第234話 パメラの正体 前編

 高月やマリー達と難民村で夕食を共にした俺は、休む間もなく村の上空に上がり、そこで待機していた。


 理由はもちろんパメラへ王都調査の報告書類を渡す為である。


 とはいえ、前回の報告から新しく報告するべき事はほとんどない。


 精々がユリアーナ王女とボーデンシャッツ公の婚姻が来月になる、というくらいのものだ。


 王家の結婚式ともなればそれは盛大に行われるんだろう。


 準備も当然大掛かりなものになる。


 今頃オクタヴィア辺りは近衛兵が王都を巡回する順路だとか、当日の警備割り当てだとかで大忙しのはず。


 しかし、その苦労も国王がクーデターを鎮圧したら全くの徒労に終わる。


 ぶっちゃけ国庫を無駄に浪費させるだけのイベントでしかない。


 ただでさえ戦争で赤字続きなのに大丈夫なのかね、この国……


 国家の行く末を心配している俺の元に、気配が近付いて来るのを感じていた。


「――よう」


 俺はその気配に向かって挨拶してやる。


「お待たせしました、アイバ殿」


 パメラ・メッツェルダー。


 独立魔法大隊の風魔法士中隊所属の伍長である。


 スレンダーな美人なのだが、仕事はあまり出来ないようで、キルスティ大尉からもよくお咎めを貰っているのだとか。


 だが、その"道化"も今日で終わりにしてやりたい。


「悪かったな、報告場所を変えたりして」


「いえ、こちらの方が要塞には近いですし、わたしにとっても助かりました」


「そうかい。これが今日の報告書だ」


 俺はしっかりと封をされた報告書をパメラに手渡す。


 彼女がそれを受け取ろうと報告書を掴むが、俺も報告書を掴んだままであったために、紙を引っ張り合う格好になった。


「……あの、アイバ殿?」


「これを渡す前に、あんたに一つ訊きたい」


「何でしょう?」


「今までの報告書は一体どこへやった?」


「……? 『どこへ』とは奇妙な質問ですね。それはもちろん、上司に渡しましたよ」


「それは本当か? こっそり中味をすり替えて、別の報告書を提出していたんじゃないのか?」


「ちょ、ちょっと待って下さい、アイバ殿。一体どうしてしまわれたんですか、急に……」


 パメラは狼狽するように、報告書から手を離していた。


「俺も回りくどいのは嫌いだからな、単刀直入に言おう。?」


 俺の問いに、しかしパメラは平然とこう答えた。


「何を仰っているのかわかりません。どうしてわたしがボーデンシャッツ公のスパイをしなければならないのですか?」


「ボーデンシャッツ公は今回のクーデターを実行するに当たり、事前に帝国と裏で繋がっていた。では、ボーデンシャッツ公と帝国の橋渡しをしていたのは誰か?」


「わたしには分かりかねます」


「お前、出身がゴルドヴァルドでクーデターを起こしたボーデンシャッツ公の事は知っていたな。いや、知っているどころか、お前はボーデンシャッツ公に帝国の橋渡しをするように命じられていた」


「アイバ殿……いくならんでも酷すぎます。何の根拠もないのに人をスパイ扱いするなんて」


「確かに証拠はない。だが、俺のシーフとしての勘が叫んでいるんだ。お前は怪しいと」


 パメラは肩を竦めて、首を横に振っていた。


「仮にですよ? わたしがアイバ殿の仰る通りのスパイだったとして、わたしをどうするおつもりですか?」


「別にどうもしやしないさ。この国にはスパイ防止法なんて無いだろうしな。ただ俺は真実が知りたい――それだけだ」


「困りましたね……」


 パメラは頬に手を当てて、考える素振りを見せていた。


「どうしたらわたしの身の潔白を信じて頂けるのでしょうか?」


「簡単な事だ、ロザリンデ少佐かキルスティ大尉にでも訊けばいい。


「どういう事でしょう?」


「俺は二度目の報告書にハッキリとこう記したんだ、『パメラはボーデンシャッツ公のスパイかもしれない』と。もし、あんたが俺の報告書をすり替えていないのであれば、ロザリンデ少佐かキルスティ大尉はあんたの事をスパイだと疑っているはずだ。少なくとも、俺からの報告書にはそう書いてあったと証言するはず」


「……なるほど。もし、わたしがアイバ殿の報告書の中味を確認した上でそれをすり替えていたとなれば、少佐達はわたしがスパイであるという報告を受けていないと証言する。つまり、わたしへのスパイ容疑が濃厚となる――」


 俺は首肯した。


「…………ふぅ。参りましたね」


 パメラは両手を上げて、降参のポーズを取っていた。


「あんな報告書を読まされたわたしの気持ち、アイバ殿にわかりますか?」


「そりゃ驚くだろうな、普通は」


「酷い人ですね……本当に死を覚悟しましたよ、あの時は」


 観念したらしいパメラは、全てを俺に話し始めた。

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