第232話 難民村のディソナンス 前編

 海から戻った俺はユリアーナ王女を王宮に送り届けると、王宮内が騒然としているにも関わらず、後の事は王女に任せて高速船で難民村へ向かっていた。


 俺が半ば強引に連れ出したとはいえ、「臣下へ釈明をするのにアイバさんがいると返って混乱を招く」という王女の言葉に従い、そのまま放置して来たというわけだ。


 王女が無事に帰って来たとはいえ、拉致誘拐犯の俺はボーデンシャッツ公に指名手配されているかもしれない。


 ただ、それも少しの間だけである。


 後2日もすれば国王の親征軍が王都に到着する。


 そうしたらクーデターなど、あっという間に鎮圧されるだろう。


 何せ、軍のトップが二人揃って再び寝返るのだから。


 そうした混乱状態が続けば、俺が王女を誘拐した事など忘れ去られてしまうだろう。


 そんな事を考えていたら、船はあっという間に難民村近くの船着き場に付いた。


 高速船を使ったのは王女を海に連れ出した為に、指輪の魔力が切れたからだ。


 今は空が茜色に染まる時刻であり、どうにか高速船の最終便に乗り合わせる事が出来た。


 船着き場に着く頃には指輪の魔力も回復していたので、俺はそこから空を飛んで難民村まで飛んで行く。


 マントを使えばいいのかもしれないが、この時期は暑過ぎてとても来ていられなかった。


 そういう意味でも指輪というのは便利である。


 俺は難民村のクラスメイト達が暮らしているテント前に下り立った。


 そこでは五龍が飯の下準備なのだろう、狩りで獲って来たと思われる兎を解体していた。


「よう」


「……やぁ、相羽君じゃないか。今日はどうしたんだい?」


 相変わらずのんびりとしたマイペースなヤツである。


 村の生活にもしっくり来るくらい馴染んでいやがる。


「マリーに会いに来た。ここにいるか?」


「ううん、残念だけどここにはいないよ」


「どこへ行ったんだ?」


「さっき転んだ拍子にケガをしてね。笠置さんが診療所へ連れて行った所だよ」


 転んでケガをした、だと……?


 ケガくりは高月の魔法があれば一発で治るから問題は無いのだが、マリーのヤツ、そんなヤンチャが出来るくらい元気になったという事だろうか。


「マリーはここで何をしてるんだ?」


「何って言われてもね。僕もずっとあの子に付き添っているわけではないから詳しい事はわからないけど……村の子と遊んでいたり、女子の手伝いを手伝いしていたり、まあそんな感じだと思うよ」


 マリーもこの村には抵抗無く馴染めているようだな。


「そうか。お前の方は何か変わった事とかないのか?」


「はは、珍しいね。相羽君が人に気を遣うなんて」


「別に。このまま診療所へ向かってもいいんだけどな、お前とは奇妙な縁があるみたいだし、何かあるなら力になろうと思ってな」


「その気持ちはありがたいけどね、今は特には無いかな」


 五龍は兎の腹をかっ捌いて、内臓を取り出しながら言っていた。


 ……まあ、こういうのは俺も手慣れているわけではないから、コイツの力になるというのは筋違いなのかもしれないな。


「わかった。じゃあ、俺は診療所へ行って来る」


「うん、いってらっしゃい」


 俺は五龍と別れて診療所へと飛んで行った。


 診療所の入り口に辿り着くと、そこにはポントスがしょんぼりと座り込んでいた。


「……何してんだ、お前?」


「うわっ?!」


 俺が声をかけると、ポントスは驚きの余りひっくり返りそうになっていた。


「……な、なんだおまえ……きゅうにはなしかけるなっ!」


「そんなに驚くとは思わなくてな。むしろ俺の方が驚いている」


「……おまえ、ソフィアさまのところのゲボクだな」


「よく覚えていたな」


「まえにオカシをくれたからな」


 現金なヤツめ……


「それよりお前はこんな所で何してんだ?」


「……べ、べつに」


 ポントスはそっぽを向いてはぐらかしていた。


「もしかして、マリーの事が心配でここに来たのか?」


「ぜ、ぜんぜんちげーし?! ていうかおまえ、マリーとはどういうかんけーなんだ?」


 関係と言われてもな……


「俺はマリーの保護者だ。今は高月に代理を頼んではいるが」


「ほごしゃ……そうか」


 ポントスは再び落ち込んだ様子を見せていた。


「何があったんだ?」


「……いや、その……」


 ポントスは口ごもったまま、答えなかった。


「言いづらいなら当ててやろうか? お前がマリーにイタズラをした所為でマリーはケガをした。その罪の意識にさいなまれてこうしてここでウジウジと悩んでいる。どうだ?」


「ち、ちがってのっ! マリーとあそんでいたらアイツがかってにころんだだけなんだ!」


 なるほど。


「だったら、お前が悩む必要なんてないじゃないか」


「そ、そうなんだけどさ……な、ないているおんなのこをみてたら、ほうっておけないっていうか……」


「お前、マリーの事が好きなのか?」


「ば、バッカじゃねえの?! そんなわけないだろ、あんなブス!!」


 これは見事なツンデレっぷりだな。


 まあ、惚れてるとまでは言わなくても、ポントスにとってマリーは気になる存在である事は間違いないようだった。


「保護者の俺に向かってマリーをブス呼ばわりするのは頂けないが……まあ、マリーのケガはすぐ直るから大丈夫だ。高月の腕は知ってるだろ?」


「それはそうだけど……あのねーちゃん、いうことはキビシイけどケガはちゃんとなおしてくれるから……」


 村の子供からも恐れられているとは……


 高月のヤツ、このまま医者を続けていたらその内に「鬼医者」とか呼ばれそうだな。


「なら、後は高月に任せておいてお前はもう家に帰れ。家の人も心配してるぞ?」


「で、でも……」


 ポントスは診療所の方を見つめて、暗い顔をしていた。


「心配するな。マリーはお前を恨んでなんかいない。ただ、転んで痛かったから泣いた――それだけだ。だから明日にはまたマリーと遊んでやってくれよ。ほら、これをやるから」


 俺はポントスにお菓子を渡してやった。


 本当はマリーに渡してやるつもりで買っておいたんだが、どうせポントスがマリーにも分けてやるだろう。


「…………わかった」


 ポントスはまだ納得し兼ねる顔をしていたが、すごすごと診療所から立ち去って行った。


 こりゃあ、マリーの方もフォローしておかないとだな……


 俺は診療所の入り口に立つと、扉をノックした。


「――どうぞ」


 中から高月の声がする。


 声を確認すると、俺は診療所の扉を開けて中に入った。

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