第247話 一蓮托生の未来

 ボーデンシャッツ公の公開処刑が終わった後、屋敷に戻った俺は執事服に着替えると、すぐさま王都の船着き場へ向かった。


 船着き場には軍の高速船が用意されており、俺以外の乗員は全員乗り込んでいるようだった。


「それでは出発します。しっかり掴まっていて下さいね」


 俺が乗船するとキルスティ大尉が出航の合図を告げた。


 船体は緩やかに動き出したかと思えば、徐々にそのスピードを速めると、王都の東西を流れるテニエス川を東へと下って行った。


 この船に乗っているのは俺、キルスティ大尉とその部下、それにマテウス元国防長官とミハエル元参謀総長、それにパメラといった一連の騒動に加担した連中と、彼らの監視員だった。


 クーデターが終わりを告げたあの日、キルスティ大尉達が屋敷を訪れた時にパメラ達の処罰を巡ってソフィアが提案した事。


 それは『ゼルデリア難民地区への強制移住』であった。


 ソフィアの狙いは『将来、ゼルデリア王国が復活した際の人材として彼らを登用する為』である。


 1ヶ月半後にはオルフォード帝国やエルス共和国らと魔族領の遺領を巡って国際的な会合が開かれる。


 そこでゼルデリア王国が復活が決定されれば、多くのゼルデリア難民が故郷へ戻る事になるだろう。


 しかし、ゼルデリアの復興は至難の業である。


 特に優秀な人材はこぞって魔族軍に討たれてしまった。


 だから、寝返ったとはいえ一国の国防長官や参謀総長にまで上り詰めた人材を再登用したい――それがソフィアの提案だった。


 その為には今の内にゼルデリア人との交流を深めさせて、彼らの価値観や生活様式を学んでもらう必要がある。


 難民地区への強制移住という罰に加え、ゼルデリアが復活すれば実質的に国外追放となるのだからヴァイラントとしても文句はないハズ……


 こうしたソフィアの提案を受けたキルスティ大尉が軍の司令部へ働きかけ、根回しをした上で査問委員会で彼らの処罰を決定させたのだった。


 国王の思惑としてはマテウスらは極刑だったらしいが、キルスティ大尉がかなり頑張ってくれたのと、ディートリヒ中将もソフィアの考えに賛同してくれたようで、ソフィアが提案したとおりの結果に落ち着いた。


「すまないな、パメラ。しばらくはハンゼル爺さんに会えなくなっちまいそうで」


 俺はパメラに向かってそう言った。


 彼女に手首にブレスレットのようなものをつけているのだが、これは飛翔魔法が発動しないようなアンチマジックの仕掛けが施されているらしい。


 そうでもしないと風魔法士のパメラは自由に飛び立っちまうからな。


 彼女に限ってそんな事はしないとは思うのだが、パメラは大人しく受け入れていた。


 ちなみに、このブレスレットを開発したのはセシリア主任がまだ魔法研究所へ勤務する前だったというから驚きである。


「命が助かっただけでも有難い事です。生きてさえいればその内、父とも再会出来ますから」


 パメラは前向きだったが、ハンゼル爺さんの余命はどれくらいだろうな。


 陽気な爺さんだったから長生きはしそうだが、足が悪いというのがちょっと気になる所ではある。


 魔法でも治らないとなれば相当重症だろうからな……


「それに本当の父ではありませんから、わたしがいなくなっても彼は何とも思っていないのではないのでしょうか」


「……知ってたのか」


 やはりパメラは知っていて気付かない演技をしていたのだ。


「アイバさんも父からわたしの素性を聞いたのですね? 全く、初対面の人に話すような内容ではないと思うのですが……」


 パメラは小さくため息を吐いていた。


 俺がハンゼル爺さんに気に入らて婿候補になったからだ――なんて言ったらパメラはドン引きだろうな。


「いつから気付いていたんだ?」


「そうですね……ちょうど軍に入隊する少し前でしたから、4年ほど前でしょうか。酔っぱらった父が母とそんな話をしているのをうっかり聞いてしまったのです」


 その時、パメラはどんな気持ちだったんだろうな。


 俺だったら小躍りして喜んでいただろうが、真面目なパメラの事だ、相当ショックだったんじゃないだろうか。


「そういや、あんたの母親とは会わなかったな。店の2階にでもいたのか?」


 あの時、ハンゼル爺さんは2階から下りて来ていたから、きっと2階に工房や事務所あったのだろう。


「母は去年、他界しました」


 パメラの言葉に俺は「そうか」としか言えなかった。


「そんな顔しないで下さい。母の死に目には会えませんでしたが、墓参りはちゃんとしましたから」


 両親とは血が繋がっていない、母親には先立たれた、おまけにスパイ活動を強要されて難民地区への実質的な流罪判決を受けている。


 捨て子だったパメラがあの爺さんに拾われた事自体は僥倖だっただろう。


 だが、これからパメラが生きる未来にはもっと希望があってもいいんじゃないだろうか。


「パメラ、難民村へ着いたら俺の知り合いを紹介する。あんたとは居住区が異なるだろうが、ほとんどが異世界から来た連中でな。俺みたいな変わり者も多いが、あんたならうまくやっていけると思う」


「アイバさん、ご自身が変わり者だという自覚があったんですね」


 パメラは笑いを堪えながらそう言っていた。


「気にするところはそこじゃあない。異世界組に紛れて一人、アイゼンシュタット出身のマリーという女の子がいるんだ。彼女はワケありで俺が城塞都市から拾って来たんだが、見かけたらあんたも気にかけてやって欲しい」


「……その子はアイバさんの隠し子ですか?」


「俺を何歳だと思ってるんだ? マリーはもう8歳、あんなデカい子供がいてたまるか」


「冗談ですよ。わかりました、マリーちゃんですね。仲良くさせて頂きます。そしたらアイバさんからの株も上がるというものですから」


「株? 何の話だ?」


「わたし、思ったんです。ゼルデリア王国が復活したらアイバさんにお仕えしたいと」


 突然、わけのわからん事をのたまうパメラ。


「意味がわからん。どうして俺に仕えるんだよ? あんたはソフィアの下に付く為にこんな所へ移住させられてるんだぞ?」


「ソフィア様はわたしが説得します。メイドでも秘書でも何でもいいんです、とにかくアイバさんのお傍において頂きたいのです」


 パメラは必死の様子だった。


「……わからんな。あんたほどの逸材が俺なんかと一緒にいても良い事は何もないぞ。才能を持て余すだけだ」


「わたしの才を買って下さるならお仕えさせて下さい。必ずお役に立ってみせます。わたしはアイバさんに命を救われた身です。これからはアイバさんと共に罪をあがなうべく働きたいのです」


 以前、パメラと俺はナタリエへの贖罪をいつにする者同士として一蓮托生だと思った事はあったが、よりにもよって俺に仕えたいなどとは……


「……まあ、それはゼルデリアが復活した後で考える」


「是非、前向きに検討して下さいね」


 パメラの心は前向きそのものである。


 しかし、考えてみればゼルデリアに俺の知り合いはほとんどいないし、クラスメイトも元の世界に帰還するとなれば、パメラと関係を保っておくのは悪くないかもしれないな。


 あとはマリー次第、か。


 俺は過ぎ去って行く船からの景色を眺めながら、ぼんやりと将来の事について考えを巡らせたのだった。

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