第250話 パメラ・イン・難民村 後編
クラスメイト達と別れた俺はパメラを連れて難民村の診療所へ向かっていた。
監視員もパメラについて来ているが、一日中パメラにベッタリというのも大変な仕事だな、と俺が問うと、監視員はそれは今日だけであり、明日以降は交代制となり見回りの監視員は基本的に一人になるのだそうだ。
そうなると、魔法士以外の監視員が当番になった時は危ないんじゃないかと思ったが、今更マテウス達が脱走やら反逆やらを企てるとも思えなかった。
キルスティ大尉が中佐と話があると言っていたのも、恐らくはその辺の調整をしたかったんだろう。
俺らが診療所へ着くと所内には高月とマリー、それから老先生がいた。
老先生は俺の事情を知っているのか、少し席を外すと言って気を遣うように出て行った。
「……それで?」
高月は老先生が診療所を出て行くと、ジト目で俺を睨んで来た。
はて、俺は高月に恨みを買うような事をしたのだろうか。
ちっとも身に覚えがない。
「今日はお前達に紹介したいヤツがいてな」
俺がそう言うと、パメラは前に出て自己紹介していた。
「パメラ・メッツェルダーです。本日よりこの村でお世話になる事になりました。どうぞ宜しくお願い致します」
「……高月舞と申します。ここで医者の真似事なんかをさせて貰っています」
パメラに合わせて、高月も丁寧なお辞儀をしていた。
「……それで?」
高月は先ほどと同じ質問を繰り返していた。
「それでって……さっきから何なんだ、お前。俺が何か気に障るような事したのか?」
「何かしたか、ですって……?」
思い切って訊いてみたが最後、それが起爆スイッチとなって高月は激昂した。
「何もしなかったから怒ってるんじゃない!! 何よ、クーデターが終わったらすぐに戻って来るなんて言っておいて、もう1週間もほったらかし!! 私とマリーちゃんがどれだけ心配したと思ってるのっ?!」
お、おおぅ……
高月の激しい物言いに俺も思わずたじろいでしまった。
「悪かったな。王都はクーデター後も混乱してて、その復興の手伝いなんかを――」
「言い訳なんか聞きたくないわ!!」
高月はすっかりオカンムリである。
「アイバさん、わたしは外した方が――」
「何よ、本当はパメラさんっていう美人に出会ったからって、鼻の下伸ばしてただけなんじゃないの?!」
パメラが俺に耳打ちしているの見た高月は、火に油を注いだように燃え上がっていた。
……コイツ、以前に比べて感情を表に出すようになったよな。
それ自体は悪い事ではないんだが、理性的な対話をしたい俺にとってこの状況は少々厄介である。
「落ち着け。確かにパメラは美人だが、別に何かあったわけじゃあ――」
「やっぱり美人だって認めてるんじゃない!! 私やマリーちゃんよりもパメラさんの方が大事だったって事なんでしょう?!」
うわぁ。
あかん、パメラがここにいると場が収まりそうにない。
俺はパメラに目線で外に出るように促した。
パメラが監視員と一緒に診療所から出て行くと、高月は俺からそっぽを向いてしまった。
「…………おにいちゃん」
マリーが俺の傍に寄って来て、ズボンの端をくいくいと引っ張っていた。
「すまんな、マリー。決してお前の事を忘れていたわけじゃあないんだ」
「うん、わかってる……」
マリーは目線を高月の方に向けていた。
マリー達と最後に会ったのは10日前だったか。
もしかしてこの10日の間に、高月にとって心境の変化が起きるような何かがあったのだろうか。
「マリー、最近何か変わった事でもあったのか?」
「うん……おじいちゃんせんせいがね、たおれちゃったの……」
…………あぁ、その一言で全てを悟った。
きっと老先生のお迎えが近いんだろう。
そうしたら高月は一人でこの診療所を運営しなくてはならない。
短い期間とはいえお世話になった先生がいなくなり、村に一人だけの医者という責任感、マリーの世話役としての重圧、そして保護者としての責務を果たさない俺という存在――
そういう諸々の事情が全て重なって、高月の小さな肩にはもう耐えられない重石となっていたのだろう。
