第237話 パメラの実家 中編

「他に解決の道があるとの事じゃったが、どうしてアイバ君は我々を助けてくれようとするのかね?」


 ハンゼル爺さんは顎髭をさすりながら俺に訊いて来る。


「ただの成り行きだ。パメラは今の戦争を引き起こした原因が自分にあると、自分を責めている。彼女が手引きした事は事実だろうが、家族を人質に取られているとなれば情状酌量の余地はあるだろ? もし国王がパメラを処刑するとか言い出したら、逆に俺が国王を処刑してやる」


「――なるほど。つまりアイバ君は娘に惚れている、と」


「どうしてそうなる。俺の話を聞いて無かったのか?」


「聞いていたとも。親のワシが言うのもなんじゃが、パメラは美人じゃろう?」


「まぁ、そこに関しては同意する」


「実はあの子は、ワシの本当の娘じゃないんじゃよ」


 ……さらりととんでもない事を暴露してくれるな、この爺さん。


「ワシら夫婦には長らく子供が出来なくてな。40歳も過ぎた頃にはもう諦めかけとったんじゃが、そんな時に店の前に捨てられている赤ん坊がおってなぁ。これぞ神からの授かりものだと妻と二人で大喜びしたもんさ」


 血の繋がりは無いとはいえ、年老いてようやく出来た娘、か。


 可愛くないはずがないよ。


 パメラが真面目で、優秀で、きちんとした教養を身に付けているのは親の愛情ゆえなのだろう。


「メッツェルダー家は先祖代々ボーデンシャッツ公の御用職人として、金鉱山で採取した金を使って金細工を公爵家に献上し続けて来た。じゃが、それもワシの代で終わりじゃ」


「なぜだ? パメラに婿を取らせればいいじゃないか」


 しかし、爺さんは首を横に振った。


「あの鉱山はもう金が枯渇しかけているのじゃよ。そうなれば公爵家もワシら御用職人を抱える余裕が無くなり、いずれは廃業しよう」


 それは初耳だな。


 それじゃあ、ボーデンシャッツ公は遅かれ早かれ没落する運命にあったというわけか。


 金鉱山の枯渇は彼がクーデターを起こした要因の一つだったのかもしれないな。


「パメラには斜陽職人の跡目なぞ考えずに、自由な道を歩んで欲しいのじゃよ。その相手がアイバ君のような義侠心溢れる男であれば言う事無しじゃ。かーっかっか」


 何がおかしいんだ、この爺さんは……


「パメラは知ってるのか? 血が繋がってないって事を」


「いや、まだ話してはおらんよ。パメラももうすぐ20歳、そろそろ話してもいい頃じゃとは思っておったが……」


 まあ、パメラならとっくの昔に気付いていそうだけどな。


 彼女にとって気付かないフリをするくらいの演技はお手の物だろう。


 あのロザリンデ少佐やキルスティ大尉達を何年もだまし続けていたんだから。


「あんたらの事情はわかった。次にボーデンシャッツ公の監視の目をどうするかだが、俺が監視員に直接脅しをかける」


「それはまた物騒なやり方じゃのう……」


 こんな所で自害しかけたヤツのいうセリフじゃないよな、絶対。


「遅かれ早かれボーデンシャッツ公は国王によって討たれる。これはもう決定事項だ。だから放っておいてもパメラは自由の身になれるんだが、少しでも早く娘を解放してやりたくはないか?」


「それは、その通りじゃな」


 ハンゼル爺さんは納得したように頷いていた。


「しかしな、アイバ君。監視員の存在なぞワシは全く気付かなったぞい? 一体、どこにいるというのかね?」


「入口で接客していたオッサン、アイツがそうだ」


「ま、まさかそんな……」


 さすがにこれには爺さんも驚いていたようだった。


「彼は数年前にウチで雇った社員なんじゃが――」


「その数年前って、パメラが軍隊に入るのと同じ頃に雇ったんじゃないか?」


「う、うむ……娘がやっていた接客の代わりにと思って雇ったんじゃが、まさか本当に彼が……?」


 ハンゼル爺さんはまだ信じられないようではあった。


 それだけ入口にいたオッサンの仕事は有能であったのだろう。


 だが、有能であればあるほど自分の素性を隠すのも上手い。


 パメラがそうであったように――


「結果的にアイツはこの店を辞める事になるだろうが、それでも構わないか」


「それはもちろん。娘の方が大事じゃからな」


「わかった。ちょっと待ってろ」


 俺は爺さんをそこに待たせたまま、応接間を出た。


 幸い、店内には客は誰もおらず、オッサンが一人で商品の入ったガラスケースを磨ていた。


「――おや、御用はお済みになられましたか?」


 オッサンは丁寧な仕草と言葉遣いをしていたが、すぐにその化けの皮を剥がしてやる。


「いや、本題はここからだ。あんた、ボーデンシャッツ公に雇われてここにいるんだろう?」


「……はて、何の事やら」


「とぼけても無駄だ。大方、ボーデンシャッツ公の諜報部か何かに属していたんだろうが、俺にはバレバレだぞ? その立ち振る舞いは軍隊教練を受けたもののソレだし、殺気を隠そうとしていない」


 すると、オッサンは無言で隠し持っていたナイフを俺に向かって突き刺して来た。


 俺はオッサンの手首をはたいてナイフを手から離させると、腹に一撃を食らわせてやる。


「ぐふっ……」


 オッサンは腹を抑えながら、その場に膝を付いていた。


「フン、それで気を失わなかっただけでも大したもんだよ」


「な、何者なのですか、あなたは……」


「言ったろ? 異世界から来た人間だと。ついでにパメラとも多少の縁があってな、彼女にボーデンシャッツ公に脅されてスパイをやってると白状させたよ」


「ちっ……」


 オッサンは舌打ちをすると懐から何かの小瓶を取り出して、それを飲み干そうとしていた。

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