第236話 パメラの実家 前編
パメラと別れた次の日、俺は難民村で朝食を食べると、ゴルドヴァルドへ向かうべく荷造りをしていた。
「もういっちゃうの……?」
マリーは上目遣いに俺を見て来る。
「悪いな。またすぐに会いに来るから」
「うん……」
マリーは繊細な子であるとは高月の談であったが、俺がこうやって付かず離れずの距離感で接しているのはマリーを傷つける事になるのだろうか。
「そうだ、マリー。昨日はポントスと一緒に遊んでいたんだろ? アイツもマリーの事を気にしてたみたいだからさ、今日も一緒に遊んでやってくれないか?」
「……うん」
ポントスの名前を出しても、マリーは元気を取り戻す様子は無かった。
哀れ、ポントス。
まだチャンスはあるだろうから、頑張ってくれ。
「――高月」
俺はマリーの後ろにいる彼女の名前を呼んだ。
「……何よ?」
「すまんが、またしばらくマリーの事を頼む」
「相羽君に言われなくったってそうするわ。ううん、わたしがそうしたいの」
「そうか、助かる」
俺がそう言うと、高月はマリーを抱き上げて見送ってくれた。
「ホント、しょうがない保護者ね。マリーちゃんはこういう大人になっちゃダメだからね」
「え……う、うん」
マリーは戸惑いながらも、俺に小さく手を振ってくれる。
「じゃあ、行って来る――と、その前に『
俺は背後に迫っていた気配に向かって魔法を放った。
「うぎぃー」
奇妙な声が聞こえるのと同時に振り返ると、そこには八乙女妹が俺を襲う寸前の恰好で固まっていた。
「お前な、別れの挨拶くらい普通にさせろよ」
「こういう時こそチャンスだと思ったのにー」
コイツ、まだ俺を負かそうと躍起になっているのか。
「俺を負かしてどうするつもりなんだよ?」
「それは内緒だよー。教えて惜しかったら素直に負けを認めてよー」
「わかった、俺の負けでいい。だから教えてくれ」
「それじゃあ面白くないよー」
……わけわからん。
もういいや。
俺は八乙女妹の魔法を解かずに、指輪の飛翔魔法を使って少しだけ宙に浮いた。
「じゃあな、俺は行くから。影を消せば自由になれるから、それも修行だと思って頑張ってくれ」
「そんなー」
俺は呆れる高月と不思議そうに八乙女妹を観察しているマリーに頷くと、一気に上空へと舞い上がり、ゴルドヴァルドへ向かって飛行して行った。
◆◆◆◆◆◆
ゴルドヴァルドに着いたのは昼過ぎだった。
指輪の魔力が途中で尽き、後は『速力上昇』と『跳躍上昇』スキルを使って地上を跳んで来たわけだが、この時期に動き回るとそれなりに汗もかく。
こんな事になるならマントも持ってくれば良かったと後悔していたが、マントがあったらあったで暑いわけで、一長一短である。
それはとかく、パメラの家族は一体どこに住んでいるのやら。
俺は街中を歩いている適当なオッサンに話し掛けてみる事にした。
「すまない、この街にいるメッツェルダーという名前の金細工職人を知らないか?」
「メッツェルダー……? あぁ、ハンゼルさんの事か。それならほら、あの店だよ」
パメラの親父さんはハンゼルという名前なのか。
俺はオッサンに礼を言うと、教えてもらった店の中に足を踏み入れた。
金細工店というだけあって、店内はちょっとした高級感に溢れている。
それも決して嫌味な感じではなく、あくまでさりげなく上品さが感じられる店だった。
ぶっちゃけ、荒くれ者が多い金鉱山の街には似つかわしくない店だと思えるのだが、メッツェルダー家は代々ボーデンシャッツ家に仕えているのだとパメラは言っていた。
つまり、この店の上客はボーデンシャッツ公爵家なのであり、その家格相応の店構えになっているという事なのだろう。
「いらっしゃいませ」
俺が店に入ると、身なりの良いオッサンが出迎えてくれた。
この人がパメラの父親だろうか。
いや、パメラの親父さんは足が悪いと聞いていたから、多分違うな。
それにコイツは軍隊教練を受けているんだろう。
身のこなしに隙が無さ過ぎる上、俺に対して試すような殺気を放って来ている。
俺の実力を測る為にそうしているんだろうが、その手には乗らない。
俺はあくまで自然を装ってオッサンに話し掛けた。
「俺は客としてここに来たんじゃなくて、パメラの家族に話が有って来たんだ」
