。あのハンゼル爺さんを監視していたザムエルとかいう従業員のオッサンを締め上げたら全部ゲロった」


 俺の報告を聞いたパメラの表情をどう形容していいか俺にはわからなかった。


 少なくともポジティブな感情でない事だけは確かだろう。


「ちなみにザムエルは店を去った挙句、ボーデンシャッツ公の元へと戻る事も出来ず仕舞いでどこへ行ったのかは知らない。まあ、結構な手練れだったから軍の情報部でも雇ってやったらどうだ?」


「それはわたしの権限では何とも出来ませんが……情報部にその旨を通達しておきます」


 キルスティ大尉は静かに頷いていた。


「――それで、パメラはどうなるんだ?」


「その件についてご相談をしたかったのです。彼女は死罪をもいとわない覚悟をしていました。ですが、こうも見事に王国を窮地に立たせたその手腕を失わせるには惜しいとも考えています」


 キルスティ大尉によれば、ドジっ子の演技をやめたパメラは実は超優秀であり、今すぐにでも尉官に昇進させたいくらいの逸材なんだそうだ。


 実際には士官学校を出ておらず、しかもスパイだったパメラが三階級特進なんてあり得ないわけだが。


「ですが、一連の騒動で多くの犠牲が出ました。亡くなった方々は、財産を失った者や住処を失った者など……そんな彼らの怒りがボーデンシャッツ公のみならず彼女に向かう事も十分に考えられます」


 ボーデンシャッツ公は死罪は免れないだろう。


 とすれば、それに加担したパメラも同罪――というのが一般的な心理である。


「彼女がスパイだったというのは現在、わたしとロザリンデ少佐しか知りません。けれども、いずれは上層部に報告せねばならないでしょう。そうしたら――」


「――なるほどな。だから俺から口添えをして欲しいわけか。『パメラは脅迫されていただけであり、今後は軍の為にその優秀な手腕を発揮するから助けて欲しい』と」


 キルスティ大尉は首を縦に振った。


「ついでに『もしそれが受け入れられなければ俺が大暴れしてやる』くらい言ってもいいかもな」


 キルスティ大尉は苦笑いしただけで、賛同はしてくれなかった。


「だがな、俺も王都での知り合いを亡くしてるんだ。彼女が王都に来たのは俺の所為だが、クーデターさえ起きなければ将来有望な女優になっていたハズなんだ」


 俺の言葉にパメラは沈痛な面持ちで応えていた。


「だからパメラに死罪なんて許さない。パメラは生きて、その償いをするんだ。俺と同じようにな」


 それがパメラの望みでもあり、俺の望みでもあった。


「アイバさん……」


 パメラは今にも泣き出しそうな表情で俺を見ていた。


「どうしてアイバさんがそこまで彼女にして下さるのか、わたしには分かりかねますが……きっとそれがアイバさんだから、なのでしょうね」


 キルスティ大尉は俺――というより、俺の遥か向こうにいるかつての恋人を思い返しているようだった。


「結局、パメラさんの身柄は今後どうなるのでしょう?」


 それまで黙っていたソフィアが口を開いた。


「まずは軍の査問委員会による事情聴取と審議、その結果如何によっては軍法会議にかけられるでしょう」


「そんなの俺が出る幕がないじゃないか」


 査問委員会も軍法会議も軍人のみが出席を許される会議だ。


 軍属ではない俺の口添えなんて出来るはずがない。


「特例ですが、一般人の証人としてアイバさんを喚問かんもんしようかと思っています」


 証人ってのは実際にハンゼル爺さんがボーデンシャッツ公の監視下に置かれていたという意味での証人か。


 だが、軍の上層部が今回の件で苦渋を舐めさせられたのは事実だ。


 クーデターを鎮圧したとはいえ、王都と要塞を往復しただけで戦果らしい戦果は何もないのだから。


 魔族撃退という戦略的目的は達成させたものの、それを実行したのは俺だ。


 しかもその俺は当初、国王の命令によって軍隊への同行を許されていなかった。


 軍隊としては俺とパメラのお蔭で、何から何まで面目丸潰れである。


 そんな俺がパメラの証人として査問委員会だの軍法会議だのに出た所で、逆効果にしかならないのでは……


「……ぶっちゃけ、分が悪いとしか言いようがないぞ?」


「その時は大暴れしちゃって下さい♪」


 いや、さっきは苦笑いしてただろう、あんた……


「それにアイバさんはマテウス長官とトマス宰相の助命嘆願もされるおつもりなのでしょう? 大暴れのついでにそちらの方もカタを付けてしまうというのはどうでしょう?」


「そう上手くいけばいいがな」


 ……自分で言い出した事とはいえ、色々と面倒な事になって来たな。


 何とか、パメラ達を救う上手い解決方法があればいいだが――


「――では、こういうのは如何でしょうか?」


 俺が頭を捻って考え事をしていたら、ソフィアが口を開いた。


 彼女の提案を聞いた俺とキルスティ大尉は思わず唸ってしまった。


 一見魅力的なようで、マテウス長官達には少し酷な提案のようにも思えた。


 だが、それがベターな結末かな……


 俺はキルスティ大尉に頼んで、ソフィアの提案どおり事が運ぶように頼み込んだ。


 これがダメだなら、マジで大暴れするしか手が無くなる。


 頼むぜ、ディートリヒ中将。


 上手く裁いてくれよ……

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