第240話 市民救助 後編
国王の親征軍が王都の東門に辿り着くとすぐに城門が開かれ、一気に軍勢がなだれ込んで行く。
俺はその様子を上空から見守っていた。
マテウス長官は約束を果たしてくれたようだな。
これでヤツとミハエル参謀総長の命は助けてやれる。
俺がこの1週間に王都で活動した事は報告書としてまとめてあり、国王や要塞に残っているロザリンデ少佐等にはマテウス長官の寝返りは報せてあった。
パメラに破棄されてしまった報告書もあったが、最後に彼女へ渡した報告書にはこれまでと同じことを書いていたので、パメラがスパイ活動を辞めて俺の報告書を少佐達に渡してくれていたのなら、マテウス長官らの助命も可能だろう。
東の城壁の上では国王軍に寝返った王都守備隊とボーデンシャッツ公の私兵が戦闘を始めていた。
城門からも国王軍がなだれ込み、ボーデンシャッツ公の私兵を次々となぎ倒していく。
こりゃあ、戦闘は数時間で終わりそうだな……
元々、兵の士気は国王軍の方が高いし、寝返りが出た以上は兵力も国王軍の方が上。
負ける要素は何一つとしてない。
――おっと、ボーデンシャッツ公の雇った荒くれ者共がドサクサに紛れて民家を襲っていやがる。
俺は上空から急いで街へと下り立ち、数人の荒くれ者に当て身を食らわせると彼らを無効化する。
こんなヤツらにも家族がいたり、守るべきものがあるのだと考えれば、おいそれと殺す事は出来なかった。
誰にも死んで欲しくない――
鈴森の願いは、今や呪いのように俺の心に張り付いていた。
誰にも死んで欲しくないという事は、俺は誰も殺せないという事だ。
これだけの力を持ちながら、未だに誰一人として直接殺していないのは鈴森の願いの所為だろうか。
それとも、俺自身が人を殺すのを心のどこかで
「きゃあああぁぁぁっ!!!」
近くで悲鳴が上がっていた。
俺が声のした方へ駆け付けると、国王軍の若い魔法士達がボーデンシャッツ公の私兵と戦っており、その魔法の流れ弾が民家に当たって風穴を空けていた。
ちっ、場所を考えて魔法を使えってんだ!
俺は『速力上昇』を使ってボーデンシャッツ公の私兵達に肉薄すると、二刀のダガーを振るって一気に殲滅する。
「おい、魔法士共! 魔法を使うならもっと広い場所でやれ!! 次同じ事やったらお前らの首を飛ばすぞ!!」
俺の勢いに気圧されたのか、魔法士達はペコペコと頭を下げてその場から立ち去って行った。
あんなのも独立魔法大隊にいるんだな。
ロザリンデ少佐やキルスティ大尉を知っている俺からすると、いかにも雑魚っぽい魔法士だったが、実戦はこれが初めてだったんだろう。
俺は壊れた民家の中に入り、市民の無事を確認する事にした。
「――おい、大丈夫か?」
「あ、あなたは……?」
民家にいたのは中年のオバサンだった。
「安心しろ、俺は国王軍側の人間だ。被害状況は?」
「そ、それが、夫が
オバサンが指差す方向へ目をやると、壊れた家の壁に下半身を挟まれて動けないでいる男性がいた。
……クソ、俺の力じゃこの瓦礫をどかす事は出来ないな。
少々荒っぽいが仕方がない。
俺は男性に近寄ってから、こう言った。
「魔法で瓦礫を吹っ飛ばす。ちょっと派手な魔法だから身を屈めていろ」
「は、はい……!」
男性が腕で頭部を守る構えを取ったのを確認すると、俺は男性をかばう立ち位置から瓦礫に向かって魔法を放つ。
威力は最小限に絞って、と――
「『
小さな火の玉が瓦礫に着弾すると小爆発を引き起こし、爆風で瓦礫の半分ほどを吹き飛ばした。
室内の家具やら窓やらにも多少は被害が出たが、人命には変えられない。
瓦礫が軽くなったので、俺とオバサンで力を合わせて男性を瓦礫から引きずり出した。
男性を助け出せたものの、左足が潰れて大量に出血をしていた。
俺はポシェットから回復アイテムを取り出し、男性に飲ませる。
「……はあぁ。ど、どこのどなたかは存じませんが、助かりました……」
「礼はいい。それより戦闘が収まるまで2階へ避難していろ」
男性が頷くのを確認すると、肩を貸して2階のベッドまで運んでやる。
「なるべく窓には近づくなよ。窓が破られると破片が突き刺さってくるからな」
「は、はい……」
俺は一緒に2階へ来ていたオバサンに予備の回復アイテムを渡した。
「もし痛みがぶり返すようだったら、こいつを飲ませてやれ」
「す、すみません……何から何まで本当に……」
「だから、礼はいい。それよりあんたも窓には近づくな――」
「うわぁぁあぁぁ!!!」
今度は外から別の叫び声が聞こえて来た。
――ちっ、民間人を巻き込んで戦闘なんかしてんじゃねえよ!
