第246話 黄金の鹿、落つ
国王が王都を奪還してから1週間が経っていた。
市民は落ち着きを取り戻し、元の生活――とまでは言えないものの、市場なんかは普通に開かれているし、行政の混乱も収束して役所もどうにか機能している。
今回に限っていえば市民に死者は出ず、俺の知り合いもケガ一つ無く無事であった。
西方から迫っていたガロ・サパリ連合軍も帝国が引き揚げ、王都のクーデターも鎮圧されたと聞いて戦闘する事なく引き上げて行ったと聞いている。
つまり、これで東西中央の脅威は無くなり、ヴァイラント王国の国難は実質的に去ったといえるだろう。
俺はと言えば王都の復興作業を手伝う傍ら、迷宮に潜る日々を続けていた。
昨夜、ようやく迷宮の地下89階を攻略出来たので、いよいよ地下90階へ挑む事が出来るようになっていた。
近頃は俺の働きが認められたのか、王都を歩いていると老若男女問わず声がかかるようになっていた。
存在しているだけで疎まれていたあの頃が懐かしいと思えるくらい、俺の環境は一変している。
ブリュンヒルデの呪いはほぼ完全に解けたと言っていいのだろう。
近い内に、彼女へも会いに行きたいと常々思ってはいた。
フィリーネの様子も気になるしな。
ボーデンシャッツ公の私兵はいつの間にか消えており、傭兵達は稼業に戻るか足を洗うかしたらしく、ボーデンシャッツ公に忠誠を誓っていた家臣も大半は主を見捨ててゴルドヴァルドへ帰還していったようだ。
それでも彼に忠誠を誓っていた何人かは今、俺の目の前で処刑されようとしていた。
俺がいるのは王都の中央広場。
今日ここで、ボーデンシャッツ公の公開処刑が行われる。
王都の市民も今回のクーデター首謀者の処刑を一目見ようと多数集まっていた。
言葉は悪いが、これは一種のエンタメでもある。
娯楽の少ないこの世界において、公開処刑というのは市民の退屈さを紛らわす"退屈しのぎ"と化していた。
今回に限っていえば市民も多大なる迷惑を被ったわけであり、あちこちから野次や罵倒が飛んで来てはいるのだが、ハッキリ言って胸糞悪い事この上ない。
ボーデンシャッツ公は余命短い重病人であった。
普段はそんな素振りも見せずに気丈に振舞ってはいるが、今まさに断頭台へ向かおうとしている彼はすっかりやつれて、咳なんかもしている。
金鉱山は枯渇寸前で彼の資産もほとんど残っていないのだという。
それに王家へ対する積年の恨み――
彼に同情的になるのは俺が甘いからだろうか。
自業自得と言えばそれまでなんだが、こんな風にエンタメの一種として見せしめの為に殺される事があっていいのかと、俺の心はざわついて止まない。
止めるのは簡単だ。
だが、止めてどうする?
遅かれ早かれ、ボーデンシャッツ公は病気で亡くなってしまう。
病気で苦しんで死ぬより、
そうも思えてしまうのだ。
誰にも死んで欲しくない――
鈴森の願いは犯罪を起こした人間にも適用されるのだろうか。
俺の知り合いはほとんどこの場にはいなかった。
屋敷の連中も、魔法研究所のヤツらも、孤児院の人間も、誰もこのイベントを見ようとはしていなかった。
だから、俺がここで何もしなかった所でそれを誰かから咎められる事はないだろう――
そんな言い訳を考えるばかりで、俺は黙って成り行きを見守る事しか出来なかった。
一応、何かあった時の為に戦闘用の装備で来ているが、何も無い事を祈るばかりである。
「これより、今回のクーデター首謀者であるボーデンシャッツ公爵を絞首刑に処す!」
断頭台で国王ヴァルデマールⅢ世が高らかに宣言していた。
それに応えるように、市民が一斉に歓声を上げる。
断頭台から少し離れた所にユリアーナ王女とオクタヴィアが控えているのが見て取れた。
無理やりとは言え婚約させられた相手が処刑されるのを、王女は一体どんな気持ちで見守っているのだろうか。
「ボーデンシャッツ公爵、最後に何か言い残す事はあるか?」
ボーデンシャッツ公は黙って首を横に振るだけだった。
国王自ら義弟である彼をその手にかける事の意味は、思ったよりも大きい。
ボーデンシャッツ領は召し上げられ、枯渇し掛けているとはいえ長年の悲願だった金鉱山が王家のモノとなるからだ。
もしかしたら国王はこれを狙ってボーデンシャッツ公に反乱を起こさせた――なんて考えるのは
ボーデンシャッツ公の首が断頭台にかけられた。
彼の表情は穏やかというか、満足気というか、とにかく自分に出来る事を精一杯やったという感じを受ける。
やり方はどうであれ、彼は自身の信念に基づいて行動した――その一点においては評価されてもいいのかもしれない。
断頭台にいる国王の右手が上がった。
すると、ボーデンシャッツ公は顔を上げ、ユリアーナ王女の方を向いていた。
…………何かを言っている?
それが何かは、野次馬共の声にかき消されてしまって俺には届かなかったが、口の動きから王女にはそれが伝わっていたのだろう。
ユリアーナ王女は顔を歪めて断頭台へと走り出しそうになるのを、オクタヴィアら王室近衛兵に止められていた。
そして――
国王の右手が下ろされると同時に、ボーデンシャッツ公の首に鋭利な刃が落とされた。
ジルヴェスター・エマヌエル・フォン・ボーデンシャッツ公爵は、36歳の短い生涯をここで終えた。
まるでこの世界における明智光秀のようだ――
俺はそんな陳腐な感想を抱いて、その場を後にした。
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