第235話 パメラの正体 後編
「確かにわたしは、ボーデンシャッツ公に命じられて帝国との橋渡しをしていました」
「どうしてそんな真似を? あんたが進んでそんな事をする人間には見えないんだがな」
「我がメッツェルダー家は代々、ボーデンシャッツ公に仕える家柄だったのです。わたしは
パメラ自身が望んでいたわけではなく、ぐ雲仙そうなる環境で暮らしていた――というわけか。
「『スパイを拒否すれば家族がどうなるかわかっているな?』なんて、ボーデンシャッツ公は三流悪役のような事を仰っていましたが、わたしに拒否権はありませんでした」
俺だったら迷わず家族を見捨てて自由を手に入れただろうけどな。
パメラにとって家族とは、そういう存在ではないんだろう。
「だからあんたはボーデンシャッツ公がクーデターを成功させる為に、帝国の魔族侵攻を手引きしたのか」
「いえ、逆です。帝国の方から打診があったのですよ。『魔族領へ侵攻すると見せかけてヴァイラントへ攻め入る。その隙に王都でクーデターを起こしては如何かな?』と」
その口ぶりから察するに相手はサディアス宰相か。
あのオッサン、ホントに得体が知れないな……
「ちなみに、わたしはガロ・サパリ連合軍の侵攻には関与していません。あちらはあちらで別のスパイがいるのでしょう」
この国、スパイに好き勝手させ過ぎだろう……
だが、これで今回の騒動がどうやって発生したかがわかったな。
全ては帝国が仕組んだ事なのだ。
ヤツらが魔族と手を組み、ボーデンシャッツ公をけしかけ、ヴァイラントがガロやその他国と同盟を結ばせないように孤立させた上で、ヴァイラントを東西と中央から攻め滅ぼす計画。
その計画を根底から覆した俺は、さぞやサディアス宰相から恨まれているかと思いきや、ヤツは俺を帝国へ客将として向かい入れようとしていた。
要するに目的の為には使えるモノは何でも使う、非情な合理主義者ってワケか。
ヤツの手の平で踊らされているようで腹立たしいが、皇帝としてはこれ以上ないくらい頼りになるブレーンなんだろう。
「わたしの話は以上です。ご満足して頂けましたか?」
「いや、まだ3つほど訊きたい事がある」
「何でしょう? この際だから何でも答えますよ」
「1つ目、前回会った時、あんたは自分をドジっ子のように言っていたが、アレも演技か?」
「『ドジっ子』という呼称は少々心外ですが、まあそうです。『仕事は出来ないけれど、どこか憎めないキャラクター』――そういう人物がまさかスパイをやっているとは誰も思わないでしょうから」
やはり彼女は有能だったのだ。
俺がこれまでパメラに会う度に感じていた違和感の正体がようやく理解出来た。
「2つ目、俺の報告書はどうしたんだ?」
「破棄しましたよ。わたしがスパイだと書かれている報告書なんて、この世に存在してはならないものですから。しかし、これは失策でしたね。アイバ殿の報告書を上司に渡した後にわたしが疑われても、知らぬ存ぜぬを貫き通せばそれで良かったのですから」
「それはウソだろ」
「え?」
俺の問いに、パメラは困惑したように答えた。
「あんたはもう疲れたんじゃないのか? ボーデンシャッツ公と帝国の橋渡しをするスパイという役柄に」
パメラは何も言わなかったので、俺が代わりに言ってやった。
「いくら家族の命がかかっているとはいえ、何年も望まない事をやり続けているんだ。そろそろ心がすり減っていてもおかしくはない頃合いだろう。だから俺の報告書はこの理不尽な役柄から下りられるいいきっかけになると判断した」
パメラは答える代わりに、自身の右手で左腕をかばうような挙動を見せていた。
何でも答えると言った割には自身の心の奥底を見透かされたようで、何も言えなくなったらしい。
「俺をその相手に選んだのは魔族軍を一人で撃退したという実力があったからだろ? それほどの実力があるならば自分の状況もどうにかしてくれるんじゃないか――そんあ淡い期待を頂いたんだ。あんたは初めて俺に会った時、不必要なほどべた褒めしていたからな」
パメラは小さく首を横に振ってからこう答えた。
「……ふぅ、敵いませんね。全て仰る通りです」
パメラのHPはすっかり削り取られてしまったようなので、俺は話題を変えてやる事にした。
「最後、3つ目だ。あんたが本当に望む事は何だ?」
「本当に望む事、ですか……?」
「スパイはボーデンシャッツ公に脅されて仕方なくやってるんだろ? もしその
「わたしは……」
パメラは俯くと、深く自身の心と向き合っているように感じた。
ユリアーナ王女もそうだったが、自身が望まない事をやらされると、その人を幸福から遠ざけてしまう。
俺はパメラが根っからの悪人だとはどうしても思えなかったのだ。
だから――
「――わたしは、罪を償いたいと思います」
なるほど、そう来たか。
「わたしの所為でたくさんの人が亡くなりました。死を以って償えというならそうします。ですが、わたしにはまだ人々の為に出来る事があると思うのです」
ボーデンシャッツ公がクーデターを起こしたお蔭でナタリエは死んだ。
直接の原因はそうかもしれないが、彼女の死の遠因は俺にある。
そういう意味では、俺とパメラは似た境遇なのかもしれなかった。
「あんたの望みはわかった。それで、お前の家族は今どこにいる?」
「質問は3つだったのでは?」
「細かい事は気にするな。何でも答えると言ってただろうが」
「……はぁ、ゴルドヴァルドで金細工の職人をしています。父は足が悪く、故郷を離れられないものですから」
「そうか」
俺はそれだけ言うと、パメラに報告書を手渡した。
「…………あの、アイバ殿?」
「それを持ってさっさと報告へ行け。それがあんたの仕事なんだろ?」
「ですが――」
「心配するな。あんたがスパイだって事は誰にも言わないさ。ただ、あんたの家族にはスパイをやっている事はバラす。それで、あんたの家族をボーデンシャッツ公の監視から解放してやる」
「あ……」
パメラは放心したように脱力して、俺の目を見ていた。
「グズグズするなパメラ・メッツェルダー伍長。事が済んだらあんたにも報告してやるから、今は自分の成すべき事を成せ」
「――――はいっ」
パメラは以前のようビシィッと敬礼すると、闇夜の中へ消えて行った。
……やれやれ、俺はいつからこんなお人好しになったんだろうな。
答えは言わずとも知れていた。
俺は既に眠りについているであろうマリーに思いを馳せると、彼女がいるテントへと向かって行った。
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