市街戦になった時点でこうなる事は分かっていたが、こんなんじゃあ身体がいくらあっても足りやしない。
俺は急いで民家を出ると、叫び声が聞こえて来た方へ向かってダッシュする。
俺が駆けつけた時には、市民の若い男性がボーデンシャッツ公の私兵に背中から斬りかかられる所だった。
「『
俺は威力を最小限に抑えた『
「おい、大丈夫かっ?!」
俺が男性に駆け寄ると、彼は背中に傷を負っているようだった。
クソ、回復アイテムはもっと多めに用意しておくんだったな。
今更悔やんでも仕方がない、俺がポシェットから回復アイテムを取り出そうとしたその時。
「――アイバっち!!」
俺の方へ駆けよって来る人影が二つ。
氷上と若草だった。
「お前ら、どうしてここに? 屋敷で待機しているはずじゃなかったのかよ?」
「こんな状況だもん、ウチらだって出来る事があるっての!」
若草は手に持っていたヴァイオリンを構えると、その場で演奏を始めた。
「おい、一体何を――」
俺の言葉を無視するように、今度は氷上がヴァイオリンの音色に合わせて歌を歌い出す。
「うぅ……」
俺に抱かれた格好になっていた男性が呻き出したかと思えば、彼の背中の傷がみるみる内に癒えていった。
これはまさか、コイツらのスキルか……?
歌と演奏が止むと男性の傷は完全に塞がり、彼は何事も無かったかのように立ち上がった。
「あぁ、こんな奇跡があっていいのか……!?」
男性は俺達に何度も頭を下げてお礼を言うと、その場から去って行った。
「お前ら、その力……」
俺が若草達に向き直ると彼女らは白い歯をニッとさせて笑っていた。
「ウチらだって職業に就いたんだから、これくらいはやってみせないとね」
「そうそう。いつまでもアイバっちの後ろで怯えていたんじゃ、あーしに振り向いて貰えないし」
コイツらは飲食店の準備をしているだけではなく、コッソリと歌と演奏の訓練をしていたってわけか。
「……いや、まぁ、助かった」
「へっへ~ん、でしょ?」
「ケガ人はあーしらに任せて、アイバっちは敵をぶん殴っちゃってよ!」
俺は一人で戦っているわけではない――
そう思えただけでも少し心が軽くなったような気がした。
「わかった。だが、無理はするなよ? ヤバくなったらすぐに逃げろ。いいな?」
「わぁーってるって。ウチらだってこんな所で死にたくないしね」
「アイバっちも気を付けてねっ」
俺は二人に向かって頷くと、別の悲鳴が聞こえた方へ向かって走って行った。
頼むぜ、ディートリヒ中将。
早く王宮へ攻め入って、戦闘を終わらせてくれよ……!
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