第238話 パメラの実家 後編

「『影封縛シャドウバインド』」


 俺は魔法でオッサンの影を縛り付け、ヤツの動きそのものを封じる。


 それからオッサンが手にしていた小瓶を奪うと、中を開けて覗いて見る。


 何かの液体が入っているようだが、無臭で中味まではわからない。


「……何が入ってるんだ、これ?」


「ふふ、ご自身で試してみては如何でしょうか?」


 コイツのこの余裕、恐らくは毒――だろうな。


 自分の正体がバレたら自決するように教育されていたとでも言うのか?


「お前が大人しくこの店から立ち去るなら命だけは助けてやる。どうせボーデンシャッツ公はもう終わりだ。明後日には国王軍が王都を取り返して、ヤツは処刑される運命だ」


「……そのような与太話を信じろと?」


「別に信じなくても構わないが、すぐに俺が言っている事が本当だとわかるさ」


「――すまんが、そこまでにしてくれんかね」


 背後から声がしたので振り返ると、ハンゼル爺さんが杖をつきながらオッサンの傍まで歩いて来た。


「ザムエル、お主は本当にワシを殺す気で閣下に雇われていたのか?」


 ザムエルと呼ばれたオッサンはバツが悪そうにして、爺さんから視線を逸らせていた。


「ワシはお主を家族のように思っておったのじゃがな、お主はそうでは無かったという事か……」


 爺さんは寂しそうに首を横に振っていた。


「正直、老い先短いワシの命なんぞどうでもいい。じゃが、愛する娘を苦しませているとあれば、これ以上お主をここに置いておくわけにはいかん」


「……ご心配に及ばずとも、すぐにでも出て行きますよ。どの道、正体がバレてしまったとあっては諜報部にも戻れませんから」


「ならいっそ、閣下に見切りを付けてこのままウチで働いてくれんかの? お主になら店を譲ってもいいと思っておったのじゃ」


 ……いや、さっき店はもうじき廃業になるとか言ってなかったっけ?


「御冗談を。諜報部を抜け出した人間が閣下のお膝元でのうのうと商売が出来るとお思いですか?」


「……それもそうじゃの」


 そんな事は爺さんも百も承知で言ったのだろう。


 だからこれは、爺さんからの餞別の言葉なのだ。


『お前は有能だから、どこへ行ってもきっとうまくやっている』という。


 何とも回りくどいやり方だが、これがこの二人がこれまで培って来た関係性なのだとしたら俺がどうこう言う義理はないよな。


 俺は爺さんをかばうようにして下がらせた後、ザムエルの魔法を解いて自由にしてやる。


 ヤツはゴキゴキと首を鳴らしながら立ち上がると、爺さんに一礼してから黙って店を出て行った。


 その時、俺は初めて店の扉に「閉店中」の札がかかっている事に気付いた。


 ザムエルのヤツ、俺が来た時からきっとこうなるだろう事を見越して客を中に入れなかったのか。


 やはり有能なのは間違いないようだ。


「悪いな、爺さん。有能な社員を手放すような真似させて」


「いやいや、さっきも言ったとおり娘の方が大事じゃから、気にする必要はない」


 そういう爺さんは、しかしどこか寂しそうな表情をしていた。


「――じゃあ、俺はこれで。パメラには俺から伝えておくから」


「何じゃ、もう行くのか? 随分とせっかちじゃのう。パメラの婿候補として色々と話を聞きたかったのじゃが」


 そんな事を言われたら、余計にここから去りたくなる。


「パメラみたいな器量良しなら、俺ごとき人間じゃあ到底釣り合わないさ」


「何、男は度胸さえあればそれでよい。その点、アイバ君は文句無しじゃぞい? 素手でナイフを持った相手をああも簡単に倒してしまうのじゃからなぁ」


 爺さんは「かっかっか!」と寂しさを紛らわすように大笑いしていた。


 つーか全部見てたのか、この爺さん。


「少なくともパメラ本人の意向がわからない以上、勝手に婿だの何だのと話を進めるのは間違っていると俺は思うがな」


「それもそうじゃのぅ」


 爺さんは「一本取られたわい」なんて言いながら再び大笑いしていた。


「……じゃあ、俺はこれで」


「本当にせっかちじゃのぅ。少しくらいは老人の話も聞いてくれやせんかね?」


 爺さんは杖で床をトントンと叩いていた。


「何だよ、話って?」


「アイバ君は娘とワシを救ってくれた。ここで礼をしなくてはメッツェルダーの名が泣くわい」


「礼なんていらん。こう見えても俺は小金持ちなんでな」


「ほっほっほ、それならウチの商品はどうじゃ? 好きなものを一つくれてやろう」


 好きなものって、ここにある商品は金細工の宝飾品しかないじゃないか。


 そんなもの、俺が貰ったって――


 ――いや、待てよ。


 これくらい上質な金細工ならアイツも喜ぶかもしれないな。


「――じゃあ、一つだけ貰って行く事にする」


「うむうむ、ゆっくりと選ぶがよい。その間にワシは茶の支度でもしてくるからの」


 ……茶の支度って、俺とたっぷり話し込む気満々じゃねえか。


 まあいいか。


 俺は諦めて爺さんに付き合う事にした。


 さて、時間も出来た事だし、、アイツに似合う商品をじっくりと見繕ってみますかね。

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