マリーを高月に押し付けたのは間違いだったのかもな。
しかし、マリーが高月に懐いている以上、コイツに任せる以外に方法が無かったんだよな……
俺は心底申し訳ない気持ちになりながらも、執事服の上着ポケットから用意していたブツを取り出した。
「――高月」
俺が声をかけるも、彼女は腕組みをしたままそっぽを向いていた。
「これ、お前にやるよ」
俺が手にしていたのは金とパールで薔薇の形に細工されたブローチだった。
「…………何よ、それ? どういうつもりよ?」
「お前には散々世話になってるのに、何も返してやれてなかったからな。先日、ゴルドヴァルドに行った時に見つけたんだ。こんなもんで今までの借りが全部チャラに出来るとか思ってるわけでもないんだが、せめてもの礼って事で」
ハンゼル爺さんが俺に一つだけ商品をくれてやると言った時、俺は真っ先に高月へのプレゼントを思いついた。
だが、指輪なんか送ったら変な勘違いされそうだし、純金のピアスやネックレスというのも高月に金属アレルギーがあったら身に付けられない。
そんなこんなで色々と悩んだ挙句、ブローチだったら白衣に付けられるし、襟に隠れるように付けてしまえばそこまで目立たないだろう――
そう考えた末の結果だった。
「パメラはゴルドヴァルドの出身でな。そのおかげで親父さんを人質に取られて仕方なくボーデンシャッツ公の下でスパイをやらされてたんだ。本人は死罪を望んでいたらしいんだが、そんなのあまりに理不尽だろ? だから――」
「もういい、わかった」
高月は俺の言葉を遮ると、素直にブローチを受け取っていた。
「……キレイね」
ブローチを眺めながら、高月は嘆息していた。
「パメラの親父さんは金細工の職人でな、そこの店で見つけたんだ。公爵家の御用職人だった店から、腕の方は確かだぞ」
「…………ごめんなさい、わたし、最近色々あり過ぎてどうかしてたみたい。こんなんじゃ、医者失格よね……」
「そんな事はないさ。俺の方こそすまなかった、お前一人に背負わせ過ぎた」
「……違うの、本当はわかってるの。相羽君はわたしなんかよりもずっとずっと頑張ってるって。戦争を止めたり、王都をクーデターから解放したり……マリーちゃんの事だってそうよ。普通、見ず知らずの子の為にここまでする人なんていないもの」
「買いかぶるな。俺は俺に出来る事をやってるだけだ。お前だってそうだろ?」
「わたしは――」
「――お取り込み中、申し訳ありませんっ!」
高月が何か言いかけたその時、診療所のドアが勢いよく開けられ、パメラが顔を出していた。
「老先生が道端で倒れられてしまって……!」
『!!?』
俺と高月は思わず顔を見合わせると、急いで外へ出る。
診療所近くの道には人だかりが出来ており、その中心には老先生が倒れているのが垣間見える。
俺と高月は急いで老先生を診療所へ運ぶと、ベッドに寝かせた。
高月は老先生の脈拍を測ったり呼吸を確かめたりしながら、魔法をかけて治療に専念していた。
その内、高月の額にうっすらと汗が浮かんでいるのが見て取れる。
「――相羽君、お願い! 手を貸して!」
これはいよいよマズイか……
俺はパメラにマリーを預けると、高月に言われるまま治療の手伝いをした。
騒ぎを聞きつけたらしいボドヴィッド中佐やキルスティ大尉も駆けつけてくれたが、彼らが来た時にはもう、老先生は息を引き取っていた。
「先生……! 老先生……!!」
高月は泣きじゃくりながら老先生の亡骸に縋っていた。
俺は何も出来ずに、ただ高月の傍らに佇んでいた。
ボーデンシャッツ公に続き、俺は今日二人目の顔見知りの死を目の当たりにしていた。
片や罪を犯し人の手で断罪された不自然死。
片や人に惜しまれて天寿を全うした自然死。
どっちが幸福な人生だったのかなんて本人達にしかわからないが、俺みたいな人間はボーデンシャッツ公と同じ道を辿るのだろうなと、高月の慟哭が響く診療所でそんな事を思っていた。
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