「パメラお嬢様のお知り合いの方でしたか。失礼ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「相羽直孝だ。聞き慣れない名前だとは思うが、異世界から来た人間だから許してくれ」
「異世界から……はて、そのようなお方がハンゼル様に一体どのようなご用件でしょうか」
「それは本人に会ってから話す。いるのか、そのハンゼルってヤツは?」
「――少々お待ちください」
接客係のオッサンは店の奥へと引っ込んで行った。
しかし、"パメラお嬢様"と来たか。
羽振りの良い店みたいだし、パメラも貴族ではないにせよ、結構良い暮らしをしていたみたいだな。
そんなお嬢様がスパイをやっていたなんて知ったら、パメラの親父さんはどんな顔をするだろうか。
「――お待たせいたしました。どうぞこちらへ、社長がお会いになるそうです」
俺はオッサンに案内されて店の奥へと入って行った。
そこは応接間となっており、三人掛けソファーが二つ、対面式に並んでいた。
「こちらでお待ちください。間もなく社長が参りますので」
俺は頷くと、ソファーに腰掛けて社長とやらを待つことにした。
暇だったので応接間を見渡してみると、高そうな金細工が壁際の棚に展示してある。
指輪、腕輪、ネックレスにイヤリング、果てはブローチや王冠まである。
これらがボーデンシャッツ公の身に付けているものと同等だとしたらヤツめ、どれだけの資産を持ってやがるんだ……?
「――いやぁ、すまんすまん。ちと待たせてしまったかな?」
俺が考え事をしていたら、杖をつきながら足を引きずるようにして陽気な老人がやって来た。
社長というからどんなヤツかと思えば、ちょっぴり小奇麗なただの爺さんである。
頭頂部はハゲ上がっており、顎に白髭を蓄えている。
職人らしく手はゴツゴツとしており、背は小さいながらもどこか温かみのある存在感を発揮していた。
ぶっちゃけ、この人がその辺を歩いていても社長という身分である事はわからないだろう――それくらい庶民じみたヤツだった。
「見てのとおり足が悪くてね、階段を下りるのも一苦労でな」
言いながら「あっはっは」と陽気に笑う爺さん。
……コイツ、本当にパメラの親父さんなのだろうか。
「悪いな、ここまで歩かせちまって」
「何の何の、娘の知り合いとなればこれくらいは屁の河童ってもんさ。だぁーっはっはっは!」
屁の河童て。
この世界に河童って存在するのか?
いや、そんな事より――
「娘って事はあんたがパメラの父親で間違いないんだな?」
「うむ。ワシの名はハンゼル・メッツェルダー、パメラの父じゃ」
「俺は相羽直孝。パメラとは軍の関係で知り合った」
爺さんは頷くと、俺の対面のソファーにゆっくりと腰掛けた。
「キミが軍の関係者とはねえ。随分と若いのにしっかりしてそうじゃないか。パメラはいつも世話になっている」
「いやまあ、そこまで関係が深いってわけでもないんだがな」
まだ三回会っただけだし。
「――さて、娘の件で話があるとの事じゃったが?」
「そうだな、率直に言おう。パメラは今、ボーデンシャッツ公のスパイとして暗躍している」
「…………ふむ。続きを」
パッと見は単なる爺さんなのだが、やはり社長というだけあって肝は据わっているのだろう。
動揺している様子は全く無かった。
「だが、それは彼女が望んだ事じゃあない。あんたらが密かにボーデンシャッツ公の監視下に置かれ、パメラが裏切るような事があれば家族を殺すと脅されたから、仕方なくスパイをやっているんだ」
爺さんは小さくため息を吐いていた。
「――そうか、わかった」
何がわかったのかはさっぱりわからないが、爺さんは懐から短刀を取り出して自らの喉元に当てていた。
「ちょ、おいバカ、やめろ。いきなり何を考えてるんだっ」
俺は慌てて止めに入る。
「娘の不始末は親の責任じゃ。ワシが死ねばパメラは晴れて自由の身となろう」
「だからって短絡的過ぎる。他に解決の道はあるんだよ」
すると、爺さんは短刀を下ろして胸をなでおろしていた。
命が惜しいなら、最初からそんな真似するなよ。
全く、とんでもない爺さんと関わっちまったな……
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