第249話 パメラ・イン・難民村 中編

 テント前に集合したのは全部で6人だった。


 高月は診療所でマリーと一緒にいるらしいとの事だったので、後で俺が行って説明する事にした。


「魔族軍の撃退とクーデターの終結か……相羽、お前はそんな事をしていたのか」


 俺の話を一通り聞いた那岐先生がそう呟いていた。


 王都のクーデターは終わり、王国東西の脅威も一旦は無くなった。


 国際会合の結果、ゼルデリアが復活すればこの難民村も解散。


 クラスメイト達も俺が迷宮の地下100階に到達すれば、数ヶ月後には元の世界に帰れる。


 これまで暗雲たる状況だったのが、一気に雲が晴れて光が差し込んだような変化に、しかしクラスメイト達は戸惑っているようだった。


「――急に帰れると言われても、ねえ?」


「うん……何だか実感がわかないし、戻った所で勉強とか結構遅れちゃってるし……」


 笠置の言葉に、由布が同意していた。


 この世界に来た頃は散々文句を言っていた彼女らも、生活に馴染んでしまえばそれなりに愛着も沸いて来る。


 帰りたいけど、帰りたくないような――


 そんな心境が垣間見えた。


「なら、ずっとこの世界にいるつもりか? ちなみに俺は残るぞ」


「相羽君はそんなに強いからいいけどさ、あたしなんかは火が出せる程度なんだよ?」


 笠置は火魔法士だったな。


 コイツだって訓練すればそれなりの魔法士になれるはずだ。


 現に鈴森や二ノ森達は士官学校で鍛えて、レベルを上げていたのだから。


「魔法士ってだけでもここなら十分に暮らしていけると思うけどな。それに元の世界に戻ったら魔法は使えなくなる」


「え、そうなの?」


「当然だ。魔法ってのは大気中にあるマナを使って放つんだぞ? 元の世界にマナなんて存在しないだろうが」


「そ、それもそうか……」


 五龍のように体術――身体で身に付けた技術なら別だが、そうでない魔法やスキルは元の世界に帰ったら消えてしまう。


 確証は無いが、俺はそう確信していた。


「鈴森さん達はどうするんだろー?」


 いつの間にか俺の隣には八乙女妹がいた。


 どうやって『影封縛シャドウバインド』を抜け出して来たのかは知らないが、今までの話もちゃんと聞いていた当たり、何か特殊なスキルか魔法でも使えるのかもしれないな。


「さあな。二ノ森や伊吹辺りは帰ると思うが、鈴森は勇者だからこの世界に残ってもおかしくはないだろ」


「そうだねー。龍門さん達もどうしているか気になるよねー」


 ……すっかり忘れていたが、帝国へ裏切った龍門や神室達は今頃、どうしているだろうか。


 アイツらとて、もうすぐ元の世界に帰れると知れば帰って来るかもしれない。


 ただ、500年前の魔剣士はいまのオルフォード帝国のいしずえを築いた人物だ。


 つまり、その魂を引き継ぐ龍門もこっちの残る可能性がある。


 暗黒騎士の神室も同じだ。


 ブリュンヒルデは帰らずにこっちに残っていたからな。


 ……そういえば、暗黒騎士の魂ってどうなってるんだろうな?


 ブリュンヒルデの魂はグレーティア女子修道院に残ったままで、一方の神室は神室で暗黒騎士になっている。


 ――いや、そうか。


 水魔法士が二ノ森と高月の二人存在しているように、暗黒騎士も二人存在していてもおかしくはないのか。


 特別なのは多分、勇者と魔剣士、それとシーフの三人だけなのだ。


 そうすると、ゴットフリー将軍の職業って何なんだろうな。


 一見魔剣士に見えるんだが、そのポジションは龍門のものだとすると、彼は別の職業に就いている事になる。


 何はともあれ、一度は龍門達とも接触しないとな。


 元の世界に帰れるのを知らずにこの世界に残っていたら、後で俺が責められそうだし。


 俺の話を素直に聞く連中ではないから那岐先生辺りが一緒だと助かるんだが、さてどうしたもんか。


「龍門達の事は気になるが、取り敢えずは俺が迷宮を攻略しないと始まらないからな。話はその後だ」


 そう、まずは迷宮攻略が先決なのだ。


 だが、地下90階のボスモンスターを攻略するに当たっては、の力を借りなければならないだろう。


 地下80階のミスリルゴーレムより強いモンスターであるのは間違いないのだから、俺も少しはパワーアップしておきたい。


「それからな、お前らに紹介したいヤツがいるんだ――お、ちょうどこっちへ向かって来た」


 俺は遠くに見えるパメラと彼女に付き添う監視員に軽く手を挙げて、こちらへ来るように誘導した。


「パメラ、こいつらは俺と同じ世界から来た転移者だ。訳あってこの村で暮らしているんだが、何かあった頼ってもいいぞ? コイツらも魔法や特殊なスキルが使えたりするから」


「初めまして、パメラ・メッツェルダーと申します。ご承知の事とは思いますが、一連の騒動を引き起こした張本人です。どのような非難や罵倒も受け入れる覚悟です」


 パメラはクラスメイト達に向かって深々と頭を下げていた。


「いや、コイツらは別に何の被害も被っちゃいないからそんな心配は要らない。なぁ?」


 俺がクラスメイト達に問いかけるも、彼らは黙ってパメラを見つめるばかりだった。


 おかしいな、コイツらがパメラに含む所は何もないハズなのだが……


「あ、相羽君……またこんな美人を連れ込んで、今度は何を企んでいるのよ?」


 由布がわけのわからない問いを発していた。


 またって何だよ。


 マリー以外でここに俺が誰かと一緒に訪れたのはソフィアくらいしかいないぞ?


「俺が企んだんじゃない、雇い主の計らいだ」


「同じ事でしょ?」


「全然違うだろ。パメラはな、ゼルデリアが復活したら魔法士として働いてもらうんだよ。こう見えても魔法の才能も事務能力も諜報活動もピカ一なんだ」


「そんな……わたしなどはアイバさんに比べれば足元にも及びませんよ」


 演技をやめたパメラは謙虚で大人しい性格をしていた。


 慌てふためいてパニクっているパメラも、アレはアレで面白かったんだが。


「……と、とにかくその美人さんが今後、この村で暮らすって事なんだよな?」


 蓬田が動揺しながら訊いて来た。


「あぁ。監視員付きだが、村内は自由に動けるから宜しくしてやってくれ」


「もちろん仲良くさせて貰うけど、どうしてあんたがその人を紹介するような立場なのよ?」


 笠置は相変わらず俺を責めるような口調である。


「どうしてって……どうしてだろうな?」


「アイバさんがわたしと家族の命の恩人だからです」


 俺がパメラに訊くと、彼女は即答していた。


「命の恩人……?」


「大袈裟なんだよ、パメラは。命を救ったのは計画を立てたソフィアとそれを実行したキルスティ大尉だ」


「いえ、あの時アイバさんに正体を見破られていなければ、わたしはボーデンシャッツ公と共に断頭台の露と消えていたでしょう」


「断頭台……? ま、まあ詳しい事情はまた後日という事で、取り敢えずあたし達も自己紹介しちゃいましょうか」


 クラスメイト達は笠置から順番に自己紹介を始めていた。


 顔合わせが終わった所で俺はクラスメイト達と別れ、パメラを連れて診療所へ向かった。


 もちろん、高月とマリーに合わせる為だ。


 だが、これが俺の大きな失態になる事をこの時は知る由も無かったのである――

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